或る先見的な青年の予測
共和国の就学義務制度は、五才から十一才までの全ての中流階級の河童に、無償で教育を受けさせることを義務付けた。
対象となる河童は六年間、寺子屋に通うことができる。
オスの場合、十五から働くごとが出来、十七で兵役義務が課せられる。
メスは十八から働きに出ることが出来るが、親の仕事を継ぐことは法律上認められていない。
下級教育を受けた者は、十六才で国が行う高等教育学校選考試験という試験を受けられ、合格した者は高等教育機関への進学が認められる。
高等教育機関へ進学した者には兵役義務が免除される、一つ上の階級の職に就くことが出来るなどの特別待遇が得られるが、一般的に卒業年となる四年次まで、学費を払いながら働かずして食っていけるだけの財力がある者でないと進学は困難だ。
我が国の高等教育機関への進学率は十年前と比べて急激に増加しており、また二十年続く緩やかな個体数の増加も相まって、進学者数も年々増えるばかりである。国の教育レベルが上がっていくのは良いことではあると思うのだが、このままでは高等教育課程を修了することが社会の求める最低条件となりかねない。そうなれば、親は何が何でも我が子に高等教育を受けさせようと躍起になり、それに目を付けた意地汚い学校法人が無価値な高等教育機関を乱立させるに違いない。
これでは、将来の子供に主体的に物事を学ばせる機会というものを奪ってしまうのではないか。先生はどうお考えです?
どうお考えです?と聞かれても、そうですね。としか答えられない。
結局この青年は何が聞きたいのか。
しかし、この河童、おそらく青年だろうか、が考えることも理に適っていると私は思う。
国の富国政策がある程度成功し、我が国は経済的に豊かになりつつある。
国の経済が豊かになると家計も潤い、教育費を払うだけの余裕が生まれる。
まずそこで問題となるのが、教育の格差である。
国が豊かになったといっても、我が国にも農村部は存在するわけで、都市と農村部との経済格差は年々増すばかり。
教育を受けられるのは都市部の河童のみであり、この教育の格差がさらなる格差社会を育む。
よって彼の言う隅々まで教育が行き届いた世界の話は、現状を鑑みるにまだ夢物語の域を出ないのだが、遠い未来に限った話でもないと私は思うのだ。
確かに、高等教育学校は中流階級の者たちが、医師や教師、科学者といった上流階級の職に就くため専門的な知識教養を身につけるところであり、世襲制が主流である現代において、そこへ行く者は所謂学ぶ意欲のある者たち。
しかし青年の主張する世界が現実のものとなった時、そこにはレールが敷かれ、まるでトロッコを通すかのように若者たちがそこへ次々流れゆく。
そこを通過しなければ、レールが途切れて脱線してしまうからだ。
機械的に行かされた学校で、若者たちは何を学べるのか。
また青年はこうも主張する。
そのレールは山中にあり険しく、全てのトロッコが通れるわけではないため、トンネルを掘るなどしてより通りやすいレールを敷く者が現れると。
高等教育学校へは誰でも自由に行けるわけではもちろんなく、試験によって合否を決められる。それはこの先も同じであろう。
しかし、高等教育学校へ進学できなければ、若者は困るわけだ。だから、その受け皿としての学校が新たに建てられる。
これを果たして、高等教育と呼んで良いものなのだろうか。
予見に富んだ青魚よ。
将来、そなたが主張するような世界が構築される可能性はないとは言い切れない。しかし、仮に確実に未来を予見できていたところで、私にはその未来を避けることはできないだろう。
未来予想図を立てた時に重要なのは、もしそうなったら、何をすべきかを考えることである。私が見つけた答えは、より専門的な分野を扱った学校を建てることである。そなたに問いたい。果たして炭坑の坑夫たちに関数論や律令学が必要か。勿論答えは否。必要なのは、岩盤の知識、既知の掘削法、底なしの体力、それから経験則である。しかしこれを高等教育で果たして学ぶことが出来るだろうか。このような専門的な知識を要する現場で、高等教育を修了した者など本来は求められない訳だ。そこで、義務教育を終えた者に対して、新たな教育の場として、専門的な学校を設ける。こうすることで、皆が皆、同じレールの上を歩まずに済む。
現状、このような教育機関は士官学校くらいなもので、義務教育を終えたものは社会に出るのが定石。今後、全ての童に、平等に教育の機会が与えられることを祈るばかりだ。
月曜日に開かれた定例会議にて、養育改革の新たな方針が打ち出された。題して、特別士官学校の開設。商業、工業、農業など、それぞれの分野にのみ特化した授業を受けられ、高等教育終了と同等の資格を得られる教育機関であると説明がある。これは去年高等教育を修了した経済学者と、ここ最近話題となっているジャック氏との文通がきっかけで、教育改革への関心が急激に強まったことを受けてのものであると思われ───
───トウ・ホウ労働新聞より一部抜粋
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