17. 漁師ギルドへ

 教えてもらった漁師ギルドまでは少し距離があるため、一度馬車に戻り全員で行くことにした。

 ヴィンケルの引く馬車は華やかだった市場を去り、通り一本先の路地を歩く。

 そして、一度港のある海岸まで出てから市場の方に戻れば漁師ギルドだ。


「それでは参りましょうか、シエル様」


「はい。お願いします、ミラーさん」


 私は馬車を降り、ミラーさんと護衛をともなって漁師ギルドへと向かう。

 漁師ギルドの看板は魚と……それにつながっているしなった棒だ。

 あの棒はなんだろう?


 ともかく、中に入って話をしないと。


「ああん? 見ない顔だな。ここがどこだかわかっているのかい、嬢ちゃん」


「ひえっ!?」


 漁師ギルドに向かっていたら、丈の短いシャツを着た体格のいいおじさんに話しかけられた。

 どうしよう、怖い……。


「ああ、すまん。驚かせるつもりじゃなかったんだ」


「は、はい。こちらこそいきなり怯えて申し訳ありません」


「んじゃ、いまのはなしってことで。で、ここがどこだかわかっているのかい?」


「漁師ギルドですよね? 私、魚の塩漬けを買いにきたんです」


「魚の塩漬けを? それなら市場の方に行ってくれ。あっちでも買えるからよ」


「いえ、少量ではなく、行商で取り扱えるような大量の仕入れを……」


「行商? あんた、行商人なのか?」


「はい。青空運送商会の会頭、シエルと申します。立ち上げたばかりの商会ですが、よろしくお願いいたします」


 私の丁寧なあいさつにおじさんは少しばかり遅れてあいさつしてくれた。


「漁師ギルドギルドマスターのダビだ。詳しいことはギルド内で話そう」


「はい。よろしくお願いいたします」


「あー、もっと砕けた話し方でもいいぞ? 漁師ってのはある意味荒くれ者が多いからな」


「いえ、そうは参りません。これも取引相手に対する礼儀ですから」


 私がそう伝えると、ダビさんは面白い物を見たといわんばかりに目を広げ、唇を釣り上げて振り返った。


「わかった。ともかくギルドの中に入るぞ。お茶なんて立派な物はないから勘弁してくれよ」


「はい!」


 よし、とりあえず第一関門は突破だ。

 ギルドマスターにいきなり会えたのはラッキーだったけど、話を聞いてもらえそうで嬉しい。


 ギルドに入るとたくさんの男の人たちがお酒を飲みながら食事をしていた。

 ダビさんによると漁師というのは基本的に日が昇る前から海に出て魚を捕まえ、日が出る頃に街へと戻ってくるらしい。

 そのため、朝食はかなり早くに済ませ、昼食を豪勢に食べるというのがこのギルドやり方なんだそうな。

 この漁師ギルドの人たちは、このあと家に帰ると少しだけ家事をしてから寝るのが一般的なんだとか。

 普通の人たちとは生活サイクルがまったく違うらしい。


 私はギルドの受付で身分証を出し商業ギルドに登録していることの確認を受けてから二階にあるギルドマスターの部屋へと案内された。

 ダビさん曰く、応接間もないとのこと。

 そもそも漁師ギルドに私みたいな新しい商人がやってくること自体がまずないそうだ。

 理由は間に商業ギルドが入るから。

 商業ギルドを通さないといけないというわけじゃないんだけど、漁師ギルドの人たちは魚を捕ることが専門であり商売人ではない。

 そのため、買い叩かれないように商業ギルドに魚を売っているそうだ。

 うーん、いったん商業ギルドに戻るべきだろうか。


「まあ、わざわざ俺たちのところまで来てくれた嬢ちゃんの情熱は買うよ。だがな、俺たちから直接買うメリットってなんだ?」


「あ、それは……」


「そこんとこも考えてから動きな、会頭殿。勢いだけじゃ商会なんて維持できないぜ」


「申し訳ありません」


「ま、これもなにかの縁だ。塩漬けの魚ならあまり気味だったし、そこまで買い叩かないんだったら売ってやるよ」


「本当ですか!」


「嘘は言わねぇ。で、どれくらいで買ってくれるんだ?」


「そうですね。ミラーさん、塩漬けの魚ってどれくらいするんですか?」


「市場で売るときは1人前5ブレスから10ブレス程度です。ただ、それはあくまで最終的な値段であり、卸値とは異なります。塩漬けにされている魚の種類によって日持ちも変わりますし、味も変わります。当然値段も変わりますし、行商人の仕入れは箱や壺単位での仕入れが基本です」


 なるほど、1匹とかそういう単位じゃないんだ。

 そこも知らなかったなぁ。


「嬢ちゃん、優秀な人材がいてくれてよかったな。試してみてすまなかった」


「いえ、気にしないでください。でも、そうなると現物を見ての取引ですよね」


「そうなる。まだ商業ギルドに卸していない塩漬けの魚がある倉庫に行こう」


「はい」


 私たちはダビさんの案内で別の倉庫へと向かった。

 案内された倉庫の中はひんやりとしている。

 倉庫全体の温度を下げて少しでも魚の鮮度を落とさないようにしているそうだ。

 でも、それって結構馬鹿にならない費用がかかるんじゃないかな?

 そこはどうしているんだろう?


「ん? ああ、空調費用か。それは冒険者ギルドと提携してクズ魔石を安く仕入れているのさ。クズ魔石でも大量にあれば十分な効果を得られる。ま、クズ魔石から魔力を絞り出す装置は大型なんで家庭用には使えないがな」


 そんな装置もあったんだ。

 勉強になるなぁ。


 少し肌寒い倉庫内を歩いていくと別の部屋へ続く扉にたどり着いた。

 ダビさんがその中に入っていったので後に続くと、そちらの室内は更にひんやりとしている。

 どうやらこちらの部屋の方が本命らしい。


「今日の魚の下処理はもう終わっちまってる。冷蔵庫にしまってあるが中身も見ていくか?」


「許してもらえるならぜひ」


「わかった。冷蔵庫から取り出すとせっかく冷やしてあるのが無駄になるから、扉だけを開けさせてもらうぞ」


 どうやらこのギルドで利用している冷蔵庫には遮断の結界が張ってあり、少しの間だけ扉を開く程度なら内部の温度が上がらない仕組みのようだ。

 これもエルフ族国家にいたときは聞いたことがない技術である。

 私が知らなかっただけかもしれないけれど。


 ダビさんが冷蔵庫を開けて見せてくれた魚はどれも美しい魚ばかりだった。

 サーモンやマッカレルシーブリームなど見た目だけでも美味しそう。

 ここに並んでいる物はまだ塩漬けにしたばかりだそうで、完成までは数日かかるらしい。

 逆に言うと、まだ商業ギルドから買付が済んでいない魚はここにある物が一番新しいそうだ。

 商品を確認してから漁師ギルドに戻って実物を試食させてもらったけどどれも美味しかった。

 これならある程度まとめて仕入れても大丈夫な気がする。


 私はミラーさんと相談して全部で5万ブレス分の魚を仕入れることを漁師ギルドに提案した。

 漁師ギルドもその提案に応じてくれて最初の仕入れが出来たことになる。

 塩漬けが出来るまで数日かかるそうなので、3日後に取りに来てほしいそうだ。

 それまではダルクウィンの街でなにかいいものがないか歩き回ってみよう。

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