葉月との絆を守るため

 それは、病気の宣告だった――


「篝さん、叔母様。血液検査及び複数の検査がまとまったのでご報告です。最初の血液検査で異常値が出たため、更に細かく検査を行うことになりました。その結果として…篝さん。白血病です。」


「……先生、治るんですか?」


「進行具合によります。今まで当院で入院された方にもいらっしゃって、克服された方もいれば残念ながらお亡くなりになった方もいました。篝さんが倒れる原因になったのは、貧血…重度の貧血です。もしかしたら気にされていたかもしれませんが、どこかにぶつけたのか、あざがはっきりとできてしまってますね。」


「そ、そういえば…、昨日大学の食堂に行く前に階段でつまづいてしまって、その時にできたかもです。ここ何日か、体がだるい気もしていたんです。」


 隣で話を聞く輪は、何も気づいてあげられなかったと後悔の気持ちでいっぱいだった。


「残念ですが、入院ということになります。学業の方は一旦お休みしましょう。復帰ができるように、力の限りサポートしていきますので。」


「分かりました。よろしくお願いします。」


 その後病室へ戻った篝と輪。輪は大学にいる金村先生へ結果を報告していた。電話を終えた輪は、篝に確認しなければならないことがあった。


「篝ちゃん、まずは大学の先生には言っておいたよ。そこの仲間たちには先生の方から話はいくと思うからそこは心配いらないよ。だけど…、葉月ちゃんにも言わなきゃならないでしょ?」


「分かってる。分かってるけど…葉月には自分で言うから、叔母ちゃんは黙ってて。隠してたなんて思われたくないし、自分の言葉で…ちゃんと言うから…。」


篝は涙ぐみながら、輪の手を握りお願いしていた。


「分かった。その代わり、葉月ちゃんのご両親には一応話はするから。私からもちらっと言っとくけど、お見舞いにもし来たらそう言っとくんだよ?」


 これで、叔母と姪の約束は成立した。輪が帰った後、篝は病院内にある公衆電話から、かつて高校の部活で苦楽を共にした、江本愛里加えのもとえりかへ電話し打ち明けたのだった。


☆☆☆


 週末、愛里加と葉月の両親がお見舞いに来ることになった。朝から輪が付き添う中、まず土曜日に尋ねてきたのは愛里加だった。


「篝ちゃん、こんなことになるとは……未だに信じられん。」


「私もそう思ってた…。入院して何日かたって、少しずつ実感は湧いてきてるけどね。」


 輪は愛里加が来たのを確認した後、病院内にある売店へ行くのに一時的に席を外していた。


「篝ちゃん、葉月ちゃんには――」


「愛里ちゃん……葉月には自分で言うから、絶対、黙っててほしい……。」


 篝は涙ながらに愛里加にお願いしていた。売店から戻ってきた輪は、後ろから静かにその様子を見守るしかなかった。


(叔母として、姪が言うことは尊重しないと。篝ちゃんが決めたことなんだから、篝ちゃんに任せるしかないのよね――)


 愛里加は何故自分には言ってもよかったのだろうと思っていたが、篝の手を取り、


「――分かった。篝ちゃんにとっては、譲れないんだね。昔も今も変わらない、篝ちゃんと葉月ちゃんの固い絆。私や叔母様が間に入るんじゃなくて、2人できちんとこれからのこと話したいんだね?」


「そうだね。葉月が転校するって決まった時は叔母ちゃんや愛里ちゃんに助けてもらったけど……私の病気の話だから。葉月と2人でちゃんと話したいと思ってる。あの時は最初からできなかったから……。」


「うんうん。打ち明けるのに勇気いると思うけど、何かあったら頼って。そういう時の脇役の私、でしょ?」


篝は笑顔を取り戻し、愛里加も、背後にいた輪も一安心していた。


 だが、篝の前向きな気持ちはなかなか続かなかった。愛里加が帰った後、病院の先生から、週明けから少しずつ抗がん剤治療を行うと説明を受けたからだ。


 篝のモチベーションが下落している中、翌日を迎え葉月の両親が訪ねてきた。


「篝ちゃん、輪ちゃんから話は聞いたけど、葉月には自分の口から言うんだよね……?」


「……はい。なので……お願いですから、葉月には……言わないでもらえませんかね……? 絶対です。」


 篝はまた、涙ながらにお願いしていた。輪は篝の背中をさすり、慰めようとしていた。


「昨日、篝ちゃんと葉月ちゃんの高校の時の部活の同期の子が来た時にも、同じこと頼んでたんだよね。篝ちゃんの意思は変わらないものだと、思っててほしい。」


と、輪からもお願いせざるを得なかった。


「……輪さんがそこまで言うなら、仕方ないか。なあ、皐月さつき。」


「そうねぇ……。葉月は向こうで1人暮らししてるし、仕事も忙しいしそうそう帰ってこられないけど、何とか連絡取り合って、お話できるよう願ってる。篝ちゃんのこと信じますよ。」


 これで、葉月の両親も納得。


「最後に、篝ちゃん。治療これから辛くなっちゃうけど、葉月のためにも頑張って乗り越えてね。輪ちゃんも、仕事もあるし1人で支えていくのも大変だろうし――」


葉月の母親、皐月は言葉をつまらせ、涙目になりながらも2人の目を見て、帰る前にこのように伝えたのである。


「――無理しないでね。」


☆☆☆


 週が明けてすぐ、金村先生が訪問。先生の訪問に合わせて、輪は在宅での仕事を切り上げて病院に来ていた。


「秋川さん、叔母様から連絡を受けてから、上層部の方に報告させていただきました。休学届の準備ができたので、本日はその手続きのため来ました。」


「ありがとうございます。」


篝はそれだけ言うと、渡された休学届に名前を書き印を押した。


「……ゼミの皆の様子はどうですか?」


「はい……秋川さんが倒れた時は皆さん大変驚かれ、動揺を隠せない様子でしたが、落ち着きを取り戻しているようです。」


「そうだったんですね……。明日ゼミナールですよね? 皆に伝えて欲しいことがあるんですけど、いいですか?」


「はい、どうぞ。」


「この度はご迷惑おかけしてごめんなさい。大学の近くの病院に入院しているから、いつでも会いに来てね……と。」


「分かりました。そのように伝えておきますね。これから抗がん剤治療が始まりますね……本当に、お体に気をつけてくださいね。」


 金村先生が病室を出てから、本格的に治療が始まる。葉月との約束を果たすため、篝は懸命に病気と闘うことになる。


 しかし、葉月本人には病気になったという報告はまだ、できていなかった……。


☆☆☆


 輪が仕事で来れない日は祖母が駆けつけ、篝が不安にならないように気遣っていた。髪の毛が抜けたり、食べた物を吐いてしまったりしても、篝は挫けることなんて一切なかった。


 入院から3週間が経過し12月に入った。ゼミメンバーで最初にお見舞いに来たのは、紅音だった。


「篝、私内定もらったよ。篝の分まで頑張って……よかった。」


紅音の内定報告を境に、ほぼ毎日ゼミメンバーの誰かしらが訪問するようになった。


(金村先生、私の思い皆に伝えてくれて、ありがとうございます…!)


自分の気持ちを伝えてくれた先生へ、篝は心の底から感謝していた。


 12月のある週末、愛里加が顔を出した。


「篝ちゃん、何とか内定もらったわ。何回も落ちて、もうダメなんじゃないかと思った。だけどね?」


「だけど?」


「篝ちゃんが生きるために、必死に病気と闘ってるのを見てると、私も頑張らなきゃと思ってきて。そのおかげなのか、やっと受かったよ。」


紅音に続き、愛里加も内定の報告だった。愛里加の場合、かなり手こずっていたようだ。


 篝も今頃、何にもなかったら内定勝ち取っていたんだろうなと思いながら、雪が降る外の様子を見ていた。


「あ、そうだ篝ちゃん。叔母様から預かってたんだけど、何故か。これ、家にあった茶道の道具。何か力貰えるかもしれないし…。」


「ありがとう。叔母ちゃん仕事立て込んでてなかなかこっち来れてなくて。入院してから1度も触ってないし、ちょっと懐かしいかも。」


「これから時間できるから、ちょこちょこ顔出すけど大丈夫?」


「うん、大丈夫。というか、大歓迎だよ!」


 こうして、愛里加も時々来るようになり、篝は過酷な治療を受けながらも、充実した入院生活を送っていた。


☆☆☆


 輪から愛里加へ、愛里加から篝のもとへやってきた篝の私物の茶道道具は、愛里加が言った通りのになったのかもしれない。


 1ヶ月半程続いた抗がん剤治療は一旦取り止めになった。それも、白血病の進行が止まったようだと病院の先生が言っていた。


「白血病の進行が止まってますし、目立った症状も見られないので、退院の措置を取ります。これからは通院での治療に切り替えます。悪化しましたら再入院となりますので、その際はご連絡ください。」


「分かりました。これからもよろしくお願いします、先生。」


「よかったね、篝ちゃん。先生、私の方からもよろしくお願いします。」


 病室で年を越した篝は、約2ヶ月ぶりに帰宅を果たすのである。

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