EP04 夢
「そうか! 暖炉の向こうに隠し部屋があるんじゃなくて、地下階に繋がってたんだね! ご覧下さい! この事故物件には、図面に載ってない地下一階が存在したのです、皆さん!」
美咲が、暖炉を埋めていた土を掘り返して、地下一階へ連なる梯子を発見してしまった。
「待って美咲。地下なら確かに辻褄は合うけれど、不動産屋が秘密にしている理由がないでしょう。それに、隠し方が中途半端でおかしくない? コンクリートで暖炉の穴を塞がずに、どうして土なの? 費用をケチるにしても、なにか不自然だよ」
この赤い土は、なにか妙だ。匂いといい色といい、普通の土ではない。
「うん、そこが壮絶に怪しいじゃん!」
「美咲、降りるとか言わないよね」
「降りるに決まってるじゃーん。生きてるだけで丸儲け!」
やはりわたしの夢は、予知夢なのだろう。絶対にこの場面で美咲はそう言うと思っていた。そして言った。たぶん現実でも同じことを言う。
「ちょっと待って。昨日二階の部屋で妙な音が鳴り響いていたでしょう? 木材のきしみでは説明できないレベルの音。あれって、階下から響いてたよね。この建物が老朽化して陥没しかけている前兆なのかも。危険だって」
「へーきへーき。美咲は見たんだよね? わたしが『赤い部屋』を発見する夢を? じゃあ行くしかないでしょ?」
「『赤い部屋』だったかどうかはわからない。視界が赤かっただけ」
「じゃあ、いよいよこの目で確認しなくちゃ」
スマホのコメント欄を見ると、文字通りの賛否両論。
<ここまで来て引き返すなんてあんまりです。徹夜して見てきたんだから、どうか真相に辿り着けてくださいよ~>
と突撃を求める書き込みと、
<老朽化した建物の地下に潜るなんて心霊以前に物理的に危険だから、いったん引き返して、専門の業者を連れて再取材したほうが>
と自重を薦める書き込みとが、文字通り拮抗している。
そんな中に、一人の視聴者から、長文のコメントが連続で投下された。
「福笑い女優霊」だ。
<昨夜、いくつか情報を提供した福笑い女優霊です。本来はコメント欄に書くべきことではないのですが、緊急事態なので急いで投下します。自分の実家は事業の一環として不動産業を営んでいます。その物件の地下には決して降りないでください>
「美咲。これ見て。やっぱり不味いみたい。この人、ホテルの件とか教えてくれた人だよ」
「あー! ルール違反! 福笑い女優霊! コメント欄に投下しちゃダメだってば!」
<10年前の失踪事件の後、関連の小会社に管理を押しつけましたが、事件当時は弊社がその物件を管理しておりました。当時、社長を務めていた父から聞いた話です。10年前、一家失踪事件の調査で刑事たちがはじめてその物件に立ち入った時、全ての部屋に多数のお札が張り付けられていたそうです。応接間の、暖炉がある壁面にも、当時は神棚と仏壇が据え付けられていました。すべては、間取り図に記載されていない地下室を封印するためだったようです。至るところに付着していた動物の血液も、おそらくは封印の儀式に生贄を用いた跡だったそうです>
そんな話を語られたら、美咲の好奇心を刺激するだけだと思う。逆効果だ。でも、「福笑い女優霊」も必死なのだろう。
<図面に記載されていない地下1階には、最初にその建物を建てたオランダ商人A氏が密かに施行させた隠し部屋が存在しました。刑事たちがその隠し部屋に踏み込んだところ、当時オランダ商人A氏が使用していた家具や「機具」が、手つかずのまま室内に残っていたそうです。むろん、多数のお札が部屋を厳重に封印していましたが、失踪した家族が室内にいるかもしれないので、彼らは構わず突入したといいます>
もうダメだ。美咲の突入は止められない。
地下へ降りるところまではもう仕方ないとして、どうやって部屋への突入を阻止するかだ。
夢の中で起きたことはもう改変できない。だから、ここで美咲を止めるしかない。
<地下室でなにが発見されたのかはわかりません。父も教えてもらえなかったそうです。ただ、オランダ商人A氏の部屋だったことだけは確かだそうです。問題はその後です。部屋に突入した警官たちに、後日、次々と厄災が。ある者は拳銃を口に入れて、頭を撃ち抜いて自殺。ある者は心神耗弱して病院に入院し、そのまま退職。ある者は自分の家族を殺害して逮捕され、実刑判決>
美咲の表情を見るのが怖い。興奮しているのか、恐怖しているのか。いずれにせよ、美咲は――地下に潜る。
<父はもともとこの物件の隠し地下室の存在を知っていましたが、祖父から「決して触れるな。解体もするな」と厳しく注意されていたそうです。父は「地下室になにかがあって、失踪した家族も刑事たちもそのなにかに祟られたのだ」と震えあがり、物件を子会社に押しつけたと言います――ちなみに問題のオランダ商人A氏は実在します。A氏が特攻に逮捕されて獄死したという噂も事実です。その証拠は現存していて、アドレス××××から閲覧が可能です。自分と会社の情報が漏れる危険を冒してでも、お二人には踏みとどまっていただきたくて、急遽この情報を投下しました。自分が知っている情報は、以上です>
コメント欄は、<ヤラセじゃね?><法螺だろう。このアドレス×××も自作自演の捏造だよ>と書き込みを信じない派と、<ガチでオランダ人、特攻に捕まって殺されてんじゃん!><獄死って書かれてるけど、拷問死だよな><この資料によると、奥さんは但馬家という京都の旧家から嫁いできた人らしい。この奥さんはどうなったんだ?>と書き込みを信じる派に分かれて、喧々ガクガクの言い合いがはじまってしまった。
「みんな、仲良く! 生きてるだけで丸儲け! でしょ? 今からわたしが地下に突入するので、議論はストーップ!」
美咲の一喝で、かなり鎮まった。
「あ、真理は降りなくていいよ。わたしにはこの金属バットがあるから! うちのチャンネル名『怪ぶつっ!』はさ、『怪異は物理で倒すっ!』の略なんだよ。これがわたしのサバイバル術!」
「――わたしも降りる」
「えー? らしくなーい!」
あ。論争で盛り上がっているコメント欄の中に、時々<ニューカマーの素顔が!><すげえ美人!><マスク美人がマスク外したらもっと美人とか、初めて見た><なんだよ、どこからスカウトしたんだよ。美咲さん一生ついていきます>と、わたしの素顔を見て盛り上がっている人の書き込みがちらほら。
しまった、いつ外れたんだろう? 自分で外した記憶はない。寝ているうちに、息苦しくなって外してしまったんだろうか?
夢だから、いいか。
いや違う。ダメだ。夢で起きたことはもう改変できないから、よくない!
(あ……でも、それって経験則だから変更できると美咲は言っていたっけ。マスクを着けることくらい、できるよね?)
それに今はマスク云々より、美咲だ。地下室に入れちゃダメだ。
「地下に降りました! 暗い! 真っ暗です! これは狭い廊下だー! 人間一人ずつしか通れなーい! あっと、廊下はすぐに行き止まりだ! 右手に、部屋があった! ありましたっ! 扉には、お札は貼られていません! 捜査中に剥がされたのでしょうかっ?」
「美咲。もう引き返そう。どうしても入りたいのなら日を改めて、建築業者さんとか不動産屋さんを連れて……」
こんな説得では美咲を止められないことは承知しているが、このまま美咲を放置しておけない。
わたしは怪異を信じない。
仮にこの夢が予知夢だったとしても、部屋に入れば祟られるなんてことは起こるはずがない。
そのはずなのに、無性に(美咲を部屋に入れちゃダメ)と心がざわつく。形容しがたい重く澱んだ空気が、地下全体を覆い尽くしている。
怪異などは存在しなくても、この部屋に入ることは危険なのだ。
そんな確信めいた予感がわたしの感情を支配していた。
人体に害がある物質……たとえば、奇妙な匂いを発する赤い土……が室内に大量に遺されているのかもしれない。あるいは、住人がお札や神棚で地下を厳重に封印しなければならなくなるほどに、精神に悪影響を及ぼすなにか禍々しいものが……。
「うっ」
視界が赤くにじんできた。わたしの目に病変が? いや、夢らしい視界に戻ってきただけなのか。それとも。
視界が、たちまち赤くなった。地下一階の空気そのものが、血のように真っ赤に見える。
地下の部屋へと入る扉が、音もなく勝手に開いた。
「お、おおおおお? なんだこりゃ、ほんコワ動画みたいな現象が現実に起きておりまーす! ねえねえ、美咲? ちゃんと電波届いてる? 配信できてる? ここで電波が途切れてたら最悪じゃん?」
そんなことは今はどうでもいい。
わたしは、美咲の手首を掴んでいた。
ひゅうう、とわたしの喉から妙な呼吸音が漏れた。
どどどどどと、心臓が爆音を立てて鳴りはじめる。
まずい。まずいまずいまずい。予知夢の中で時折わたしが発症するパニック症状だ。
現実では発症しない。でも、夢の中でわたしがこうなった時は、必ず夢でも現実でも悲惨な事態が起こるのだ。あの10年前の震災の夢の時が、そうだった――。
「その部屋に入っちゃダメ! 引き返して!」
わたしは、美咲に向かって思わず叫んでいた。
なにがあるのかはわからないが、確実に「厄災」が、部屋の中に待っている。
「だいじょうぶだって。なにか出て来たら、わたしがバットでボコっちゃうからさぁ」
そうだ。美咲は、自分の命や運命を、まるでゴミのように軽く扱っているんだ。だからなにも怖くないんだ。
むしろ美咲は――死にたがってる。不幸になりたがってる。だから、危険な場所に突撃していくんだ。
きっと美咲は、家族や隣人たちを失ったのに、自分だけが理不尽に生き残ったことに、罪の意識を感じている。
物理的な危険ではなく、怪異へと向かっていく理由はよくわからないけれど、津波という物理的な危機に遭遇したのに奇跡的に生き延びてしまったからかもしれない。
あるいは美咲は、自らの肉体の死ではなく、自分の魂が祟られること、呪われることを望んでいるのかも。単純な死よりももっと不幸なものを望んでいるのかも。
わからない。わたしには、美咲の心の内側はわからないけれど。
わたしは顔を伏せて、弱々しい声で呟いていた。とにかくパニック発作を収めないと、このままでは喋ることもできなくなる。
「バットでどうにかできる相手じゃない……」
「あれ~? 真理は怪異とか信じないんじゃなかった~?」
そうだけど、不幸や恐怖は、怪異だけじゃない。美咲だってよくわかっているはず。
自然とか。人間の悪意とか。自分自身の狂気とか。インターネットだってそう。
世界は、恐怖で満ちている。
今のわたしは、美咲を救えないまま、この予知夢を覆せずに終わってしまうことがなによりも怖い。二度も同じ予知夢を見られた経験はかつてなかった。はじめて、二度目のチャンスを与えられた。
この夢の中で、なんとかして美咲を止めないと。
「お願い、美咲。話を聞いて! 怪異はなくとも、不幸はあるの! 震災とか。通り魔殺人とか。自殺とか。わたしは、そんな怖い夢を何度も見てきて、知らない被害者の視点で恐怖を経験して、その度に『死ぬ直前』で目覚めてきたの!」
「それじゃ、夢の中で死んだことはないんだ? 寸止めで目覚めるんだ。よかったじゃん真理? そうだよね。何度も夢で死んでたら、メンタルが持たないよね?」
「でも、ただの一度も、現実で起きる不幸を止められなかった。美咲だけは止めたい。わたし以外に、今の美咲を守れる人間はいないの。ここで美咲を止められなかったら、一生後悔する!」
「……たはは……参ったな……泣きながらそんなこと言われたら、入れないじゃん……でもさ、ここで引き返したら視聴者が暴動を起こすよ? このチャンネル、炎上して潰れちゃうかも」
「どうでもいい! Youtube配信以外にも学費を稼ぐ方法はあるよ! わたしが協力するから、だから」
美咲は、とてもはにかんだような、困ったような表情で、言ってくれた。
「……しょうがないな~。それじゃ配信はここで終わりにしよっか。帰ろう? 徹夜で付き合ってくれたみんな、ごめんね? あ、苦情はわたしに言ってねー。真理に凸ったらこのバットでブッ殺すから、よろしく!」
ああ。わたしは、予知夢の中ではじめて、運命を変えられた。これで、現実も変わる。
コメント欄は大荒れになっているけれど、どうでもいい。美咲がだいじだ。
「それじゃ、帰ろうか。結局、予知夢と同じことが現実にも起きたんだよね? すごいよ真理は。ホンモノだよ! それにさ、わたしの運命まで変えちゃったじゃん! もしかして命を救われちゃったのかもねー、わたし」
「……え? これは夢でしょう?」
「は? なに言ってんの? 今は現実だよ? ちょっと真理~、もしかして夢を見てると勘違いしてたの? 目を覚ましなよ~!」
「え? え? え?」
現実?
あ、あああああ。
わたしは夢だと思っていたから、とんでもなく恥ずかしい言葉を、生配信中に……そんな。ダメ。素顔を出して、なんてことを。もう生きていられない、恥ずかしい!
逃げないと。とにかくスマホで撮影できないところに隠れないと。そうだ、1階に退避しよう。
だが混乱したわたしの身体は、1階に通じる梯子ではなく、真逆の方向へ。
なぜか、「赤い部屋」疑惑がある地下室の扉へと引き寄せられていた。
あっ? と思った時にはもう、わたしは室内へと飛び込みかけていた。
室内に足を踏み入れる直前。
真っ暗な室内が、少しだけ視界に入った。暗闇に目が慣れていたので、室内の様子を視認できたのだ。
壁という壁にびっしりと、お札が貼られている。どのお札にも、真っ赤な文字がびっしりと書き込まれている。文字が乱雑で読めないが、日本語と梵語だと思われる。梵語は、密教の調伏などで使われる文字だ。
この異様な光景は、まさに「赤い部屋」だ。
そして、そのお札と一体化したかのように、大量の蔵書を詰め込まれた本棚がひとつ。背表紙を見ると、古書ばかりだった。西洋書と古い和書がごっちゃになって放り込まれている。
部屋の奥には、古い木製のテーブルが置かれていて、そのテーブルの上には古いPCではなく、木製の奇妙な箱がふたつ置かれていた。
ひとつは扉で閉じられた箱で、もうひとつは蓋がされておらず、その中にはレトロな機械がいくつも詰め込まれていた。年代物の真空管やコイルだ。
その機械が詰まった箱から壁へと、アンテナ線のようなものが伸びている。
なに、これ? もしかして……オランダ商人A氏が使っていた、通信機?
でも、特攻に逮捕されたのなら、こんなあからさまな証拠を遺しておくはずがない。
この地下室は、特攻には見つからなかった?
だとしても、夫のオランダ商人が逮捕された後に、妻がこんな危険なものを処理しなかったなんて、理解できない。まして、その後に入居した住人たちも、こんなに不気味な部屋を放置してきただなんて。
わからない。なにがどうなっているのだろう。
そして、部屋の床には――赤黒い塗料で床に描かれた、大きな五芒星の紋様。
え? ええ? なに、これ? 西洋の黒魔術?
いや、違う。これは日本の……。
「って、待てーっ! 真理が部屋に突撃してどーすんのさ? ほら、帰るよー!」
美咲がわたしの腕をぐいっと引っ張って、室内への突入を制止してくれた。
「……あ、あれ? なんでわたし……」
部屋に飛び込む寸前だった!
「ど、どうして? スマホカメラから逃げようとはしたけど、どうして部屋に入ろうと」
「たぶん部屋にいるなにかに、引かれてるんだよ。罠だねー。この部屋にいるなにかが、真理に精神攻撃してきたんだよー」
いや、わたしを精神攻撃したのはわたし自身だけれど。
こんな選択肢を、わたしが無意識にでも選び取るはずがない。わたしは臆病だから。
「うんうん。いやー、視聴者のみんなもガチビビりしてるよ、今の真理の突然のダイビング未遂には! 命はだいじにしなくちゃね、真理」
「美咲がそれを言う?」
思わずわたしは笑ってしまった。美咲も笑っている。
「室内の撮影には成功したし、今回はこれでいいじゃん! 次回は霊媒師とか祈祷師とかその手の面子を集めて突入しよう! なにかあった時には、彼らゲスト霊能力者が倒れてくれるから。POVホラーのお約束じゃん?」
「ええ? まだ入るつもりなの? 諦めたんじゃんかったの?」
「だってどう考えたってヤバいじゃん、室内の様子が。赤い部屋が実在した! 古いPCだと言われていたモノの正体は、戦前のスパイが使っていた無線機だったんだ! とコメント欄は大騒ぎだよ! いやー、これだけ盛り上がっちゃったのに、ここで調査は打ち切りでーすとは、さすがのわたしも怖くて言えないじゃん?」
ああ。頭が痛い。わたしのせいで、なんてことに。
(あれ? 結局、最初に見た夢の内容を変えることはできていない!?)
地上階へと連なる梯子を登りながら、わたしはその事実にやっと気づいていた。
(まあ、いいか。美咲は部屋に入らなかったんだから。わたしが入りかけたけれど、足を踏み入れる寸前に美咲が引っ張り戻してくれたから、だ、だいじょうぶだよね……?)
こうしてわたしと美咲は、レンタカー(美咲の自家用車だと思っていたが、話を聞くと実はレンタカーだった。免許は心霊スポット取材のために取ったそうだ)へと再び乗り込んでいた。
運転席に座った美咲は、最高に盛り上がる瞬間に取材を止めてしまったというのに、妙に上機嫌で鼻歌を歌っている。
「ふふ。真理ってば、わたしのために泣いちゃって。さあ、新しい友情のはじまりだー!」
「な、泣いてない!」
「はい、朝食のカロリメイト。フルーツ味が復活したんだよ! これだよこれ。カロリーメイトはフルーツ味に限るよっ!」
「……せめてサンドイッチとか……まあいいか、はあ」
「お礼に今日はわたしがタイカレーをおごるから、お昼まで我慢、我慢!」
いや、二日連続でタイカレーはちょっと。唐辛子が食べたいだけでしょ、美咲は。
……
……
……
ガンッ!!
凄まじい轟音で、目が覚めた。
えっ? ここは――事故物件の、応接室!?
どうして? わたしは美咲と二人で、車に乗り込んだはずじゃ?
「あれーっ? 暖炉、あったんじゃん! ねえねえ真理。これってさあ、隠し部屋に通じてる秘密の入り口ってやつじゃない?」
「え? ちょっと?」
えっ? えっ? ええっ?
「配信できてる? できてるねー? よーし、オーディエンスの諸君も盛り上がってるぞ!」
ぜんぶ、夢だった!?
わたしが途中から現実だと思い込んでいたあの世界は、地下室から無事に引き返して帰路についたあの映像記憶は、すべて、わたしが見た予知夢だったのだ!
(……待って。ここもまた夢の世界じゃないよね……わからなくなってきた! 嘘。あんなに長い明晰夢なんて、今まで見たことがない!)
そうだ。マスク。寝ているうちに外れてしまったマスクを着けよう。
ここが現実の世界だとすれば、わたしははじめて、予知夢の内容を変えられたことになる。
「土を掘り返すとか言わないよね? もう帰ろうよ、美咲」
「掘り返そう! 倉庫部屋にシャベルがあったじゃん? あれを使えば小一時間でいけるいける! だいじょうぶだって。骨とか出て来たりしないからさ。ちゃんと警察が調べ終えた屋敷なんだから。土の向こうの空間も調査済みっしょ」
あっ? 無意識のうちに、夢と同じ会話をしている! 違う言葉を喋らなくちゃ!
でも、夢の中では、わたしたちは赤い部屋に入ることなく、無事に帰路につけた。
ということは――夢の通りに現実を進行させれば、真理を守ることができる?
だったら、夢の通りに行動したほうがいいのでは?
「じゃあ、どうして再び埋められてるの? この土も、窓の段ボールも、なにかを封印している気がする。この土の向こうには将門公の首塚みたいな空間があって、誰も手を着けられずにずっと封じられてきたんじゃないの?」
確か、こんな感じの言葉をここで言ったはず。
「真理は怪異を信じないんでしょ? 掘ろう掘ろう! 今から掘れば、お昼には帰れるって!」
「んもう。真面目に聞いてよ美咲!」
「視聴者の皆さん、ここが『赤い部屋』への入り口かもしれません! 同接100万は目前だー! さあ、掘るぞー!」
「あ。ちょっと。真理?」
おかしい。夢の通りに行動すれば二人とも助かるはずなのに、なにか悪い予感がする。
わたしは、決定的に選択を間違っているのではないだろうか?
「夢で見たことは現実化する。決して変えられない」。
この経験則を信じるならば、二人は赤い部屋に入らずに済むはずだ。
でも――。
(美咲が言っていたように、経験則は法則じゃない。今まで99度「変えられない」という結果に辿り着き続けてきたけれど、今回だけは「変えられる」という結果に到達してしまう可能性はゼロじゃない)
その証拠に、わたしは既に、夢の中では着けなかったはずのマスクを着けてしまっている。
既に、夢の内容をわたしは変えてしまった。
バタフライエフェクト的な効果が発生して、夢とはまったく違う展開になってしまうのでは?
言い知れぬ不安と恐怖が、わたしの呼吸を塞ごうとしていた。現実の世界でパニック発作を起こしそうになったのも、今回がはじめてだ――!
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