16. 魚の塩漬けの仕入れ

 魚の塩漬けを取り扱っている商会は海の傍に固まっているそうだ。

 早速向かってみよう。

 それにしても、塩はだめで塩漬けがいいのはなぜだろう?


「それですか。塩漬けは塩の取引が規制されるようになる前から保存食品として流通していたからです。さすがに国も保存食品の流通規制まではできないのでしょう」


 なるほど。

 ただ、塩漬けを商いすることは許されているけど、それについている塩を抽出することは禁止されているらしい。

 私もいきなり闇商人にはなりたくないので悪いことはしないでおこう。


 海の近くにある商会がいいと勧められてやってきたけど、この近辺は商会の数が少ないのかな?

 小売の魚ばかりが並んでいる。

 馬に幻術で化けているとは言え、立派な馬車を一頭引きで引いているヴィンケルも目立っているし、どこかに馬車を止めてしまいたいところなんだけど。


「シエル様、あそこに馬車留めがあります」


「ありがとうございます、アーリー。そこに向かってください」


「はい」


 アーリーの見つけた馬車留めに入り料金を支払って馬車を止めさせてもらう。

 普通の馬車留めに入って馬車をおいておくなら、馬車をマジックバッグの中にしまうような目立つ真似は避けるべきだね。


『シエル、魚を探しに行くのか?』


「うん。そうだけど、どうかしたの?」


『魚ならばサンダーバードを呼び、少しお願いすれば喜んで取りに行くぞ』


 そんなことだけに幻獣様を呼ばないで!

 ヴィンケルも考え方が幻獣なんだから。


 とりあえずヴィンケルの申し出はやんわりとお断りし、私はミラーさんとメイドのプリメーラ、それから護衛ふたりをともなって市場へと入って行く。

 市場はまだ昼前ということもあり賑わっていた。

 ただ、新鮮な魚は朝早くに売り切れるらしく、いま売っているものは干物がメインだそうだ。

 干物も売れるのかミラーさんに聞いてみたが、干物はあまり珍しいものではないため行商には向かないみたい。

 ちょっと残念。

 そんな中、プリメーラは巧みに買い物をしながらお昼を食べる食堂の聞き込みをしていた。

 ここの商店おすすめの食堂は魚の料理をいろいろ出してくれる料理店らしく、お昼過ぎに行くと品切れになっている料理が多いみたい。

 私たちは一端買い物を中断し、プリメーラがいままで買った物を馬車まで届けてからその食堂へと向かった。

 でも、いままで買った物を馬車まで届けたのはなぜだろう?


「あれはドローレスを始めとした居残り組の食事です。あの馬車の中にある厨房を使えばドローレスでも干物を焼くことくらいはできるでしょう」


「なるほど。そうだったんですね、プリメーラ」


「居残りをしてくれている者たちにも食事は必要です。こういった気配りもできるようにならなければいけませんよ?」


「肝に銘じます」


 ちょっとたしなめられてしまった。

 気を取り直して歩いていくと目的の食堂を発見する。

 まだお昼前に来たからあまり混んではいないみたい。

 営業中なのをしっかり確認して店に入る。


「いらっしゃい。5人でいいかい?」


「はい。席は空いてますか?」


「テーブル席を使っておくれ。昼は日替わり定食しかないからそれでいいね?」


「わかりました。それでお願いします」


 私たちはテーブル席に腰掛け料理が出てくるのを待つ。

 その間にも仕入れ先のことを考えるのは忘れない。

 ただ、プリメーラが仕入れた情報でも大量の塩漬けを抱えているような商会はないそうだ。

 いきなり躓いちゃったかな……。


「おまちどおさま。今日の日替わり定食だよ」


 話をしている間に今日の日替わり定食というのがやってきた。

 メインに魚と魚介のスープそれからライスだ。


 ライスをこの国に来て初めて見たときはとても驚いた。

 このような物が本当に食べることができるのかと。

 でも、ダルクウィン公爵様やミラーさんは平気で食べているし、私も勇気を出して一口食べてみると、ほんのりと甘さが広がって美味しい食べ物だとわかった。


 話を聞くと、このライスという穀物は天翼族国家の主要穀物らしい。

 育った実から直接取った物を粉にせず食べられるということで、パンよりも手間がかからないそうだ。

 ライスを食べられるようにするにも竈を組む必要はなく、火と水、それから鍋さえあればいいという優れもの。

 昔は気候の関係でなかなか収穫量が上がらなかったらしいが、いまでは品種改良されて沿岸部以外では広く作られるようになったそうだ。

 農民の税も小麦かライスのどちらで支払うかを選べ、大半はライスを納めているらしい。

 小麦よりライスの税が軽いという噂もあるらしいが、私にはまだその真相がわからない。


 ともかく目の前の魚を食べてみる。

 ほどよく塩味が効いていて食べやすい魚だ。

 これならライスも進みそう。


 って、あれ?

 塩味が効いている魚?

 私たち全員が一端手を止めて視線で会話する。

 これはひょっとして。

 ともかく、いまは日替わり定食を食べきらないと。


「おや。もう食べ終わったのかい?」


「はい。ありがとうございました」


「そっちのふたりはわかるが、あんたまでそんなに早く食べることはないだろうに」


「いえ、少し聞きたいことがあって」


「聞きたいこと? なんだい?」


「このお魚って『塩漬け』ですよね?」


「ああ、それかい。そうだよ、塩漬けの魚さ。文句があるのかい?」


「いえ、文句なんて。私、商会を立ち上げたばかりで、最初の行商を行うにあたり『魚の塩漬け』を探していたんですよ」


「……なるほど。それは市場で探しても見つからないね。塩漬けなんてこの街で食べる物じゃないからさ」


「仕入れ元、教えてもらえませんか?」


「いいよ。あいつらも商会に買ってもらう方が私らよりも高く買ってもらえるだろう。漁師ギルドの場所をメモしてやるからそこにいきな」


 漁師ギルドなんてあったんだ。

 ミラーさんを見れば特に驚いた様子を見せていないし、元々知っていたみたい。

 私を試すためだったんだね。

 最初から『ギルドはないか』と尋ねて回れば早かったんだ。

 よし、これも覚えたぞ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る