地球最終日(仮)前夜

 この世界には、ひそかに人々の平和を守る組織が数多存在する。

 その中の一つである秘密組織マガタマ。多種多様な人材を有しており、ボディーガードから諜報活動まで幅広く行っている組織だ。


 K県某所にあるマガタマ関東支部の会議室は真っ暗でがらんとしていた。一人長机の席についている俺はゲーム機を操作する手を止めないままノートパソコンに目をやった。

 画面の中では白衣を着た二次元の美少女アバターがふよふよと動いている。


「とうとう来るゾ! Xデーが!!」

「……」

 ゲーム画面では敵である宇宙船が地球めがけて攻めてきている。

 俺はそれを狙い打つ。飛行物体に向かって撃った光線は、標的すれすれを通ってそのまま宇宙空間の闇に飲まれていった。


「聞いてるんかよぉ! シュガー!」

「聞いてるよ、博士」


 今回のミッションで俺とバディを組んでいるのは、パソコンの中の人物――ペッパー博士だ。

 ボイスチェンジャーを使っているのであろうケロっとした高い声が不服そうに俺に文句を言っている。

 やんちゃそうな金色の瞳の中の光はちらちらと揺らめいている。喋る度に腰まであるクリーム色の三つ編みが尻尾のように揺れた。


 マガタマ内でペッパー博士の本体にあったことがある人物は上層部の人間だけらしい。

(きっと中身おっさんなんだろうな……)

 と俺は思っている。

「地球の命運は我らにかかってんだゾ! シュガー!」

 ぴょいん! 変な効果音を上げてアバターが跳ねた。

 ちなみにシュガーとは俺のコードネームだ。佐藤という名前は俺のコードネームからペッパーによってつけられた仮の名前なのだ。


 佐藤は県立高校に潜入し、喜緑川詩緒を守るための存在なのだ。

「ねっ、聞いてる? シュガー!」

「聞いてる、わかってるよ」

「うむ! ここが正念場! キッチリ守護ってやろうぜぃ!」

 ペッパー博士が手を挙げると画面上に四角いスクリーンが広がる。そこに喜緑川詩緒が映っていた。


警備対象者 プリンシパルの情報を改めて確認するヨォ!」

 リビングのソファに座って、どうやらテレビを見ているらしい喜緑川詩緒をこちらに見せてくる。


 喜緑川詩緒 十七歳。女性 血液型O型……父親と二人暮らし、母親とは彼女が幼いころに死別。

 俺はモニターに映る文字情報をすでに記憶していた。


「シュガーくん、この一か月詩緒ちゃんと同じクラスで過ごして、何か気づいたことはあるカネ?」


「……喜緑川さんはクラスで人気がある。明るくて気が利くし優しい。だけど……」

「だけど?」

 佐藤は喜緑川詩緒の笑顔を思い浮かべる。いつだって彼女は友人に囲まれて唇をにっこり持ち上げていた。


「まるで、透明な殻があるみたいだった。だれもその先に入り込めないような」


「親しみやすく見えるけどナァ……私も人見知りだから親近感わいちゃうナ!」

 ペッパー博士がくるりんと佐藤に背を向けて詩緒の映るウィンドウを見ている。

 今監視カメラの映像に映る彼女は能面のようで、ともすれば冷たい印象を受けるほどの無表情だ。


「ちょうどテレビを観ているようだナ! 地球滅亡のニュースで持ち切りだ」

 博士がもう一つスクリーンを広げると、詩緒が見ているのと同じテレビ番組が映る。


 ニュースキャスターが声を震わせながら原稿を読む。

「明日、超巨大隕石が地球へ衝突の可能性があります……衝突した場合……地球は……終わりです……」


「こりゃあ、パニックになるゾ」

 博士が腕を頭の後ろで組んで他人事のように言った。

 テレビを消した詩緒がスマートフォンをいじっている。数秒置いて俺のスマートフォンが震えだす。


「……警備対象者 プリンシパルから着信だ」

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