冥府とこの世を塞ぐ岩


「アイリーン様っ、大丈夫ですかっ?

 私も追ってまいりましたっ。


 あっ、待ってくださいっ。

 胸がつかえて通れませんっ」


「……今の言葉、地面に打ち付けられたときより、衝撃がありました」


 しかも、メディナはそう胸が大きい方ではない、という事実がまた衝撃だ。


「入ってみよ。

 お前も通れぬかもしれないではないか」

とよくわからないことをエルダーが推奨してきたとき、メディナがようやく出て来た。


「アイリーン様っ。

 大丈夫ですかっ?」


「なんて危険なことをメディナッ」


「いいえ。

 私は地の果てまでも追いかけて、アイリーン様にお仕えすると心に決めていますからっ」


「感心な侍女だ。

 だが、できるなら、外で待機していて欲しかっ……」


「陛下ーっ」


 遅れてイワンの声がした。


「待てっ、イワンッ」


「ご無事ですか、陛下っ」

とイワンが主人の待ったの声も聞かずに飛び出してくる。


 イワンと感動の再会を果たしながらも、エルダーは呟いた。


「……メディナは来たのに、イワンが来なかったら、それはそれでどうだと思うところだったが。

 まあ、今は来ないで欲しかったかな」


「全員こちらに来てしまいましたね。

 どうしたらいいのでしょう」


 そうアイリーンが呟いたとき、洞穴の奥の方から声がした。


「アイリーンッ、どこなのっ?」


「バージニア様ッ!?」


 メディナと二人、声を上げる。


「あのっ、そこにとどまってくださいっ、バージニア様っ」

「穴を塞げっ、イワンッ」

とエルダーは岩に体当たりして、バージニアが出てこないように塞ごうとする。


 いや、人の力ではビクともしないのだが……。


「なんなのよっ。

 助けに来てやったのにっ。


 アイリーン、あんたの馬車が襲われたって聞いて慌てて来たのよっ」


 ええっ? とメディナと二人驚く。


「だって、このままじゃ私が犯人にされるじゃないと思ってさ。

 一番あんたを襲撃しそうなの、私だからっ」


 改心したのかと思ったが、通常運転なバージニアに、いっそ、ホッとする。


「アルガスまで帰ってみたら、王様がいきなりやって来て飛び出していったって、大騒ぎだったわよっ。


 そしたら、見たことある王様の従者が走っていくのを見て。

 城の者に詳しい事情を聞いてから、追って来たのっ」


「ありがとうございます、バージニア様っ」


「外から名前を呼んでもらい、岩に触れたら中に吸い込まれるんじゃなかったかな」

とカロンが教えてくれる。


「バージニア様。

 そこから、全員の名前を呼んでもらえますかっ?」

とアイリーンは叫んだ。


「全員っ? 誰っ?」


「王様とイワンさんとメディナと私ですっ」


「えっ? 王様ももう中にいらっしゃるのっ?」


「そうなんですっ。

 全員の名を呼んでくださいっ」


「アイリーン!

 メディナ!

 イワン!


 ……えーと、王様の名前?」


「王様のお名前……」


 アイリーンもそこで止まった。


 メディナを見る。


 メディナはイワンを見る。


 イワンは王様を見た。


 王の名を迂闊うかつに呼んではならないことになっているので、みんな知らなかった。


「おい、お前たち……」


「わっ、私は存じておりますよっ」

とイワンが慌てて言う。


「ただ、陛下のお名前を呼ぶとかおそれ多くて」


「いや、畏れ多いとか言ってたら、私だけ戻れないであろうがっ」


「こいつの名はエルダーだ」


 後ろからカロンの声がした。


「私には人間の名が見える。

 エルダーとは、老齢の者を表す名。


 お前が長く生きるようにと祈りを込めてつけられたのだろう」


「そうなんですねー」

とアイリーンが感心して頷くと、カロンはアイリーンの方を見た。


「アイリーン。

 その名の意味は、平和」


 なにも平和じゃないっ、という顔でみなが見る。


「バージニアは、乙女」


 乙女らしくない!


「まあ、名前というのは、そうなればいいと希望を込めて、つけられるものだからな」

とカロンは言うが、


 ここまで希望を裏切ってもいいものなのか?

という目で、みな、アイリーンとバージニアの方を窺っていた。


「とりあえず、帰れそう。

 やっぱり、慣れているとはいっても、帰れるかどうかわからない状況でここにいると、心細いものね。


 カロン、ありがとう」

とアイリーンが言うと、バージニアが、


「えっ? カロン!?」

と言う。


 後ろの川にいたカロンの声は遠く、アイリーンの声しか聞こえなかったらしい。


 王の名をカロンと思ったようだった。


「私の名を呼ぶなっ。

 私がそっちに行ってしまったら、誰もあの世に渡れなくなるだろうがっ」


「それはそれで平和かも……」

とアイリーンは呟く。


 さすがのバージニアも王様のお名前を呼ぶのは緊張するようで、戸惑いながらその名を呼んだ。


「……エ、エルダー様。


 みんなが呼ばない王様のお名前を呼んでしまいましたわっ。


 これで、正妃に一歩近づけましたわねっ」

とバージニアが叫び出す。


「いや、遠ざかってくれ……」


 エルダーは青ざめ、そう呟いていた。


 全員、視線を合わせ、せーので岩に触れる。


 洞穴の向こうに吸い込まれる瞬間、カロンが、

「まあ、また来いよ」

と川から言ってきた。


 みな寿命のある生物である以上、いつかはまた来るだろう――。


 いや、私の場合、まだ金印見つけてないから、またすぐ来るかな。


 そうアイリーンは思っていた。





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