怪ぶつっ! ~美咲と真理の心霊スポットライブ配信

エリュシュオン煌

EP01 開始

 視界が、赤い。空気そのものが血のように真っ赤だ。


 ここは見知らぬ古い建物の中だ。狭い廊下にわたしは立っている。


 部屋へと入る扉が開いていて、その扉の向こうへと誰かが飛び込もうとしている。


「その部屋に入っちゃダメ! 引き返して!」


 わたしは思わず叫んでいた。


「だいじょうぶだって。なにか出て来たら、わたしがバットでボコっちゃうからさぁ」


 部屋へ入ろうとしているその「誰か」が、大声をあげながらバットを構えてみせる。


 誰だろう。顔が見えない。声のトーンから察するに、わたしとさほど年が変わらない若い女性のようだ。


 わたしは、力なく呟く。


「バットでどうにかできる相手じゃない……」


「あれ~? 真理は怪異とか信じないんじゃなかった~?」


「お願い、×××。話を聞いて!」



「……はっ!? 夢……?」


 目が覚めたら、朝の7時過ぎだった。


 白い丸テーブルの上に、MacBook。他にはなにも置かれていない。見慣れた光景。


 ミニマリストらしいシンプルな部屋だが、わたしはただ生まれつき物欲が薄いだけ。必要最低限のものしか部屋に置かない。


 ここは、わたし――佐藤真理の部屋だ。


「視界が赤くてよく見えなかったけれど、夢の中で、わたしと誰かが話していた」


 わたしは都内の大学に通う、地味な女子大生。


 高校時代までは長い黒髪と白い肌、そして陰キャな性格のおかげで「貞子」なんて呼ばれていたけれど、さすがに大学にはそんな幼稚な人はいない。


 もっとも、コロナのおかげで1年目はほとんど大学に行けず、学生間での交流がなかったことも理由かもしれないが。


 まともにキャンパスに通えるようになったのは、今年からだ。


「……予知夢なんかあるわけない。ただの夢。そもそも、わたしには一緒に知らない建物に入るような友達はいない」


 そう。わたしは時々変な夢を見る。


 現実と区別がつかない、妙に生々しい夢を。


 わたし自身が夢に出てくることもあれば、わたしとは無関係な別人の視点で見る夢もある。


 しかし、それらはただの夢だ。予知夢などではない。


 たとえ、近い未来に今見た夢と同じ光景が現実に展開したとしても、それは偶然の一致。


 さっき観た夢がただの夢だといえる根拠は、ふたつ。


 まず、夢の中でわたしは相手の名前を呼んでいたはずなのに、その名を覚えていない。


 そして、わたしと喋っていた相手の顔もまた、覚えていない。見えなかった。


 わたしが見るこの種の夢は、異様に生々しいのに、いつも肝心の情報が抜け落ちている。


 かつて、震災と津波でひとつの町が滅びて行く悪夢を見たことがある。


 その夢の中で、見知らぬ町の見知らぬ部屋にわたしはいた。突然不吉なサイレンが鳴り響いて、窓の向こうから黒い水の濁流が襲ってきて、わたしは逃げる間もなく水に呑まれて溺れた。


 そこで目が覚めた。


 その日の午後に、ほんとうに大震災が起きて大勢の人が犠牲になった。


 だが、わたしが見た夢の中には、どの場所に震災が来るのか、いつ来るのかという情報が含まれていなかった。


 もしもあれが「予知夢」だったとしても、わたしにはどうしようもなかった。


 わたしが見るものが仮に「予知夢」だとしても、なんの役にも立たないのだ。


 自分を含めて誰も救えない予知夢などを見る能力など持っていても、罪悪感しか生まない。


 だから、あれらの夢はただの夢なのだ。予知夢なんかじゃない。


「うん。関係ない。ただの夢。大学に行こう」


 いちいち気に病んでいたら、なにもできなくなる。「偶然の一致」の法則は絶対で、どうせわたしがなにをしようが、夢で見た光景をわたしは「改変できない」のだから――。


 わたしは物理学を専攻しているが、物理学者を志した一因は、自分が見る予知夢のような一見オカルトめいた現象を科学的に解明して、合理的に「説明」したいという欲求なのだろう。


 わたしが観る夢が予知夢ではなく、科学の法則で説明できるありふれた現象にすぎないことが証明できれば、きっと、この罪悪感を消すことができるはずだ。



 都内、××大学本部キャンパス。


 午前の講義を受け終わったわたしは、教室の端の席でiPadをバッグにしまいながら、今日の学食ではなにを食べようかなとぼんやり考えていた。


 このキャンパスの学食のランチには、揚げ物が多い。今日のランチはクリームコロッケだ。


 わたしは脂っこいものが苦手なので、ランチは避けたい。でも、昼間から麺類というのも、午後に眠くなるから困る。


 午後の講義は、出席しなくてもテストで点を取れば単位をくれる、鷹揚な先生の講義だけれど――。


 キャンパスを出て、外食するという手もあるけれど、わたしは人混みが苦手だ。


 大学の教室は広いから気にならないけれど、ランチタイムの大学前の飲食店はどこも狭くて混んでいて。


 なにより、みんな、友達と連れ立って店に入っている。そしてずっとお喋りを続けている。それが、聴覚が敏感なわたしにはとても五月蠅くて煩わしい。


 食事中にヘッドホンをつけるわけにもいかないし。


 だからこの時間帯に、大学生でごったがえしている飲食店にお一人さまで入る勇気はなかった。


 ああ。やっぱりサンドウィッチを持参してくればよかったかな、と後悔していると。



「やっほー、佐藤さーん! 佐藤真理さーん! おっはー! ちょっと時間ある~?」



 ヘンな女に絡まれた。


 誰だっけ……ブロンドに近い明るい茶髪。後ろ髪は肩のあたりで短く切っているけれど、なぜか前髪を伸ばして片目を隠している。首にはチョーカー。さらに妙なアクセサリをぶらさげている。そして、もうすぐ冬なのに、やたら涼しそうな薄着。


 一言で言えばすごくこう、ギャルっぽいのだけれど、なにかがちょっと違う。ギャル嫌いの男子にも好かれそうなギリギリの線を攻めているようなファッションスタイル。


 顔立ちはたぶん美人なのだろうけど、わたしは人の顔にも自分の顔にもあまり興味がないので、よくわからない。


 なにより……声が大きくて五月蠅い。耳鳴りがする。


「佐藤さん、この大学で今、カドマくんの都市伝説が流行ってるんだけど、知ってる? カドマくんを見たことある?」


「知らない」


 小学校じゃあるまいし、大学に七不思議みたいなものがあるだなんて。


 というか、いきなりなんの話?


「なんかねー、10歳くらいの男の子が夜の大学構内に出没するんだってさー。子供なのに雪女みたいな白髪だとか、瞳が兎みたいに真っ赤だとか。いつも壁の向こうに隠れてちらちらこっちを伺ってくるんだけれど、目を合わせようとすると恐ろしい形相になって、スウッと消えちゃうんだってー!」


「ぜんぜん聞いたことない」


 だって大学に友達いないから、とは言いづらい。


「わたし、けっこう学内をうろうろ捜索したんだけどさー、ちっとも見つけられないんだよねー。地縛霊かなにかなのかなー。見つけたらわたしに報告して!」


 たぶん、見かけることはないと思う。


「ねえねえ、佐藤さんってさあ、時々予知夢を見るんだって!?」


 えっ。大学では誰にも言った覚えがないのに、どこで噂を聞き付けてきたのだろう? 高校では悪い意味で有名だったから……。


「超スゴいじゃん!? 霊能力者ってやつ?」


「違う。たまたま見た夢と現実が重なる偶然の一致が多いだけ」


「えーっ、マジ? 超ヤバい! 霊能力者じゃ~ん!」


「違う。ただの偶然の一致。わたしは物理学者志望だから、そういう幼稚な発想は」


「じゃあ、超能力者と呼ぼう!」


「同じでしょう」


「ぜんぜん違うよー。霊能力者はオカルト。超能力者は、超物理学」


 なに超物理学って。っていうか、誰。


「同期生だよ。よく同じ教室で講義受けてんじゃん。あ、わたしは美咲。工藤美咲ね。美咲でいいよ!」


「そうですか工藤さん。なんの用ですか?」


「ランチおごるから、ちょーっと頼み事を聞いてくんないかな~?」


「は?」



 つい勢いに流されて、キャンパス前の大通りに建っているタイカレー屋に入ってしまった。


 真夏でもないのに、昼からタイカレー……まあ、カツカレーとか食べさせられるよりはぜんぜんいいけど。


 そういえばもうすぐ冬のはずなのに、気温はまるきり夏だ。もしかして秋って、なくなっちゃったんだろうか。


「ここの店のナンプラー、サイコーなんだよ? 青唐辛子のスライス入りで、いくらでもかけ放題! カレーがなくても、ナンプラーとライスだけでご飯三杯はいけるじゃん!」


「……うわっ……唐辛子ご飯を食べてる……」


 ナンプラーを直接ライスにドバドバとかけて食べる人は、はじめて見た。


「あと、この店はグリーンカレーも本場テイストで最高だけど、実は黄色いインドカレーが激辛で中毒性高いんだよね! スパイスが舌先でジャリジャリ音を立ててさあ。一口食べるだけでもう汗ダラダラになるし。Wカレーセットなら、どちらも一緒に食べられて超ヤバい!」


 ほんとうにWカレーセットを注文している。体育会系男子並みの食欲……。


「わたしは、甘いカレーがいいです」


「えー? ハウスバーモンドカレーとか~?」


「そう」


「あれはあれで美味しいけど、甘いカレーって、二、三皿食べても食べた気にならないじゃん。結局食べ過ぎてカロリーオーバーじゃん?」


「普通は二、三皿も食べないです」

 なんなのこの女。絶対に舌にピアスしてそうと思っていたけれど、カレースプーンを咥えようと開いた口を観察してみると、そんなことはなかった。


 それに言葉は乱暴なのに、食べ方も意外と上品だ。よくいるテンプレなギャル系とは違う。カテゴライズ不能。なんだかヘンな女だなあ、と感じた。


「わたし、大食いで辛党なんだよねー。でさあ、本題なんだけど、真理」


「佐藤です」


「真理の予知夢の能力を、Youtubeビジネスに活かしてみない? わたし、心霊系Youtuberやってるの! 自分で自撮り配信して学費を稼いでるわけ。でもさー。実況配信って、一人より二人のほうがいいと思うんだよねー。特に心霊スポットを探訪する現地取材回はさ?」


「……心霊系……Youtuber……?」


 はっ? まさか、この片目を隠している前髪は、鬼太郎のイメージなのだろうか。


 そういえば髪の色が明るいのも、髪型がショートボブなのも鬼太郎っぽい……いやいやいや。流されているぞわたし。この女の言うことに耳を傾けるな。


「真理のはかなげなビジュアルもさー、うちのファンにウケがよさそうじゃん? 黒髪ロングでクールなお顔の美少女。最高に受けるって!」


 心霊系Youtubeチャンネルにわたしが出演しても、貞子と呼ばれるだけだと思うけど。


「わたしもさー、なるべく清楚にしようと努力はしてるんだけど、やっぱお洒落を捨てられなくてさっ。ピアスとか外したくないじゃん? ギャルっぽさが抜けきらないわたしだけじゃ、獲得できるファン層に限界があるんだよねー」


 ということは、この髪は染めているわけではないのだろうか。


 やはり鬼太郎……いやダメだ鬼太郎のことは考えるな。ペースに呑まれる。


「あ、インドカレーを一口わけてあげる。はい、あーん」


「辛いの苦手なので、要らないです。そもそも他人が口に入れているスプーンを自分の口に入れたくないです。口内細菌を伝染されます」


「うっわー。いいじゃん! その神経質でゴリゴリの合理主義的な潔癖キャラ、最高! そういうバディをわたしはずっと捜し求めてたんだよね! しかも予知夢を見るオカルト少女!」


「もうすぐ20歳なので、少女とかやめてください」


「つーわけでー。次の心霊スポット生配信企画の出演、よろしく! もう場所は決まってるんだー。関わった者は呪われるという都市伝説、『赤い部屋』があると噂の事故物件!」


 赤い部屋……わたしは今朝見た夢の光景をちらりと思いだしたが、偶然の一致だ。

 この女に「今朝そういえば」などと夢の話をしたら、絶対に逃がしてもらえなくなる。


「入居者がいないから、タダで住めるんだよ。お試しということで一泊二日だけ借りられたから、お泊まりして実況しよ?」


「タダで住める? そんな物件、あるの?」


「あるんだなーこれが。不動産屋が、放置していると建物が痛んでいくから、誰でもいいからタダで住んでくれって」


 そんな話があるのだろうか。


 確か、事故物件の履歴を消すためには、いったん誰かに賃貸してしまえばいい、そうすればもう事故物件だと教える義務はなくなると聞いたことはあるけれど。


「山の奥の一軒家だけど、車を使えばキャンパスまで降りてこられるから平気平気! 真理は『赤い部屋』の都市伝説って知ってる?」


「知りません」


 今朝、わたしは赤い部屋の夢を見たけれど、いつもの偶然だ。


(わたしが夢で見た光景は現実化する。どうやっても回避できない。それじゃもしかして、わたしはこの女の誘いを断れずに事故物件に連れ去られる?)


 いや、それは法則ではなく、経験則にすぎない。問題ない。絶対に着いて行かないことにしよう。その程度の自由意志は人間にはあるはずだ。そう思いたい。


 思いたいけれど、過去の経験から鑑みるに、夢の改変不能性は絶対で、法則としか言いようがない。


「『赤い部屋』は、インターネットで昔はやった都市伝説でさー、実は部屋そのものが赤いんじゃないんだよね」


 なんだ、それじゃ今朝の夢は関係がないのか。わたしは少し安心した。食後のラッシーをいただいて、ひりひりする舌を冷やしておかないと。


「自分の部屋でネットやってると遭遇する怪異なんだよ」


「普通の部屋がいきなり赤くなるとか?」


「ううん。夜中にPCを触ってるとね、モニタに妙なポップアップウィンドウがいきなり開くの。なにか文章が書かれているけれど、肝心の部分が黒塗りになっている。そのウィンドウを閉じると、こんどは黒塗りが解除されて文章が読めるポップアップウィンドウが表示されるんだー」


「……ずいぶんとレトロな話……」


「こんどは、『あなたは赤い部屋が好きですか?』ってウィンドウが出てくるわけ」


 最初のウィンドウでは読めない部分が、第二段階では読めるようになるということか。って、「赤い部屋」? いや、偶然の一致だ。考えない、考えない。


「これも閉じちゃうと、大量の犠牲者の氏名が画面に流れはじめて、最後にそれを見た本人の名前も表示されて――その自分の名前を見ちゃったら、死んじゃうんだって。だから『赤い部屋』のポップアップが出て来ても、絶対に閉じちゃダメ!」


 とても「インターネット黎明期」っぽい話だった。今時のブラウザは邪魔なポップアップを遮断してくれるので、そもそもこういう都市伝説じたいが成り立たない。


 都市伝説は、常にその時代のガジェットを反映する。


 映画「リング」の時代は、まだVHSビデオが「呪物」として使われていた。


 でも、今のホラーではもうVHSなんて出てこない。動画はインターネットで観るものになったからだ。だからホラーも、動画配信と絡められるようになった。


 モニタにポップアップが出て来てPCがクラッシュする手合いのネタとなると、発祥は20~30年くらい昔だろうか?


「……あれ? その『赤い部屋』と、山の奥のタダで住める事故物件に、なんの関係があるの? 誰が両者を繋げたの?」


「それが謎なんだよねー! その部屋に、起動したら『赤い部屋』のポップアップが出て着るPCが置かれてるんじゃないかな?」


「安直じゃない?」


「というわけで、一泊二日で現地実況して『赤い部屋』を探そうよ! 真理の予知夢能力、アテにしてるから!」


「部屋くらい自分で探せるでしょう?」


「同業者で探訪したヤツが何人かいるんだけどさー、誰も見つけられなかったんだよー」


 恐れ知らずな人間が大勢いるものだ。まあ、わたしも「怪異を信じない」という点では恐れ知らずだけれど、美咲はそういうのとは違う気がする。


「最初からそんな部屋はその物件にはないだけでは?」


 わたしは「諦めて」と拒絶オーラを全開にしたが、この女にはまるで通じない。


「わたしさ、金欠なんだー! 最近、物価高でさー。将来の奨学金編纂だけでもヤバいのにさ、今は目の前の学費とか家賃とか食費とか光熱費とかバカにならないじゃん。どーしても銭が必要なの! 銭が!」


「……うっ」


「それなのにわたしのチャンネルさー、頭打ちでマンネリなんだよー。最近どんどん収益が減ってて、マジヤバいんだって。真理さま、お願いっ!」


 手を合わされて頼み込まれてしまった。


 わたしは生まれてから今までお金に苦労したことがないので、そういう話には弱い。


 なんというか、他人の不幸に負い目があるのだ。


 たぶん子供の頃、震災の夢を見ることができたのに、なにもできず誰も救えなかったからだろう。


「……それじゃ、一泊だけなら……それ以上は断るから」


「ありがとうっ! 出演許可、得ましたー! 顔出し出演、OK?」


 たいして視聴者もいないだろうし、一日くらいならいいか、とわたしはうっかり承諾してしまった。ああ、流されている。


「マジで? サンキュー! ここに心霊バスターバディが爆誕じゃん!」


「……待って。冷静に考えたらネットで顔をさらすってデジタルタトゥーだよ。お面を被っていい?」


「マスクガール? うちのファンはよく訓練されている紳士淑女揃いだから、問題ないって。わたしを見てよ。さんざん顔出しして配信してるけどさ、ぜんぜん安全じゃね?」


「それは、運がいいだけでは……」


「ヤバくなったら、真理はAIで作った非実在キャラだって言い張るから、へーきへーき!」


 だいじょうぶだろうか。この女、明らかにAIなんて使えそうに見えない。ギャルっぽく見えるけれど、専攻はたぶん文系、それも文学部で民俗学とか擦ってるタイプだ。


「……わかったよー。それじゃはい、マスクつけて。マスク美人路線ってのも開拓されてるんだよねー今は。真理は素顔のほうが美人だけどさっ!」


 花粉症用のマスクを手渡されてしまった。マスクが黒いのは、白よりも配信動画映えするからだろうか。


「いや。わたしが考えていたマスクは、顔全面を覆うタイプで」


「そんなスケキヨみたいなマスク、持ってないよー。ちょっとその花粉マスクをつけてみて? マスク越しに声がちゃんと聞こえるか、予行演習しよう!」


「薄いマスクだから、問題ないと思う」


「いいから、ほらほら」


「まあ、いいけど……」


「おおー、マスク美人だ。ロマンと妄想をかきたてられるぅ。でも、なんつーか口裂け女感が出てるじゃーん。あははは!」


 せっかちというか、行動力が余っているというか。なにもカレーを食べ終えた直後にマスクをつけさせなくても。



「というわけで、『怪ぶつっ!』チャンネルをご覧のみなさーん! 来ましたよ、『赤い部屋』があると言われている例の事故物件に到着でーす!」


 えっ?


 しまった! まさか、タイカレー屋から直接山奥の事故物件に拉致されるだなんて!?


 この女が運転するレンタカーに乗ったのが間違いだった。


 フロントウィンドウの向こうには、草木に囲まれた廃屋のような古い建物が一軒。


 洋館風の外見だが、昼間なのに妙に薄暗い。すぐ背後には山。周囲には鬱蒼と茂った木々。日光がうっすらとしか当たらないらしい。


 ここが、タダで住める事故物件!?


「今夜はこの建物内で生配信しまーす! 『赤い部屋』の第一発見者になるぞ、おー!」


 確かに大学に通えない距離じゃないけど、こいつ、どうかしている。なんなの、この軽いノリでの拉致監禁。


 行動力がありすぎて、なにをやらかすか予測できない……!


「しかも今回から、予知夢能力を持つ謎のマスク美少女の真理ちゃんが! 新キャラとしてチャンネルのレギュラーに!」


 レギュラーじゃない。


「じゃじゃじゃーん! この子が真理ちゃんだよ! ほらほら、黒髪美人でしょー! 和ホラーのヒロインぽくて最高! 超かわいい! 『キャー、イヤー!』とか叫ばせたいっ!」


 美咲が、運転席に据え付けたスマホ画面に向けてピースサイン。


 え? 確かに出演OKしたけど、まさか、もう配信している?


 いや、ちょっと待って。心の準備が。何人が観てるの、これ。


 もしかして大学でもわたし、「貞子」と呼ばれることになるの? マスクをつけてるから、身元バレしないよね? だいじょうぶだよね?


「おっ。コメントの伸びが爆速じゃん! やっぱ、みんな黒髪少女好きだよねーっ! わたしもだけどさー! 残念ながら、わたしの派手な顔には黒髪ロングって似合わないんだよねー。いえーい、真理もピースピース! 友情のダブルピースを決めよう!」


「は? するわけないでしょ」


 スマホ画面上に、凄まじい勢いでコメントが流れてきた。


<なんという正当派のクーデレキャラを投入してくるんだ>


<工藤チャンネル最高!>


<しかも「赤い部屋」でこれから同棲生活開始とか、ありがとうございます>


<結婚しろ!>


<百合を認めない国家は許せませんねえ!>


「うげ。いつもとノリが違う? なかなかキモいコメント揃いじゃん。おまえら、変態紳士だったんだなー!」


<<<ご褒美いただきました!>>>


 なんなの、このチャンネル。心霊系じゃなかったの?


 わたし、人生最大の失敗をしでかした?


「ねえねえ真理、百合ってなんだっけ? わたしネットで喰ってる割りには、この手の用語に疎くてさー」


「……花の名前でしょ……」


<百合を知らないとかどこまでほんとうなんだ、相変わらず掌で俺たちの心を転しやがるぜ美咲先生!>


<馬鹿だな。真理ちゃんに言わせるためにしらばっくれてるに決まってるだろ>


<つーか予知夢少女ってマジ? もしかしてガチで怖い展開になるんじゃね?>


<今までは心霊スポット突撃と称して、食欲に負けて結局ご当地食い倒れツアーばかりやってたもんなあ>


<期待できるぞ今回は。頼む、「赤い部屋」発見者になってくれー!>


<目指せ、チャンネル登録者100万人!>


<大型ルーキーの真理ちゃんに投げ銭3000円!>


<5000円!>


<1万円だあ!>


<マスクを外してくれたら、10万円払う!>


 なんなのよいったい。心霊系チャンネルじゃなかったの?


「あっりがとー! いただいた投げ銭は、二人で仲良く半分こしまーす! ううう、この調子なら今月の家賃を払えるよう。もっともっと稼ごうね真理! もちろん、マスク外し代は全額真理のものだよ」


「……あ、わたしはお金要らないので……」


「なんですと? ブルジョアか? ブルジョアなのか? みんな、聞いた? 超ヤバくね?」


 いや、出演料なんてもらったら、なし崩し的にレギュラーにされそうだから。


「必要になったら請求する。っていうか、ほんとに一晩で開放してくれるの?」


「わたしは約束は守るけどさー、赤い部屋に入ったらもう帰れなくなったりして。あはははは!」


 お願いだから、マイナーなチャンネルであってほしい……視聴者数を確認する勇気が、出ない……「目指せ100万人」って書き込みを観てしまったけれど、今現在の同接は何人いるのだろうか?


 お願いだから、30人とかであってほしいけど、このチャットの勢いを観るにそれはなさそうだ。


「実はわたし、心霊スポットに人と来たのって、はじめてなんだー! 真理、楽しみだねー!」


 陽キャぶってて実はぼっちなのかよ、とわたしは思わず突っ込んでいた。


「だってぇ、みんな心霊とか怪異とかお化けとか怖がって相手してくんないんだよー。ありがとう真理ー! 心の友よ!」


「心の友じゃない」


「さてと。それじゃ、今回も金属バットで武装していきますかー!」


 あっ? バット? 美咲が握っているこのバット、今朝の夢で見たものと同じ!?


(それじゃ、あの夢でわたしと話していた相手は、美咲?)


 目眩がした。


 今朝の夢で見た光景が、どんどん現実に迫って来ている気がする。


 今朝わたしが見たあの「予知夢」は、現実化してしまうのだろうか?


 わたしたちは、これからどうなってしまうのだろう。

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