10. 契約後の変化と旅立ちの日
「う、ううん」
気がつくと見知らぬベッドの上に寝かされていた。
それも天蓋付きの豪華なベッドだ。
ドラゴン様からいただいた馬車のベッドも天蓋付きだけど、それとも違う。
ここはどこだろう?
確か、私は麒麟様に名前を付けてそれから……?
あれ、そのあとめまいを覚えたところまでは覚えているけど、そのあとの記憶がない。
どうしてだろう。
ベッドの周りには相変わらず豆柴様たちが陣取っており、私のことを守ってくれている。
いつもいつもありがたい。
そして、ベッドに運ばれるまでの記憶がない理由を考えていると、部屋の扉が控えめにノックされた。
豆柴様たちも一斉にそちらを向く。
誰か来たようだ。
「はい。どうぞ」
「失礼いたします。どうやらお目覚めになったようですね」
「あ、ミラーさんでしたか。ご心配をおかけいたしました」
「いえ。麒麟様……ヴィンケル様は魔力が急激に流れ込んだことによる変化だとおっしゃられていました。どこか体に違和感はございませんか?」
体に違和感?
そういえば妙に体が軽く感じる。
それをミラーさんに伝えると「やはり」と言われた。
ミラーさんはなにか知っているようだ。
「ヴィンケル様がおっしゃられていました。『目を覚ましたときには魔力が強くなった影響で体が軽く感じるだろう』と。ただ、それは身体強化の魔法が常にかかり続けているようなものらしく、体を動かして自分の思い通りの力を出せるように馴染ませる必要があるとのことです。そのため、しばらくはこの屋敷に逗留することをダルクウィン公爵様より許可されております」
「そうだったんですか。あれ、この部屋は?」
「シエル様のお母上の部屋です。当時の家具をそのまま残しておいた甲斐がありました。この屋敷にいる間は自分の部屋と思い、ご自由にお使いください」
ミラーさんはあいさつを済ませると食事の用意をすると言い部屋を出ていった。
どうやら私は一週間、つまり6日間も寝ていたらしい。
それにしてはお腹が空いた感覚がないのはなぜだろう?
「シエル様、お食事をお持ちしました」
「はい。どうぞ」
やってきたのは緑色の髪をしたメイドさん。
翼も緑色をしている。
彼女はテキパキとテーブルの上に食事を並べ、それが終わると私をテーブルへと連れて行ってくれた。
うわぁ、常に身体強化の魔法がかかっているというのは本当みたい。
恐る恐る歩かないと飛び出していってしまいそう。
メイドさんに介助してもらいながら席に着き、食事をしようとスプーンを持ったらそれが曲がってしまった。
力を込めたつもりはないのに……。
でも、メイドさんも承知済みだったのか新しいスプーンをすぐに差し出してくれて今度は曲げずに持つことが出来た。
ものすごく繊細な力加減が必要だったけど。
その後も食事や運動などで身体能力の制限を見極めることを続け、5週間後……つまり、一カ月後には普通に過ごせるようになった。
とっさに身体強化が出るのはヴィンケルも仕方がないことだと言っているので諦める。
日常生活に支障がないならよしとしよう。
これで旅立ちの準備は整った。
あとはいままで面倒を見てくださった公爵様にごあいさつをしてこのお屋敷ともお別れだ。
ミラーさんにダルクウィン公爵様と面会できるか取り次ぎをしてもらったところ、30分程あとなら面会できるということなので応接間で待たせてもらうことにする。
ヴィンケルの名付けをしたのもこの応接間だし、ちょっと感慨深いかも。
やがてやってきたダルクウィン公爵様は、4人の騎士とふたりのメイドを伴っていた。
どうしたんだろう、一体。
「やあ、シエルさん。旅立つ準備が出来たそうだね」
「はい。身体強化も人並みレベルの力に抑えることが出来るようになっています。いままでお世話になりました」
「いいんだよ。それでは私からの贈り物だ。まずはこれを」
ダルクウィン公爵様が懐から一枚のカードを取り出した。
それには私の名前と姿絵、経歴などが書かれている。
あ、身分証だ!
「それが天翼族国家での身分証になる。カードの隅にある金色の部分に一滴血を垂らしてくれ。それでそのカードは君専用のものだ」
私は言われた通りミラーさんから借りた針で指を軽く突き、にじみ出た血を金色の部分に付ける。
すると、カードが灰色から銀色へと変わった。
これで終わりなのかな?
「シエルさんには済まないが、君は『ラルク商会の孫娘』として登録させてもらった。『ラルク商会』自体はあまり世に知られていないので大丈夫だが、貴族にとっては大きな意味を持つ商会だ。悪いようには扱われないだろう」
「はは……ありがとうございます」
なんだろう、結局ダルクウィン公爵様との縁は切れていないということだろうか。
でも、ダルクウィン公爵様がそれをお望みでしたら断れないし受け入れよう。
ともかく、公的な身分として『ラルク商会の孫娘シエル』が誕生したわけだ。
これで街中を歩いても大丈夫だろう。
「それから一カ月前に約束していた私からの援助だ。後ろにいる騎士4名とメイド2名、それからミラーを君の部下として連れて行ってくれ」
騎士様にメイドさん、それにミラーさんまで!?
どうしよう、お給料は……あ、払えるな。
だけど、それって身分的には大丈夫なんだろうか?
それを伺ってみると、むしろ誰も連れていないことの方が怪しまれる立場だそうだ。
「シエルさんはこの国で暮らしたことがないからわからないだろうが、銀の身分証というのは貴族に次ぐ立場の者が持つ物だ。それは豪商やギルド長など一定の権力者やその身内であることを表す。それだけの身分があるのに護衛のひとりもいないのでは怪しまれるよ」
「そ、そうなんですか」
「ああ。シエルさんが眠っている間にヴィンケル様から君の旅支度について大まかに説明を受けてある。シエルさんの魔法の馬車は内部空間が隔離されていてお屋敷のようになっているそうじゃないか。なら、メイドもいた方が便利だ。騎士4人はこのあと旅でも動きやすい装備に変えてもらう。ミラーは計算もできるし帳簿を付けられる。商売をしたいならうってつけの人材だぞ」
ミラーさんって賢そうだと思っていたけど、やっぱりすごく頭のいい人だったんだ。
私はお母さんにいろいろ教わっていたけどそれも途中で中断されていて孤児院では既に習ったことがあるようなことしか学ばなかったから圧倒的に学が足りない。
この申し出はありがたく受け取ろう。
「ありがとうございます。このご恩はいずれ必ず」
「シエルさんが元気に過ごしてくれればいいのだよ。それではこの者たちにも旅支度をさせる。シエルさんは一足先に馬車の準備をしていてもらえるかな?」
「はい、わかりました!」
私は人に使われるばかりで人を使ったことなんてないけれど、そこもミラーさんから学びながらやっていこう。
これからどんなことが待っているんだろう!
すっごく楽しみ!
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「よろしかったのですか? 『ラルク商会』の名前を使って」
「構わないだろう。各ギルドマスターならその名を知らぬものはいないし、貴族も知らぬはずはない」
「それはそうでしょう。『ラルク商会』とは『ダルクウィン公爵家』のことなのですから」
「くれぐれもシエルさんには悟られないようにな。あと、シエルさんをよろしく頼む」
「はい。いままでありがとうございました、メルト様」
「いいのだよ。君も本来なら娘に付いていきたかったのだろう? 娘の娘になってしまったが、念願が叶ったではないか」
「……はい。お嬢様のことは残念ですが、これもまた天の配剤かと」
「そうだね。それでは出発の準備を。荷物はもうまとめてあるだろうがな」
「はい。これで失礼いたします」
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