第10話 告白
一樹のマンションでの夕食がいつもの風景になった頃、一樹が唐突に言った。
「真剣に、付き合ってくれないかな?」
「え?」
私はマカロニグラタンを口に運ぼうとしていたところで、口を開けたまま一樹を見た。一樹は真面目な顔をしている。私はマカロニグラタンを口に入れて、咀嚼し、飲み込んでから、やっと言葉を発した。
「……考えさせてください」
人に裏切られて傷ついていたとはいえ、一樹は他人をお金で買おうとした人間だ。
私はまだ、一樹のことを信じていいのか、不安だった。
「うん、わかった。待つよ」
一樹はわずかに微笑んでいたけれど、その目は笑っていなかった。
次の週末、一樹に誘われて一緒にデパートに行った。
「君に選んでほしいものがあるんだ」
「何?」
「ちょっと来て」
一樹が私の手をつかんで、早足で歩く。
たどり着いたのはジュエリーショップだった。
「婚約指輪……一人じゃ決められないから」
「え? ……そこまでするの?」
「婚約のふりじゃないよ。この前も言ったけど……本気なんだ、僕」
振り返った一樹の目は、私をじっと見つめている。
「君と、家族になりたい。君に、おかえりって言いたい。僕は、君が待つ家に帰りたい」
「なんで?」
私は一樹の目を見た。一樹は目をそらさない。
「君と一緒にいると……温かい気持ちになるんだ。……勝手だよね、僕。……でも、君と、もっと一緒にいたい」
あっけにとられた私は口をパクパクさせた後、かすれた声で言った。
「……ちょっと……考えさせて」
「うん」
安アパートに帰り、私は大きなため息をついた。
私は冷え切っていた自分の両親との関係を思い出し、途方に暮れた。
「あたたかい気持ちなんて……家庭なんて……私、わからないよ」
沈む気持ちを慰めるために、小さな鍋で牛乳をあっためて、カルーアリキュールを垂らす。
鍋から甘くていい匂いがしてくる。
マグカップに出来立てのホット・カルーア・ミルクを注ぎ、鍋をシンクにおいて水を張ってから、机に移動した。
ずずっと、熱いカルーア・ミルクをすする。
「あったかい……」
いつの間にか、涙が頬を伝っていた。
「どうして? なんで、私?」
一樹の真剣な表情を思い出して、私は息が詰まった。
「……幸せは怖いけど……怖くない……」
ユウさんの言葉を思い出して、私はハッとした。
「今、幸せ……なの? 私」
少し飲みやすい温度になったカルアミルクをごくごくと飲む。
おなかの中が温かくなる。
私はスマホを取り出して、一樹にメッセージを送った。
『……私でよかったら……一緒にいてください……』
震える指で送信のアイコンを押す。
すぐに既読になった。
返事のメッセージの代わりに、スマホが鳴った。
「もしもし、高田です」
「あ、あの、七海です」
「七海さん……返事、見たよ。ありがとう」
「……本当に、私なんかでいいの?」
「僕は……七海さんだから……好きになれたんだよ。もう、だれも好きになったりしないって思ってたんだ、本当は」
スマホの熱が、一樹の温かさを思い出させる。
「また、これからもよろしく」
「うん。こちらこそ……よろしく」
通話が終わった。
熱くなったスマホを机の上に置く。
カルーア・ミルクはもう冷めている。
私は残りを一気に飲み干して、ふう、と息をついた。
「婚約……しちゃった」
スマホに映っていた高田一樹の表示が暗くなり、消えた。
「幸せは……怖くない」
私はつぶやいて、目を閉じた。
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