間章

間章


 四月四日(火)


 ふざけんな! あーもうほんっとむかつくわ。あたし男運なさ過ぎ。

 初顔合わせの日。目の前に座っているそいつを見て思わず『嘘でしょ?』という感想が漏れた。

 あたしは心のどっかで爽やか系の男の子を期待していた。これはあたしの願望でしかないけど、もっとこうおしゃれに気を使えそうな男の子だと思ってた。

 ところがてんでどっこい、あたしの前のそいつは、見た目もぱっとしないし、喋ってるときも声は小さいしのとんだ陰キャだった。ほんとふざけんなって思うし。最悪なんだけど。


 あー、でも期待しすぎたあたしも悪かったのかな。


 あの場にお母さんはいなかった。だからだんだんと会話しているうちに、心細くなっていった。

 あたしの目の前にいる人たちは赤の他人で、しかもこれから家族になっていく、なんて言われてはいそうですかとすんなり受け入れられる方がどうかしてんのよ。

 同い年の少年が兄になるって聞いて、舞い上がってたんだなあたし。

 ……ってか絶対あいつ童貞よ! 見ればわかるわよ。こんな根暗を極めたような男に彼女なんかいるわけない! 


 あたしは耐えきれなくなって途中退出した。限界だったから。これ以上この人たちといると、あたしはだんだんあの人のことを思い出してしまいそうだったから。

 あの父親は今どこでなにをしてるんだろう。

 ……クッソどうでもいいけど。それにあいつとは縁は切った。もう関係がないんだ。あー、あいつの顔を思い出すだけで鳥肌が立ってくる。生理的嫌悪って奴?


 あーこれも一応メモっておくかぁ。

 ファミレス出たあと学校へと直行した。担任に連絡事項を伝えるため。

 担任となる人はすでにあたしには知らされていた。それまでに電話でこんな質問をされていたからだ。


「学校生活で『小清水』姓を名乗るのか、『七条』姓を名乗るのか」


 あたしはその答えを言うために職員室まで行って、『小清水』を名乗りたいと伝えた。そっちの方が慣れ親しんでるから。

 もともと小清水って名字は元父親の名字だったわけで、本当は嫌いだったけど、それでもやっぱり親が再婚したという事実を周りに知られたくない。

 だから先生にも釘を刺しておいた。「再婚のことは言わないで下さい」ってうるさいくらいに伝えた。

 ……よし、これで問題はないわよね。とりあえずやるべきことはやったと思うわ。

 後はお母さんに頼んで一人暮らしさせてもらえないかと提案することだったけど、……うーん、でも冷静に考えたらやっぱりむりだよね。

 ……はぁあ。あたしは憂鬱な気分で今日会った義理の兄の顔を思い出す。なんか弱々しそうな顔だった。太ってはないけどキモオタみたいな? あいつの部屋絶対汚いと思う。友達もいなさそー。マジであいつがあたしの義兄になんの?

 はは、諦めの境地。


 きっとヒーローみたいなお兄ちゃんを求めてた。けど現実は全然違う。

 ……っていうかこの日記勝手に持ち出されてあのクソ義兄に見られたりしないよね? 考えるだけでぞっとするわ。あーもうやだやだ。

 冷静に考えて男二人生活してたところに、年頃の女性二人が同居するってすごくない? なんというか、怖い。

 ただそれだけ。

 


 四月五日(水)


 引っ越し。

 へぇ。あたしの部屋ってけっこー大きいじゃん? もうちょっと狭いかと思ってたけど、これはけっこー嬉しいかも!

 段ボールの包みを開けて、服とかをクローゼットに収めていく。この作業ってなんか楽しいよね! ちょっとわくわくするって言うか、新生活が始まるって感じがする!


 ただ、隣があいつの部屋なんだよね。あのぱっとしない男。あたし思い出した。あいつ見たことあるわ。おんなじ学校に通ってると、意外と顔だけは知ってる人間とかいたりすんじゃん。あいつもその一人。

 はー。つかれたなー。引っ越し作業マジだるいんですけど! まぁあたしが作業したわけじゃないんだけどね。けど違う家って精神的に緊張するじゃん。


 あいつに変なことされないか心配だな、と思っていた矢先だった。

 マジで最悪マジで最悪マジで最悪! 裸見られたんですけど! はぁ!? ふつーさ、自分の家に新しく女性が暮らすことになった時ってさ、警戒すんじゃないの!? お風呂に誰それが入ってるとか意識しないの!? あいつほんとバカなんじゃないの!? 死ねっ、死ね死ねマジで死ねっ!

 あ~~~~~~~~! 思い出すたびにイライラする! なんであんな奴にあたしの大事なものを見られなきゃなんないの!


 いつもは化粧で隠してるもんも、お風呂上がりってなると隠せない。だからバッチリと見られた。

 こっ、これってあたしのせいじゃないわよね? うわやっば、あたしちょう動揺してんだけど。そうだ、全部あいつのせいよ!

 くたばれ、ふざけんな! 七条洋太七条洋太! なんであんな奴があたしの兄貴なの!? もう信じらんない……。泣きたいよ、あたし。


 それでもやっぱり生活していく上では、ちゃんと線引きはしとかないといけないわよね。だってあいつにあたしの変な噂流されたら溜まったもんじゃないし!

 ッ~~~~~! 最悪! 



 四月六日(木)


 今日から学校。まぁ担任の先生の顔はもうすでに把握してたから、あんま驚かなかったけど、特に驚いたのはあいつと同じクラスだったこと。

 しかもあたしの隣の席なんだけど! なんでこんなついてないの? あたしって貧乏神にでもとりつかれちゃってるのかな、もーまた最悪なこと起こってんじゃん! 

 思いっきり頭を抱える。でも嬉しかったのは、今年もいずなとおんなじクラスだったってことだ。


 あいつはいずなとそれはそれはもう楽しそうに会話していらっしゃった。鼻の下を伸ばして。陰キャってマジキモ! 死ね!

 って待て待て! これがあたしの兄なんだ。

 あたしは冷静に事実の確認をすると、激しくショックを受けた。


 放課後、事件は起こった。


 あたしはほんの釘を刺すだけのつもりだった。

 あんたとは家族であっても他人だから。そこんとこよろしく。そう伝えたかっただけなのにさ。

 ……あいつがあんな顔するとは思わなかった。

 これじゃあたしがまるで悪者みたいじゃん。

 あたしはそう思いつつも、言いたいことは言い終えたと思った。だから踵を返そうとした。

 そのとき伊沢君が校舎裏に行っちゃったボールを取りにやって来た。

 あたしはピンチだと思った。あたしと七条君の間に何かあると伊沢君に思われたくなかったから。あの場にあたし達以外に人はいなかったし、それで変な勘ぐりされたくなかったから。


 だからあたしはとっさに義兄を木の陰に誘導した。そのまま二人でひとつの木の裏に隠れてると、体を自然に押しつけ合うような恰好になった。

 ……?

 あたしは恥ずかしさで一杯だった。ほんと発狂しちゃうかと思った。なんで異性とこんなに密着しなくちゃいけないの?

 それでもちょっとドキドキしてしまった。……しょ、しょうがないじゃん! は、恥ずかしかったんだもん!

 ……だけど、

 あたしとあいつは抱き合うような恰好になって、お互いがお互いの体温を確かめ合うくらいの距離になって。

 あたしは気づいた。

 あいつの体が意外と硬いことに。

 なんかスポーツでもやってたのかな? まぁあいつの事情なんてどうでもいいけど、なんか意外だった。体は引き締まっていて、胸もお腹も鉄板みたいだった。

 ……ふぅん。まぁモテようとして筋トレでもしてたのかもねっ。陰キャ乙!


 い、言っとくけど、べつにそんなんでときめいたりしないから! あたしはそんなにチョロくないし! 筋肉質な男性なんてどこにだっているし! そんなんで男の子にかっこいいなんて思ったりしないから!

 けど……その、なんてーの? ふだんの彼からは想像もつかないようなギャップだったから。

 って、それでもあんときのあたし、顔真っ赤にしてたわよね。

 あああああああああ。思い出すのってこんなに辛いとは思わなかったな。あんなハプニング二度と起こしたくない。

 絶対。……ぜーーーーーったいっ!



 夜。

 へぇ、あいつ料理できたんだ。

 あたしはそのことに軽くショックを受けた。

 なんかあたしが思ってたより、あいつできる奴?

 ヤバい! ヤバいヤバい! あたし劣等感感じちゃってんじゃん。

 あ、あいつなんかよりもあたしの方が学校では遥かに地位は高い。そうよ、あたしの方が勝ってるから。

 でも、料理できるのってやっぱりこれもちょっと意外だったわよね。

 しかも…………悔しいくらいにおいしかった。

 ……どうしてか、あたしがあいつを見る目がほんのちょっとだけ変わった気がした。

 ただの陰キャじゃなくて、一応家事はこなせる男ってとこかしら。

 まぁ? あたしの方が女子力高いけどね?

 って! なんで男子に対して女子力勝負しかけようとしてんのあたし! 

 け、けどさ……ぶり大根なんて、ふつーの人じゃ作れないよね? あ、あいつさ、けっこーすごくない?

 羨ましいと思うくらいには、ちょっと尊敬しちゃってる。

 ……へ、へへ。まぁ日記だからね? 好き勝手書いても問題ないわよね? あたししか見ないから、あたしの素直な感想書いたって誰にも文句は言われないわよね?

 ……はぁ。

 そう考えていると、あたしも何かしなくちゃって思ってきた。

 あいつだけが家事をこなすのって、たいへんよね? 

 それにあたしは義父たちにとっては居候だし。ちゃんと働かなくちゃ、申し訳ない。

 ってことで義兄と家事のルールを決めることにした。あたしは洗濯と皿洗いねー(メモ)


 よかったー! あたしが洗濯になって。だってあいつなに考えてるかわからないから、あたしの下着くんくん匂いかいでニヤニヤしそうだったから。妹の脱ぎたてほやほや生下着とか名札つけてメルカリにでも売りに出されたら、あたし……生きてけない。

 あぁよかった。これであたしの下着は無事に守られることになるわね。


 ……。

 …………。


 ってしまったああああああああああああああああああ!!

 あいつの下着もあたしが洗うってことよね!? わ! わわわ! どうすんのよっ! あいつに好意を抱いてるとかじゃないけど、異性の下着って! それをあたしが洗濯するのよね? あ。ああああ。あたしが? 

 ま、まぁ。適当に放り込むだけでいいんだもんね! それくらいだったらあたしもできるわよ。見なきゃいい話よ。そうよ、毒よ。男の下着なんて……ちょっとは興味あるかも。

 だ、ダメダメ! あたしったらなに考えてるの! さぁ寝るわよ! 明日朝早いんだから。


 ……にしても。

 明日いずなとか伊沢君たちと一緒にラウンドテン行くことになったんだよね。

 すっかり忘れてた。義兄のことばっかり考えてたせいだ。……ほんとあいつ大嫌い。裸は見るし、あたしの顔ジロジロ見てくるし。ほんと嫌い。死ね。

 まぁクソ義兄のことはどうでもよくて。明日は純粋に楽しみだな! 新しいクラスの人たちと行くから、親睦会の意味合いが強いけど、どんな人たちなんだろ?

 ラウンドテンって、複合娯楽施設? っていうんだっけ。卓球とかボウリングとか、テニスとかビリヤードとかできて、しかもコミックルームとかあるとこなんだよねー。

 あぁ、伊沢君と二人きりで卓球できたらいいな、……なんてなにバカなこと考えちゃってんのよあたしぃ! でも伊沢君に誘われちゃったらどうしよう? ……あは、あははは。

 とにかく早く明日が来るといいな。




 四月七日(金)

 

 ――うそ


 なんでこんなことになったの?


 もうやだよ!


 ……もう、おわったことじゃん。


 やだ


 ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ

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