第5話

 舅と姑の代では二人で家業を切り盛りしていたけれど、夫が継いで、頼子は家業には関わっていない。夫が家内工業に人を雇うことで事業改革を行った。頼子はよく分からなかったが、専業主婦をさせてもらったことを有り難く感じていた。頼子は一度に色々なことをするのが苦手だ。家計簿は付けられるようになったが、会社の経理が出来るとは思わなかった。頼子も夫も息子に家業を継いで欲しいとは思っていなかったが、息子は家業を継ぐつもりらしい。

「お義母さん、素敵ですね。後楽園、入ってないのに、もう別世界です」

「そうなのよ。私も南側の外周が好きでね、正門が家から近いのだけど、どうしても南門まで歩いて来てしまうの」

 東区役所に婚姻届を提出した後で後楽園に行こうと言い出したのは息子だ。息子夫婦はまだ車を持っていない。そのため、夫が車を出して二人を区役所まで送って行った。息子夫婦は自宅から車で十分ほどの場所にアパートを借りて暮らしている。頼子たちと同居の話も出た。しかし、頼子夫婦も親とは別居で暮らしているし、それほど大きくもない家で二世帯の同居は難しい。夫が息子夫婦に別居することを提案した。夫は「久しぶりに新婚生活に戻るのもいいかなぁと思って」と笑っていた。

 息子と夫も嫁に追いつく。

「さっちゃん、急に走らないで欲しいよ」

 息子が嫁を非難する。

「だって、お義母さんが見えたんだもん。和正君にも声かけたでしょう。走ろーって。走らなかったのは和正君でしょう」

 少し頬を膨らませながら言い返す嫁。頬が瑞々しい。素直な嫁に頼子も夫も笑顔が漏れる。

「はい」

 息子はそう言って嫁に左手を差し出す。嫁は少し恥ずかしそうに頼子達をチラチラ見る。そして、そっと自分の右手を差し出して息子の手を握った。息子はマイペースなところがある。周りをあまり気にしない。気にせずに嫁を甘やかす。見ているこちらが恥ずかしくなるほどに。

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