EP02 探索

「というわけで、『赤い部屋』があると噂の事故物件に潜入してみましたー!」


「信じられない。ほんとうに事故物件に入り込んで配信してる……」


「外から見ると、ミステリ小説に出てくる洋館みたいな雰囲気だけど、屋内は意外と和洋折衷で、独特の雰囲気があるねー。ねえねえ真理、もうマスク取ったら?」


「……生配信を停止してくれたら取る」


「えー? 食事タイムにいちど休憩取るけど、それまでマスク女のままなの~? 息苦しくない?」


「ネットで個人情報を特定されて生きづらくなるよりはマシ」


「考えすぎだってー。生きてるだけで丸儲けじゃん」


 どこかの大御所コメディアンがよく言う台詞だった。


 わたしはよほど事故物件から逃げだして帰りたかったが、実はまだ運転免許を取っていない。


 つまり、この女にこんな山の奥まで拉致された時点で逃げようがない。建物に入るしかなかったのだ。


 外観は、2階部分に据え付けられたステンドグラスが印象的な「山の急斜面を背に建つ、朽ちかけた洋館」だったけれど、内部設計はいくつかの要素を除いて、日本式と西洋式の折衷だ。


 今、わたしと美咲が中継している応接間のような大部屋は、一階の玄関からすぐに入れるのだが、洋館にあるような暖炉などはない。


 巨大な絵が額縁に入れられて壁面に飾られているが、飾られているものは西洋の肖像画とか印象派の絵ではなく、北斎だ。


 妙だ。空調設備らしきものが、この部屋にはない。


 かつての住人は、どうやって夏や冬を乗り切っていたのだろうか。


 昔は今みたいに暑くなかったらしいから、山の麓は涼しかったのだろうか。でも、逆に冬の寒さがきつそうだ。


 煙突塔らしきものは建っているのだが、この部屋とは繋がっていないのだろうか?


 高い天井には、古いシャンデリアが供えられているが、電気は通っていない。ブレーカーを上げてもダメだった。送電線が来ていない。


 今はまだ明るいけれど、夜になったら真っ暗だ。最初から宿泊するつもりだった美咲が、ライトを用意しているのだろうけれど。


 他に変わった点といえば、北斎の絵が飾られている壁の低い位置に、大きなベニヤ板が打ち付けられている。なにしろ古い建物だ。空いた穴を塞いでいるのだろうか。それにしては雑な処理だ。


「特別にお願いして水道は開いてもらったけど、電気とガスは止まってまーす。泊まりがけで徹夜中継するんだし、水道が使えないとマジでヤバいからね。水道代は皆さんの投げ銭から捻出されるのでよろしく!」


 ……ほんとうに徹夜するつもりらしい。


 建物は二階建て。部屋数はいくつあるのか、まだわからない。6,7部屋くらいだろうか?


 室内には埃が積もってはいるが、ぎりぎり廃墟化はしていない。一応、不動産屋が管理していて、不法侵入だけは防いでいるのだろう。


 時折突撃するYoutuberはいるそうだが、たぶん、美咲同様に中に入る許可は得てきたのだろう。


 心霊系に突撃取材なんかさせたら、いよいよ住み手が見つからなくなると思うのだが、もう諦めているのかもしれない。


 むしろ、心霊スポットとしてアピールすれば、幽霊屋敷マニアの買い手がつくかもしれない、と期待しているのかも。


 解体すればいいのに。解体費用も馬鹿にならないということなのだろうか?


「不動産屋さんからは、場所を特定される情報を流さなければ、なにをやっても自由と許可を得ていまーす! あ、ゴミは各自持ち帰るってことで! 遠足は、自宅に着くまでが遠足だからね!」


「遠足じゃないでしょう」


 この女、さっきタイカレー屋でWカレーセットをたいらげたばかりなのに、もうソファーの上でポテチを食べはじめてる。持参したエコバッグの中身はぜんぶ、食料品と飲み物のようだ。


 ちょっと埃を払ったくらいで、よくこんな物件のソファーに座れるなあ。


「さて。そういうわけで皆さんには見せられませんが、真理とは間取り図を共有しておきたいと思います! ほらほら真理、隣に座って」


「……ええ……わたしも座るの……?」


「これがこの建物の間取り図ね。一階が3部屋、二階が4部屋。トイレが2つ、シャワールームが1つ、お風呂が1つね。噂の『赤い部屋』は、このどれでもない。つまり未発見なわけ」


 ポータブル三脚に据え付けたスマホカメラからは見えないように、美咲が図面を広げてわたしに見せてきた。かなり生配信慣れしている。


 この種の建物としては、割と平均的な間取りだ。「意味がわからない階段がある」とか「入れない部屋がある」というような要素は皆無。奇妙な建築物という感じではない。


「真理なら、どこから手をつける?」


「一応、全室を見て回ったほうがいいと思う。実はどれかが『赤い部屋』だけど、誰も気づいていないだけという可能性もあるから」


 最初から「赤い部屋」なんか存在しない、というのが正解だとは思うが、それを言ったらこの配信を見ている視聴者たちからヘイトを買いそうなので自重した。


 心霊系番組に出てくる、なにも調べずに頭から怪異を全否定して視聴者のヘイトを集める物理学者役を務めるつもりはない。


「えー。それって、部屋に入ってもなにも起こらないってことだから、『赤い部屋』じゃないじゃん?」


「なにも起こらないんじゃないの? 怪異なんて、あるわけないんだし」


「出た! この手の心霊番組にお決まりの物理学博士っぽい発言!」


 あ、しまった。思わず本音が。生配信だからカットできない……最悪。


 コメント欄も賑わっているようだが、いちいち目で追いきれないので確認するのは一時中止。というか、見るのが怖い。ブーイングされていたらどうしよう……。


「ほらほら、みんな豚のようにブヒって喜んでるよ。ご褒美ありがとうございます! って。あ、投げ銭が入った。もっともっと俺たちを罵ってください、だってさ。やっぱり美咲にはYoutuberアイドルの素質があるよ!」


「……心霊系やってる時点でアイドル失格だと思うんだけど。っていうか、なりたくない」


 ネットアイドルなんてやらされたら、メンタルを病みそうだ。


 今のは完全に失言だったけれど、美咲の相方役というポジションなので助かったという感じ。速効でフォローしてもらえたし。


「それじゃ、一階から順番に部屋を探索していこうか! あ、探索係は真理がやってね? わたしは撮影係に専念するからさ!」


「ええ、わたし? どうして?」


「シャーロック・ホームズ並みの洞察力ありそうで、なにか見つけるの得意そうじゃん? わたしはテキトーな性格だから、そういうの苦手でさー」


 わたしにそんな洞察力はない。


 そもそもホームズって、元祖なろう小説みたいなものだし。あんなになんでもかんでも推理できて、片っ端から当てられて、しかも謎の格闘術バリツまで使いこなせるキャラクターなんて、現実にいるわけが……いや、フィクションにそんな突っ込みを入れても意味がないか。


「それじゃー、『赤い部屋』探しを開始しまーす!」


「もう? 展開が早いね」


「さくさく探険しながら、ここまでの調査で判明している情報を語っていくからよろしく! この建物は通称ピーーー邸って言うんだけど」


「ピーーー邸ってなに?」


「そこは公開できないからピーーーでいいんじゃん。戦前にオランダ人の貿易商人A氏が建てたお屋敷なんだって」


 A氏って、実話怪談じゃあるまいし。もう言いたい放題では。


「奥さんが日本人なので、完全洋式設計にはしなかったみたい。こんな山奥だから、空襲の被害もなく、戦後まで残ったんだけどねー。最初に建てたオランダ商人夫妻は、どこかに疎開したきり、消息不明になったって」


 東京都内とはいえ、こんな辺鄙な山奥からわざわざ疎開する必要があるだろうか?


「……一応そういうことになってるけど、実は……」


「実は? 懐中電灯で顔を下から照らさなくていいから」


「戦時中、オランダ商人のA氏は特高警察にスパイだと疑われ、捕まって拷問死。会社も経営続行できなくなって倒産したんだって」


 突然、話が怪談らしくなってきた。


「奥さんは実家に戻ったとも、夫の後を追うように亡くなったとも。それで空き家になっちゃったというのが真相らしいよ?」


「『らしい』って。裏付けは取れてないの?」


「戦時中の情報って、ろくに残ってないからねー。特に都心なんて、空襲空襲また空襲じゃん」


 空襲の光景なんて、想像したくない。10年前の震災の「夢」がフラッシュバックして、気分が悪くなってきた。美咲はケロッとしているけど、この女の神経は鋼鉄製なのだろうか。


「で、それから本格的に事故物件化。居住者が次々と不幸に見舞われたり失踪したり、一家心中を遂げたケースまで。ほとんどが古い話なので、ななかか裏が取れないんだけど」


「なにひとつ確定情報がなくない?」


「実際に事故物件になってるじゃん。最後に入居した一家3人は、都心のマンションで暮らすアッパーミドルだったんだけど、夏の別荘としてこの建物を格安で購入したの。なにしろヤバい物件だからね、六割引だったとか」


 都心はどんどん暑くなっているから、気持ちはわかる。最近は連日気温35度越えが当たり前、38度まで上がることも。誰だって夏場は避暑地に避難したくなる。


 でも、敢えて訳ありのここを選んだということは、あまり経済的に余裕がなかったのか、それともそういう話を気にしない人たちだったのか。


「ところが、その最後の入居者一家も、10年前に忽然と失踪。建物内に大量の血痕が残っていたことから、当初は事件と判断されて捜査されたんだけど、未解決のまま迷宮入り。それ以来、入居者が見つからないわけ」


「……10年前……ぜんぜん記憶にない」


「なにしろ震災が起きて日本中が大騒ぎだったからね。死体が見つかっていれば、それなりに騒がれたんだろうけどさー。失踪一家の血痕でもなかったし、一部の謎事件マニアしか注目してなかったんじゃない? 鑑定した結果、動物の血だったとか」


 動物の血……それはそれでイヤな感じがする。


「美咲は当時、知ってた?」


「ううん。だって、わたしは――ま、いいや!」


「え。なにを言おうとしたの? すごく気になる」


「まあまあ。今は配信中だからねー」 


 最後の失踪事件が起きたのは、あの震災が起きた年。ただの偶然だろうけれど。


 不動産屋は早く売り払っいたいけれど、いわくつきなので買い手が見つからない。賃貸物件として扱っても、やはり借り手が見つからない。特に今はネットで事故物件を検索できるから、誰も住みたがらないと美咲。


「なにしろ、『太島てる』に載ってるからねー」


「太島てる」は、わたしですらよく知っている超有名サイトだ。事故物件の詳細情報をマップ上に直接掲載していて、どこのアパートでいつどんな事件が起きたかという過去情報が一目瞭然。


「……事故物件マップサイトってスゴいね、いろいろと」


「家賃3万円にしてくれるんなら、わたしが借りちゃおうっかなー」


 毎日ここから、都心のキャンパスに通うつもりなのだろうか。ガソリン代が凄いことになりそうだ。


 でも、10年もの間、失踪した一家が遺した家具をそのままにしているたなんて。片付けてしまったほうがいいのでは? 保管義務はないと思うのだけれど。


 それとも、不動産屋が自腹で家具を置いているのだろうか? 「家具付き物件」として売却するために?


「正式に事故物件扱いということは、いまだに入居者ロンダリングできていないわけね。10年も空き家だったにしては、まだ原型を保っているほうかな」


「気候がいいんじゃない? このあたりは、人もいないし」


「それで美咲、その動物の血痕って結局なんだったの?」


「わからないんだよねー。さっきの応接間にも、べったりついていたってさ。黒魔術の儀式でもやったのかなあ」


「……よくソファーに座れるね……」


「それと、仕事も私生活も順風満帆だったので、一家心中の線は考えられないんだって。神隠しに遭ったみたいな感じじゃん?」



 わたしと美咲はまず一部屋目に入って、古いPCがあるかどうか探索してみた。


「『赤い部屋』と呼ばれているからには、PCがあるんじゃない?」


「なるほどー。さすがはホームズくんだ」


 床の上にいろんな小物が散らかっていて殺伐とした室内は、昼だというのに薄暗く、バイオハザードのゲームをやらされている気分になってきた。


「妙ね。窓に段ボールが張り付けられていて、光が入ってこないようにされてる。管理業者がやったのかな? 侵入者避け? どうしてカーテンじゃないの?」


 そういえば応接間の窓も、段ボールで覆われていた。


「なんだろうね。台風対策で取り付けたまま放置してるとか? 予算ケチったとか?」


「気持ち悪い。まるで、部屋中にお札を貼って建物を封印しているみたい」


「おっ、真理もそーゆー感覚あるんだ! それじゃさくさく、次の部屋に行ってみよう!」


 わたしと美咲は順番に片っ端から部屋に入って探索を続けたが、窓を塞がれていること以外、変わった点はなかった。


 もちろん、古いPCが置かれている「赤い部屋」などはない。二階の部屋も同様だった。


 最後の7部屋目に入った。ここにもPCはない。


 映画「セブン」に出てくる犯人の部屋のような、いかにも邪悪な存在が棲み着いていそうなホラー風味の部屋はなかった。10年も不動産屋が管理しているんだから、当然といえば当然なのだが。


「いやー、マジで見つからないねー! まあ、これまでの心霊系Youtuberが辿ってきた道かー。ここからが勝負だよ真理! 今まで、泊まり込んだヤツはいないからね!」


「……『赤い部屋』の都市伝説って、たぶん20~30年くらい前にネットで流行ったと思うんだけれど、いつこの建物と繋がったの?」


「10年前に最後の失踪者が出てニュースになった直後くらいみたい。誰が結びつけたかは、調べたけどわかんなかった。ネットで誰かが書き込んだ『らしい』ってところで行き止まり」


「つまり、ネットで繋がったわけね。失踪事件が起きた物件と、『赤い部屋』の都市伝説。結びつけるにしても、ちょっと安直かな。PCとかなさそうだもの、この建物。実際、ないし」


「だよねー。PCゲームにでもハマってない限り、今はノートだよねー。失踪した一家3人の家族構成は、夫・妻・小学生の娘。ゲーマーはいないっしょ」


「ゲームもノートでできるからね、今は。10年前は知らないけれど」


「おっ。真理はPCでゲームやるの?」


「やらない。Macはゲームに弱いから。興味もない」


「はあ? てめー、マカーかよ! このお洒落娘がァ!」


「なんで、突然怒りだしてるの……」


 そもそもこの建物にPCがあったとしても、電気が通ってないのだから、起動するわけもない。見つけたところで、検証は不可能なのでは? 美咲は電源も準備してきているのだろうか?


 室内に、古めかしい三面台が置かれていた。心霊ビデオ系でよく見るやつだ。

 その三面台の上に、色あせた家族写真が飾られている。中年男性、中年女性、そして子供。最近のファッションではない。かなり昔の写真だ。


「この家族写真、もしかして失踪した3人? これは撮影しないほうがいいよ、美咲」


「えー? 三面台って絶対ヤバいものが映りそうなのに、惜しいなー。ま、しょうがないか」


「……ごく普通の家族に見えるけれど。ほんとうに失踪したの?」


「それは不動産屋さんから聞いた確実な話だから間違いないよ。新聞記事もあったよ。あの震災と時期が被ったから、小さな扱いだったけれど」


「そう……今はどうしているんだろう。無事なのかな」


 最後の部屋の探索を終えたわたしが、首を捻っていると――。


 ガタンっ!!


 背後に置かれている箪笥の方角から、いきなり大きな音が響いてきた。


「えっ!? なに?」


 振り返って箪笥を確認したが、棚が開いたりなにかが落ちたりということもなく、それではなんの音だったのかがわからない。


「うっそ~、マジ? 超ヤバい! 真理、今の音ってラップ音じゃね?」


「ラップ音なんてものは、ただの家鳴り。木造建築だと、よくあること。でも、今の大きな音は……」


「家鳴りじゃないよねー! ついにガチの心霊物件を当てたのか、わたし!? やったね!」


「喜んでる場合じゃないよ。この家にガタが来ていて、倒壊する前触れなのかも」


「倒壊しそうなほど痛んでなくない?」


「自然倒壊はないかな。でも仮に震度7クラスの地震が来たら、たぶん倒壊すると思う。最低限の管理は施されているとはいえ、10年も放置されているんだし、戦前の建物だし。見えない部分はかなり老朽化しているはず」


「なるほどー。物理博士らしい説明ありがとうございましたー! って、ちょっとは盛り上げてくんないかなー美咲ー? 絶対、そーゆー音じゃないって! 建物の柱が折れたなら、バキッと鳴るじゃん? 今の音、バキッじゃなかったじゃん? ガタン! って鳴ったよ?」


「じゃあ、どういう音なの」


「だからラップ音だよラップ音!」


 話が堂々巡りしている。


「よーし。それじゃ視聴者アンケートを採ろう!」


「こういうのって、多数決で決められるものなの? っていうか、多数決で決めていいの?」


「いいんだよーネットは民主主義だよー?」


 美咲がスマホ画面に向かって「みんな、投票してー!」と微笑んでいると。


 バンッ!! バンッ!! バンッ!!


 こんどは部屋の床下から、形容しがたい奇妙な、そして大きな音が三連発で鳴り響いた。


「うひゃっ? 不意を突かれたー、マジでびびった!! ここって、ガチでヤバくね?」


 わたしはといえば、驚きのあまり固まってしまって、声も出せなかった。美咲は口では怖がっているけど、絶対に楽しんでいる……だって、平然とスマホ撮影を継続してるもの。


「なに、今のは? 真理、今のも倒壊の前兆音!? 音が鳴ったのは一階だよね?」


「……今のは……わからない。聞いたことのないヘンな音だった。説明するのが難しいけれど……なんというか、物理的な音じゃないような」


 解説すると終わらなくなるのと、美咲と視聴者が寝てしまいそうなので、そのあたりの説明はさっくり省いた。


 絶対に家鳴りではない。人為的に発生させた音だとしか思えないけれど、どうやって発生させたのか、予想もつかない。一階には、音源になるような妙なものはなにも置かれていなかった。


「ホラー映画だとさー、これってこの建物に居着いているなにかが、早く帰れと警告してるパターンだよね!」


「そうだね。うん。早く帰ろう」


 今朝見たあの夢の記憶が、蘇ってくる。廊下の造りが、夢で見た建物とこの建物とでは、よく似ているような……夢の中では終始視界が赤くて視認性が最悪だったので、確証は持てないが。


 なにより、美咲が装備しているバット。今はスマホ撮影に集中しているので、背中に背負っているバット。夢で見たバットと、たぶん同じもの……。


「帰る? なに言ってんのさ真理? こんな貴重なラップ音現象を生配信できたんじゃん! ほらほら、同接がガンガン増えてる! みんな盛り上がってるっしょ? 予定通り、この屋敷に一泊しよう!」


「視聴者の好奇心より、わたしたちの身の安全のほうがだいじだよ」


「真理は、怪異否定派の物理学者博士キャラだよねー? なにを心配することがあるのさ、だいじょうぶ! いざとなれば、わたしがバットでお化けをぶん殴って除霊するから!」



「バットはやめて!」



 思わず、大声を出してしまった。


「わっ!? な、なに? びっくりした~! ど、どうしたの真理?」


 実は今朝、夢を見て……などとは言いだせない。今は生配信中で、視聴者が何百人、ヘタしたら何千人もいるのだ。


 カメラを切ってから美咲に話しても、たぶん、配信再開したらいきなり口を滑らせて喋ってしまうだろう。どうも真理は、口から生まれてきたような性格らしいから。

「生きてるだけで丸儲け」という美咲の座右の銘(?)も、たぶん偶然使っているのではない。


「いきなり心霊番組っぽくなってきたじゃ~ん! いいね~! もう一度、今の迫真の叫びをお願い! ほらほら、みんなびっくりして大受けしてるよ?」


「んもう。そうやって茶化さないで! どうせ帰ろうって言っても帰ってくれないだろうし、いったん配信を止めて夕食を摂りましょう」


「えー、もうそんな時間? あ、マジだ。どの部屋も窓を塞がれてるからわかんなかった! でも、このお腹の鳴り具合は、夜じゃん!」


 子供か。


「それじゃあ応接間で食べながら、宿泊準備しようか。汗掻いたし、シャワー浴びたいなー。でも、シャワーヘッドから出てくるのは冷たい水なんだよねー。うーん、どうしよう」


「……風邪をひくから、やめたほうが」


 美咲が倒れたら、この山から下りられなくなりそうだ。スマホの電波は繋がっているから、最悪の場合、タクシーを呼ぶという手もあるけれど、そう簡単に来てくれるかどうか。


「そうだねー。ま、身体を拭くシートとかバッチリ持って来てるし、一泊なら平気かな! あ、ご飯を食べ終えたら、就寝中も朝まで生配信だから! ブツが映ったら最高じゃん?」


 ブツとか言われても、違法なドラッグしか思い浮かばないのだけれど。お化けやら幽霊やらのことを、「ブツ」と呼ぶ人間をはじめて見た。


「いいねいいね。真理のおかげで同接数が過去最高記録を更新してるよー! やっぱり和ホラーには黒髪美少女だよ。うん、うん」


「……はあ……目眩が。美咲は脳天、いや、陽キャでいいよね」


「まあねー。だって、生きてるだけで丸儲けじゃん!」


 なんで心霊系なんだろうこの女。承認欲求を満たすなら、普通にアイドル路線でよくない? 


 わたしは、美咲という人間がまったくわからなくなってきた。


「――真理。人間って、いつ死ぬかわかんないんだからさ。今を楽しまないと損だよ?」


 え? なに、急に真顔になって?


 悪い予感がする。


 あの「予知夢」の結末は、もしかすると――。

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