ここが私の城らしい

 

 コルバドス国内に入ると、アイリーンの住まいとして、ひとつの城が与えられた。

 四方が断崖絶壁になっている高い高い崖の上の城だ。


 城に続く細い道はギリギリ小さな荷車が通れるくらいの狭さで。

 足を滑らせたら、真っ逆さまに転落しそうだった。


 螺旋状に崖を回って上がっていくのだが、崖が高いので、相当ぐるぐる回らないといけないようだ。


「申し訳ないのですが、馬車から荷車に乗り換えてください」

と使者コリーに言われたが、大変そうなので、アイリーンとメディナは歩くことにした。


 みんながぜいぜい言って上がっているのに、呑気に荷車を引いてもらうとか申し訳なくて落ち着かないからだ。


「私たちも荷車引きますよ」

と二人は従者たちに言って、


「とんでもないっ。

 そんなことしていただいたら、王様にクビをはねられますっ」

と叫ばれる。



 崖の中程まで来たところで、休憩することになり、みんなで狭い道にしゃがみ込んだ。


 誰も来ない道なので、大勢で占領しても大丈夫だ。


 そのうち、呼吸も整い、吹きつけてくる高所特有の澄んだ空気を感じられるようになった。


 ふと見れば、眼下には深い深い森。


 その先には素朴な感じの町並み。


「いい眺めねえ」

「ほんとですね」


 遠くを眺めて微笑む二人に、高い場所が恐ろしいらしい従者たちは、まったく下を見ずに言う。


「姫様たちの方が肝が太いですね……」



 アイリーンたちは、屋台で買い込んでいた菓子をみなに振る舞った。


「あ、ありがとうございますっ。

 我々にまでこのようなっ」

と従者たちに感激される。


「姫様。

 我々は城にご案内したら、そこで引き上げますが。


 この先、なにか困ったことでもございましたら、いつでもおっしゃってください。


 なんでも力になりますから」


「ありがとうございますっ。

 でも、こんな場所じゃ、伝書鳩とか飛ばして、今すぐ来てくださいって言っても大変ですよね」


 そうアイリーンが言うと、みな否定せずに苦笑いしていた。


「でも、参りますよ。

 アルガスのお姫様は上品でお美しいのに、気さくで良い方ですね」


 そう言いながら、年配の従者がよいしょと立ち上がった。


 できるだけ崖下を見ないようにしながら。


「いえいえ。

 私は旧王家の娘なので、姫というほどでは。


 普通の町娘とそう変わらない生活をしてましたよ。

 王宮の図書館に自由に入れるのはよかったですけどね」


 さあ、行きましょう、とアイリーンも立ち上がり、歩き出す。



「おっと、ここからがちょっと大変なんですが」


 あと少しというところで、コリーがそう言って、足を止めた。


 なるほど、この先の道は崩れているようだ。


「嵐かなにかで崩れたのですか?」


「いえ。

 前の持ち主が敵が来ないよう、道を落としたんですよ。


 まあ、それでも侵略されたんですけどね」


 それ、侵略したの、あなたがたでは……?

と思っている間に、まず、従者たちが崖をよじ登る。


 上から縄を下ろしてもらい、荷物を上げたあとで、人間も上がっていった。


「さ、最後が大変でしたね」

「ほんとうに」


 さすがのアイリーンたちも息が切れ、地面に手をついていたが。


 ようやく、顔を上げた瞬間、驚いた。


「立派ですねっ」

とメディナが城を見て叫ぶ。


 確かに。

 こんな場所にこんな城が? と思うような豪奢な城だ。


 手入れされていないようで、廃墟みたいになってはいるが。


 崩れてこない限り、別に構わない、とアイリーンは思っていた。


 掃除されていないのなら、すればいいだけ。


 メディナもこの城をうっとりするような優雅な居城に磨きあげたいようで。

 すでに、うずうずしているようだった。


「お連れしておいて、なんなのですが。

 ほんとうにここで良いのでしょうか?」


 コリーは眉をひそめ、城の惨状を点検するように眺めている。


「王宮から離れている上に、たどり着くのも困難な場所にあるので。

 豪華な城ですが、みな、ここは避けるんですよ。


 狭くてもよいのなら、街中にもまだ屋敷はありますが」


「いえいえ、とんでもない。

 私は、こんな感じの住まいも好きです」

とアイリーンは笑う。


 城の中庭が渡り廊下越しに、ここからも見えるのだが。


 反対側の渡り廊下の屋根を飛び越え、夕暮れの光が庭に差し込んでいる様子も美しい。


 庭も手入れがされていないので、もちろん荒れていたが、これはこれで風情があった。


「もう少し王の住まいに近い、程よい邸宅もあったのですが。

 バージニア姫が早速押さえてしまったようで」


 そして、この誰もたどり着けなさそうな城のことを聞き、ここをアイリーンに、と指定してきたらしい。


「そうですか。バージニア姫が。

 それはお気遣いいただき」


 いや、お気遣いですかね? という顔をコリーはしていたが。


 アイリーンは絶対に王様が訪れなさそうなこの城が気に入っていた。






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