屋台のお菓子
「見てっ、あの屋台っ。
バナナの葉の器になにか揚げたものが入ってるわっ」
街に入ると、アイリーンは馬車から身を乗り出し、道沿いに並ぶ屋台に目をこらす。
「……無闇にその辺のもの食べないでください」
お腹壊したらどうすんですか、と言いながらも、メディナも馬車を止めては、あちこちの菓子や珍味を味わっていた。
「まあ、遅れても大丈夫でしょう。
バージニア姫は、使者の私よりも先に行ってしまいましたしね」
と丸くふくらんだ、ぽわぽわの揚げ菓子を買ってくれながら、使者コリーは言う。
一応、妃候補となって旅立ったので、使者もアイリーンに敬語を使うようになっていた。
いや、別に普通にしゃべってくれたのでいいんだが……。
ともかく、一目散に大国へと向かう姫の馬車とは離れて、一同、ホッとしていた。
「……でも、急いでも、8887番目なんですよね?」
外はカリカリ、中はふわふわの甘い菓子をかじりながら、アイリーンは言う。
バージニアは押しが強いので苦手だが、あの前向きでバイタリティ溢れるところは嫌いじゃない、と思っていた。
使者が苦笑いしながら言う。
「早めに行って、人脈を作りたいらしいですよ。
まあ、ああいう乗り気な人もいてくれると助かります」
すみません、乗り気じゃなくて、とアイリーンは苦笑いした。
「あ、このお菓子、ちょっとお酒がきいてる」
「そういえば、地元で有名な酒の酵母で膨らませてあるらしいですよ。
姫様がお好みになられたら、作って差し上げようと思って、作り方を聞いてまいりました」
とメディナは胸を張る。
よくできたメイドだ。
「でも、こんな美味しいのに、作り方、簡単に教えてくれるんだ?
秘伝のなんとかとかじゃないの? 『あれ』みたいに」
「そういうものではないでしょう。
似たような屋台が幾つかありましたからね。
この辺りの郷土菓子みたいなものではないですか?」
なるほど、とアイリーンが思ったとき、
「あれってなんですか?」
と使者が訊いてきた。
「えーと、なんかいろいろ工芸品とかです」
アイリーンは曖昧に誤魔化したあとで、メディナに言う。
「そうだ。
姫様はやめてよ。
怒られるわ」
「姫様は姫様です。
姫様は、れっきとした、旧王家の姫なのですから。
アルガスの王宮で呼んだら怒られてましたけど、もう国は出ましたから大丈夫です」
「そうですねえ。
アイリーン様は我が王の妃候補。
姫と名乗られてもよいと思います」
そう言う使者に、
でも、妃候補で妃じゃないし。
8888人もいるうちの一人なのだが、いいのだろうか、とアイリーンは思っていた。
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