4. 焼け落ちた街と逃げ延びた少女

 私が目覚めてから10日が経ちようやく街に戻る許可をいただけた。

 ただ、街へ戻ろうにもこの場所がどこだかよくわからず、空を飛ぶにも体力があまり戻っていないためロック鳥様に送っていただくことに。

 大それたことだけど、ひとりで帰る方法がない以上仕方がない。

 それに、麒麟様も「嫌な予感がする」とおっしゃられて私と同行してくださる。

 サンダーバード様も近くまで送ってくださるそうだ。

 本当に恐れ多い。


 ロック鳥様の背中へと麒麟様と一緒に乗り、私が住んでいる街がある方角へと飛んでいただく。

 ただ、高度はあまり上げずに森の木々の上すれすれを飛んでいくことにしたようだ。

 幻獣様方も相当慎重になられているみたい。

 それほどまでに私の状態はひどかったのだろうか?


『ひどいなどというものではなかったな。撃ち抜かれた肉は焼けただれ、腐敗も始まっていた。相当悪性の呪いだ』


『うむ。我も見たがここまでひどい呪いは最近見た記憶がない。なにかよからぬことが起きている予感がする』


『やめてくれよ、麒麟。お前の嫌な予感はあたるんだからさ』


『そうは言うがな、サンダーバード。警告のない奇襲に不浄なる力、警戒するなという方が無理だ』


『ま、その通りだがな』


 ロック鳥様も麒麟様もサンダーバード様も警戒されている。

 幻獣様がここまで警戒するほど今回の一件は大事なのだろうか。

 ただの町娘でしかない私にはよくわからない。

 でも、一刻も早く街に戻りみんなの安否を確かめないと!


『見えてきたぞ。あれがお前の住んでいた街だ』


「あれが……。うそ、街壁も崩れて……」


『つらいだろうが現実だ。あの近くに降りるぞ』


「……はい」


 私が見た街は遠くから見てもわかるくらい無残な姿をしていた。

 街壁は一部が崩れ落ち、街の内部がチラリとだけ目に映る。

 でも、その風景さえ知っているものではなく、破壊されたガレキの山しか目に留まらなかった。

 街のみんなは無事なんだろうか?

 気持ちが逸るけど、いまロック鳥様の背中から飛び出していっても意味がない。

 焦らず近くに着くのを待とう。


 数分後、たどり着いた街の周りには軍隊が陣を組んでいた。

 でも、あの旗は人間族の軍の旗ではない。

 確かエルフ族の軍の旗だったはず。

 救援部隊がきてくれていたんだ!


「よかった、援軍が来たんだ……」


『いや、よかったわけではないようだぞ?』


「え? どういう意味でしょう、麒麟様」


『どうも様子がおかしい。シエル、お前は我の背に乗れ』


「は、はい」


 急かされ急遽麒麟様の背にまたがる。

 私がしっかりと麒麟様の背中にしがみついたことを確認すると、麒麟様はロック鳥様の背中から飛び降り地面へとやんわり着地した。

 そして、私を乗せたまま前方にある陣へと駆けていく。

 そのスピードも普通の馬なんかより何倍も速い。

 やっぱり幻獣様ってすごいんだ。


「止まれ! 何者だ!」


 陣の見張りをしていた兵士が私たちに制止の声をかけてくる。

 麒麟様も彼らの呼びかけに応じ、兵士たちの攻撃が届かない範囲で立ち止まった。


『我は麒麟。先日この街の急を知らせた者。この街の現状を知りたい。責任者はどこだ?』


「麒麟……幻獣の麒麟か!?」


「おい、すぐに中尉を呼べ!」


「ちゅうい……?」


『この軍の指揮官のことだろう。我にヒト族の指揮系統はわからぬが指揮官を呼びに言ったくらいならばわかる』


「なるほど。さすがですね、麒麟様」


『状況と年の功というやつだ。我々はここで待たせてもらうとしよう』


「はい。……あの、降りてもいいですか?」


『状況がわからぬので乗ったままでいろ。場合によっては急ぎ離脱する』


「……はい」


 幻獣様の背に乗ったままだなんて恐れ多い。

 いままでは移動するにはそうするしかなかったので気にしないでいた。

 でも、いまは移動するわけでもなくただじっと待っているだけなので大変恐れ多いのだ。

 うう、早く降りたい。


「貴様か、この前の手紙を届けたのは」


 やってきたのは神経質そうな壮年のエルフ。

 エルフであの外見だから相当な年齢だろう。

 それにしても、幻獣様相手にあのような態度が許されるのだろうか。


『我だな。それで、救援は間に合わなかったのか?』


「ああ、間に合わなかった。貴様が手紙を届けるのを遅らせたせいでな!」


 麒麟様が手紙を届けさせるのを遅らせた?

 この人はなにを言っているの?


『ふむ。我にはわからぬ話だが……聞いてやろうか』


「とぼけるな! 手紙に記されていた救援依頼の発行日は20日前だぞ! 我々が9日前、たどり着いたときにはもう人間族の姿はなく皆殺しにされた同胞たちの亡骸があるばかりだった! この責任、どうとってくれる!」


 20日前の手紙?

 なにを言っているのだろうか?

 それとも、私はそんなに眠っていたの?


『なるほど。我が届けたのを遅れて届けたと申すか。戯れ言だな』


「なんだと!?」


『そもそも、ヒト族の争いに関する手紙を届けてやったこと自体が感謝されるべきことであり、それに対して怒りを向けられる筋合いはない。まして、この地でヒト族の戦が始まったのは12日前。20日前はどうだったか知らぬが、15日前までは平穏だったものよ』


 麒麟様、15日前から街の近くにいらっしゃったんだ。

 幻獣様が街に姿を現すなんてことはないから、いつやってきたかなんてわからないものね。

 それにしてもどちらが正しいんだろう?


「貴様、私が嘘をついているとでも言いたいのか!」


『嘘かどうかなどどうでもよい。この街の住民は皆殺しにされたのか?』


「ぐっ! ……皆殺しにされた! それが結論だ! 文句があるのか!?」


『いや、ないな。ヒト族の争いの結果などどうでもよい。お主が偽り言を述べていること以外はな』


「なに!?」


『ふん。少女よ、気はすんだか。もう帰るぞ』


「あ、でも……」


『この街の生存者はいない。それがの下した決断だ。それ以上でも以下でもない』


 あ……。

 つまり、本当は生存者もいてそれをこの軍人さんは隠したがっている?

 一体なにが目的なの?


「兵士ども! この少女と獣を殺せ!」


「中尉殿! 相手は幻獣様ですよ!?」


「かまわん! 消してしまえ!」


 うーん、ばれたらまずいことでもなにか隠しているのだろうか?

 でも、私たちに出来ることなんてないし……。


『逃げるぞ、少女よ』


「……はい。お願いいたします、麒麟様」


『よろしい。あとで手向けの花を届けに来る時間くらいは作ろう』


「ありがとうございます」


『では行くぞ!』


 麒麟様は首をめぐらせて体を半回転させると一気に軍から遠ざかって行く。

 あちらも追いかけようとしているのは見てとれたんだけど、馬は用意できていなかったみたいだし、馬なんかより麒麟様の方が断然速い。

 あっという間に街の壁すら見えなくなってしまった。

 助けてあげられなくてごめんなさい、みんな。

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