螺鈿細工の金属

早朝五時半ピッタリにランニングウェアに身を包み足取りも軽く玄関を

後にして日課のランニングにでた鷲津京子25歳。

11月を少し過ぎた辺りなので朝はまだ暗い。大学時代の駅伝部の名残というか

ごくごく一般企業に就職した今は仕事に追われ途切れていたランを又始めた。

最も駅伝部時代のように距離を走る為のランニングではなく、

漠然とした運動不足を解消する試みとして一年前から再開した。

家を出て三分程走ると国道28号を跨ぐ陸橋に差し掛かる。

京子が決めたランニングコースの中に28号線を跨ぐ陸橋が三つ存在する。

その三つの陸橋を初めて自分に課した当初は本格的なランから遠ざかるだけで

こんなにも心肺機能が低下するのか?と落胆もし三つの陸橋を越えて帰宅した際には

ヘロヘロで視界が狭まり景色などを観る余裕などなかったが、近ごろはのんびりと

景色を楽しみながら悠々と三つの陸橋を越えて帰宅出来るまでに回復した。

その陸橋だが欄干というか手すりが実に鮮やかな深い緑色でペイントされており

田舎の雰囲気には違和感なく溶け込んでいる。

丁度三つの陸橋を越える辺りで日が昇りだし陸橋の上で暫く水分補給をしつつ

朝陽を眺めるのが習慣化していた。ただし今日のランニングにはちょっとした

変化があった。陸橋の真ん中の西側の手すりに置かれた螺鈿細工がなされた物体。

気になったので手に取ってみる。二㎝四方の立方体で螺鈿細工に恐らく漆?

が塗られてはいるが恐らく重さからいって金属である。

気になって辺りを見回すが人影はない。

何かの工芸品かな?とも想像したが誰かが置いた、或いは

置き忘れていったのは間違いない。軽く振ってみたが継ぎ目などは無く

削りだした金属に螺鈿細工を施し漆を塗ったモノだ。

余りの綺麗さに目を奪われたが、言い知れぬ不可思議さを感じ、

とりあえず元の位置に戻し帰宅した。

次の日もその次の日もその手すりに残り続けた螺鈿細工の立方体は今日、

鷲津京子の持ち物へ変わったのである。帰宅した玄関の入り口の小棚に

その螺鈿細工の立方体を置き何事も無くシャワーを浴びにバスルームへ入って

早朝の日課を終えた。

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