23. 夕食時の騒動
私たちは全員で宿の食堂へと向かった。
宿の食堂はまだ混み合う前だったのでそれなりに空席がある。
丁度よく大人数向けの大テーブルが空いているのでそこを使わせてもらおう。
「お姉さん、このテーブルって予約席だったりしますか?」
「いえ、特にそういう席ではありません。ご自由にどうぞ」
「では、失礼します」
予約席でもないみたいなのでこのテーブルに陣取った。
ここの食堂はなかなか料理が充実しているようで種類が豊富だ。
あまり行儀のいいことではないかもしれないけれど、全員で別々の物を頼み少しずつ味見するのはどうかとミラーさんに確認を取ったら構わないと言われたのでそうすることにする。
ミラーさんとしても私の舌が肥えることは望ましいようだ。
商人としていろいろな味を見分けることができるのはいいことらしい。
頼んでいた料理を待つ間に明日からの予定を確認する。
と言っても、明日確実に行かなければいけない場所は青果物ギルドだけであり、ほかに行くところはいまのところ決まっていない。
ミラーさんとしては今回仕入れるイチゴの質がよければ仕入れは魚の塩漬けとイチゴだけでも十分だと考えているようだ。
理由は私がいきなりいろいろなところに手を伸ばしてもうまく行くかわからないから。
できる限り売り物は絞っておきたいみたい。
私としてもとくに反対する理由がないからそれに従おうと思う。
ほかに仕入れる品についてはほかの街に行ったときにでも考えよう。
「お待たせ、料理を運んできました」
「うわぁ! すごい!」
「この宿自慢、鯛の姿蒸しです! 温かいうちにどうぞ!」
私が頼んだ物は鯛の姿蒸し。
鯛をまるごと1匹蒸し焼きにした料理らしい。
一口頬張ると鯛のうまみとほのかな塩気があふれ出てきてたまらない!
これはこの宿自慢の逸品になりそう!
「シエル様、こちらもどうぞ。カツオのたたきです。カツオの表面を強火で炙り、加工したものです」
ミラーさんから差し出された魚は、確かに端の方だけ焼けていて中は赤い身がそのまま見える料理だ。
でも、ミラーさんももう食べているし毒はないのだろう。
魚を生で食べるなんてダルクウィン公爵邸でもなかったけど、たぶんいけるはず!
えい!
「ふわぁ。これも美味しいですね。かみしめると魚の肉の味が広がります」
「はい。海の魚の中には生で食べる調理法が確立されている物もあります」
「そうなんですか? お屋敷では……」
「お屋敷では万が一を考え出していないのです。市井に出たのでしたらこのような庶民の味を覚えておくことが大切ですよ」
「わかりました。ありがとうございます、ミラーさん」
そのあとも私は他の人が頼んだ料理を一口ずつ味見させてもらった。
全員魚料理を頼んでいたけど、調理法は様々で面白い。
生のままだったりオイルと和えた物だったり香辛料をかけて焼いた物だったりと本当に様々である。
香辛料は高いのではないかなと思ったけど、そうでもないらしい。
この料理に使われている香辛料は、この街周辺で採れるハーブを乾燥させて塩などと混ぜ合わせた物らしく少し高めの塩くらいの感覚みたいだ。
本場の香辛料となると輸入品なので高いが、こういうちょっとしたハーブなら安く手に入るのはありがたい。
ミラーさんにこれも交易品にならないか尋ねたけど、生産量が少ないため売り物にするほどの量を買えないそうだ。
ちょっと残念。
全員分の味見を済ませ、やっぱり一番珍しかったのは魚を生で食べる調理法だったなと思っていた時、護衛のひとりであるパネサが勢いよく立ち上がり、私の後ろにめがけて突進してきた!
一体どうしたの!?
「痛ぇ!? 離せ、コンチクショウ!」
私の背後から野太い男の声が聞こえてくる。
後ろを振り返るとパネサが男の腕をひねり上げていた。
「お前、お嬢様になにをしようとした?」
「かわいい娘がいるからちょっとお酌をしてもらおうとしただけだよ! それのなにが悪い!」
「そういうことがしたいなら夜の宿にでも行け。お嬢様はそういう相手はしない」
「ああ、クソッ! わかったから離しやがれ!」
パネサは気がすんだのか男の腕を放した。
すると、男は隠し持っていたナイフでパネサに斬りかかってくる。
パネサ、危ない!
「ふん!」
「くぁ!?」
パネサは私のテーブルからナイフを一本つかむと、ナイフで切りつけようとしてきた男の腕を斬り裂きナイフを男から取り上げた。
そのまま男の股間を蹴り上げ、地面に押し倒して身動きが取れないように再び腕をひねり上げる。
「カルラ、衛兵を……カルラ?」
「カルラならもう衛兵を呼びに行った。ご苦労だったな、パネサ」
「仕事をしたまで。それで、この男の雇い主どもは?」
「既に逃げ出したようだ。まったく、ごろつきまがいの護衛を雇って高級宿に泊まろうなどとは」
「放っておけばいい。この男からつながって牢屋に打ち入れられる」
「かもな。……衛兵が来たぞ」
「だね」
カルラが連れてきた衛兵たちはパネサから男を引き取ると、簡単な事情聴取をして私たちの身分を確認してから男を引き連れ宿を出ていった。
これでよかったのかな?
「これでよいでしょう。私たちの身分を確認したということは邪険に出来ない相手だとわかったはずですし」
「そうなんですね。あ、どうしましょう、この席……」
あの男が暴れたせいで私たちの周りはグチャグチャになっていた。
こういうときはどうすれば……?
「こういうときはこうすればよいのですよ」
ミラーさんは手を叩いて周囲のざわめきを鎮めつつ注目を集めた。
そして、次の言葉を言う。
「皆様、お騒がせいたしました。お詫びといってはなんですが、私どもの方でワインを一杯ずつごちそうさせていただきます。ご堪能ください」
その言葉にわぁっと沸き立つ食堂の人たち。
これでよかったのかな?
「これでよいのですよ。客もお酒が飲める、食堂も売り上げが増える。あとは私たちが壊れたテーブルや椅子を弁償して終わりです」
なるほど、そういうことか。
こういうことも勉強していかなくちゃいけないんだね。
今回のことは驚いたけど、ひとつ経験を積めたということでよしとしよう。
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