9. シエルの生まれと幻獣契約

 私のペンダントを握り絞めぽつぽつと涙をこぼしていたダルクウィン公爵様だったが、数分で泣き止み私にペンダントを返してくれた。

 ダルクウィン公爵様の目は充血して真っ赤だ。


「みっともないところを見せてしまい申し訳ない、シエルさん。来てくれて嬉しいよ」


「いえ。それよりも母がダルクウィン公爵様の娘というのは本当ですか? 私は生まれたときから行商人の娘として育てられてきました。ダルクウィン公爵様のお話は一度も聞いたことがありません」


「だろうね。娘は頑固だったからなぁ。あの子は行商人をしていた男と結婚するために家を飛び出したのさ」


 うわぁ、そうだったんだ。

 でも、私は歓迎されているよね。

 どういうことなんだろう?


「あの男との結婚は最初から私は賛成していてね。天翼族の平民だった彼を我が家の御用商人に召し抱え、十年ほど修行を積ませてから娘を娶らせるつもりだったんだ。しかし、親族の反対にあってそれが叶わなかった。結果、娘はあの男と駆け落ちしてしまったのさ」


 そんなことがあったんだ。

 全然知らなかった。

 お母さんたちも結構苦労していたのかも。


「シエルさん。君はどこから来たんだい? 幻獣のドラゴン様に乗ってきたということは遠くからやってきたのでは?」


「あ、ええと」


『それについては我から話そう』


「麒麟様から?」


『その娘の置かれた環境が少々特殊だったのでな。我々で一時保護していたというわけだ。詳しく話すと……』


 麒麟様は私とで会った経緯やエルフ族国家で私が置かれた状況、ドラゴン様が私のペンダントを見てダルクウィン家について教えてくれたことなどを私に代わり語ってくださった。

 ダルクウィン公爵様はその話を聞き、顔色を悪くされていたがすぐに気を取り直したのか顔を上げ麒麟様に向き直った。


「私の孫の命を救ってくださりありがとうございます、麒麟様」


『気にするな。なにかの縁だ。それよりもこれからどうするのだ?』


「はて、これからとは?」


『言葉通りこれからだ。その話を聞く限り、シエルはこの家の子供として認められてはいないだろう。この家に招き入れるのか?』


「それは……私個人としては迎え入れたい気持ちもありますが、シエルの年齢と性別を考えればこのまま迎え入れない方がシエルのためでしょうな」


『ほう。詳しく話を聞こうか』


「はい。この家の現在の当主は私であり、次代の当主は私の長男と決まっております。ですが、その次の候補がまだ決まっておりません。我が家の継承順は長子相続ですが、長男には子供がおらず、そうなると長男のあとを誰が継ぐのかで問題が起こります」


『ふむ。その先は?』


「我が家には長男、長女、次女の3人兄妹がいました。シエルさんの母は長女にあたります。長男になにかあれば次は長女の娘、シエルさんが継承順で最上位の者となってしまうのです。いままで貴族教育を施されていないシエルさんには厳しい環境となりますし、政略結婚もしなければなりません。いまの順でいけば長男の次であった次女の家系が危害を加えてくる恐れもあります。個人としては堂々と孫を迎え入れたいのですが、貴族家の当主としては混乱の種を迎え入れるだけとなります」


『お前の立場はわかった。シエル、お前はどうしたい?』


「私、ですか?」


『ここはお前の母が暮らしていた家である。そこの男が祖父であることも間違いないだろう。お前個人としてはここで暮らしたいか?』


 私がこの家で暮らす……。

 それって貴族様になるってことだよね。

 うーん、考えられないかな。

 申し訳ないけど、ダルクウィン公爵様にはお断りしよう。


「いえ、私はこの家での暮らしを望みません。ダルクウィン公爵様のおっしゃる通り、旅商人の娘である私に貴族は無理です。可能でしたらこの国の身分証がいただければ幸いですがそれ以上は望みません」


『メルトだったな。シエルはこう言っているが、お前はどうする?』


「この国の身分証くらいでしたら私の権限で発行できます。しかし、公に認めることは出来ないとはいえ孫娘。なにかほかにも手伝いたいのが心情です」


『なるほど。シエル、追加の望みはないか?』


 追加、追加……。

 ちょっと無理を言うかもしれないけれどお願いするだけしてみようかな?


「ええと、私は可能でしたら商人として生きていきたいです。それも店を構えて物を売る商人ではなく、旅をして物を売り歩く行商人です。私、お父さんやお母さんのような行商人になりたいんです。幸いドラゴン様から元手となる資産や移動手段である馬車はいただきました。行商人としての許可証を発行していただけないでしょうか?」


 私のお願いし対し、ダルクウィン公爵様もその後ろに立っていたミラーさんもきょとんとした顔になった。

 ……なにかおかしなことを言っただろうか?


「すまない、シエルさん。あなたが過ごしていたエルフ族国家では行商人をするためでさえ貴族の許可が必要なのかい?」


「貴族様とまではいきませんが、それなりの後ろ盾がないと始められないと聞きました。あるいは商業ギルドに加わり数年間の下積み生活を送ることで晴れて行商人の資格を得られるとか」


「……なるほど、寿命の長いエルフらしい堅実だが時間のかかるやり方だ。シエルさん、この国では行商人をやるにも店を構えるにも貴族の許可はいらない。商業ギルドに届け出を出し、預かり金を預ければ許可証が発行されるよ」


 そうだったんだ。

 私はてっきり何年もかかるものだと。


「しかし、この調子だと天翼族国家の常識に疎すぎるようだ。この調子では商人としてやってはいけまい。私からの出資として人を何人か付けよう」


「そんな! いいんですか、ダルクウィン公爵様!?」


「気にしないでくれ。孫娘と呼んで上げられない娘の忘れ形見に対する最低限のお詫びだ。今日は私の屋敷に泊まっていくといい。シエルさんに付ける人員は明日の朝紹介しよう」


「ありがとうございます! よろしくお願いいたします!」


 この国の法律や文化を知らない私のためにダルクウィン公爵様が人員を手配してくださることになった。

 これで私でも行商人になれそう。

 うーん、あとは馬の手配とかかな。

 馬車はあるけど引く馬がいないと動けない。

 これも紹介してもらおうかな。


『どうやらそちらの話は済んだようだな』


「麒麟様。ここまで付いてきてくださりありがとうございます」


『気にするな。それよりも、シエルは行商人になると言ったな。行商人というのは各地を転々とする商人で間違いないか?』


「はい。そうでございますが……それがなにか?」


『よし。その旅、我も同行しよう』


「ええっ!?」


『どうした? 不満か?』


「いえ、滅相もない。なぜ、私と共に来てくださるのですか?」


『ん? 我もこれから各地を渡り歩くつもりでいた。人間族が邪神召喚を行おうとしていたのもあるが、少し監視を強めるべきだろう。我もシエルのことは気に入ったからな。あの馬車を引くにも馬がいるだろう。我が馬代わりとなり引いてやろう。どうだ? 悪い話ではあるまい』


 悪い話ではないのですが、麒麟様に馬車を引いてもらうなどあまりにも恐れ多いような……。

 でも、麒麟様は本気でおっしゃっているし、ここで断る方が失礼なのかも。

 私も麒麟様が付いてきてくれれば安心だしお願いしましょう。


「わかりました。麒麟様、これからもよろしくお願いいたします」


『もっと砕けた言葉遣いでいい。この先、長い付き合いとなるのだ。それから我に名前を付けろ』


「お名前、ですか?」


『そうだ。出来れば強そうなものがよいな』


 強そうな名前……ぱっと思い浮かばない。

 麒麟様の特徴といえば立派な角。

 角を表す言葉……。


「『ヴィンケル』などはいかがでしょう?」


『『ヴィンケル』か、よいな! では、我はいまより『ヴィンケル』だ!』


 麒麟様……ヴィンケルが輝き、その光が私に向かい流れ込んできた。

 すると、だんだん力が湧いてきて……なんだかめまいがし始めた。

 あれ、これって?

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