第8話 真実

廣にいは1呼吸おいてゆっくり話し始めた。


「引っ越したあと、和樹は何人かの女の子と付き合ってたよ。でも全然楽しそうにはみえなかった。ある時、俺が家に帰ったら和樹の彼女が居て、やっと会えたって抱きついてきたんだ。その女は俺に近付きたくて和樹の彼女になったんだって。その時、ジュースを買いに行ってた和樹が帰ってきて鉢合わせ。そのあとの女たちも似たり寄ったりで、俺に色目を使う最低の女達だったよ。そんな女達だったから、確かに俺はわざと寝取ったりもした。ただそんな浮気現場をみてもあいつ、怒らないんだよ。心ここにあらずって感じで…。平然として別れてた。」


私は黙って聞いているしかなかった。


「それに…。」


と廣にいはちょっと躊躇しながら口を濁した。


「なに?…言って?」


私はその言葉の先が気になった。


「和樹が付き合う女の子はみんな、どことなく君に…利子ちゃんに似てたんだよ。自分じゃ気づいてないみたいだけどね。利子ちゃん、この意味わかる?」


と廣にいは私に問いかけてきた。


私だってそれなりに恋愛経験はある。

だけど…ほんとに和樹はずっと私のことが好きだったってこと?


「和樹は好きになった利子ちゃんへの面影を無意識に他の女の子へ重ねていたのかもしれない。でも女の子たちは和樹を見てはいなかった。だから、俺はわざと女の子を…彼女を奪った。気づかせるためにね。でもいつも無反応な態度に心配してたんだ。でも利子ちゃんにそれを話したってことは少しは意識の中に怒りの感情があったってことだろ?それとも話したのが利子ちゃんだったからかな?とにかくあいつの中でそんな事があったって聞けてちょっと嬉しかったってわけ。」


と廣にいは全てを話してくれた。


「でもそんな話を聞いたって、私どうしたらいいか…。」


私はかなり動揺していた。


そりゃそうだよー。

和樹はそんな対象じゃないって思ってたし、再会したのも最近だし…。


「あいつは不器用だから。でも和樹はずっと君のことが好きだったんだ。」


廣にいのストレートな言葉に何も言えない私。


「……。」


無言でうつむく私に再び大きな手が頭を包み、ポンポンと優しく撫でる。

今度は私の中に不安感など微塵もなく、逆に昔の廣にいの優しい手がそこにあった。


「利子ちゃんはそのままでいいんだよ。」


と廣にいが笑顔で私にいったその瞬間!


玄関のドアを乱暴に開け、バタバタと廊下を走ってくる音が聞こえた。

リビングから見えたのは和樹で急いで走ってきたのがすぐわかる程、慌て焦り息を切らせていた。

しかも私と廣にいの姿をみるなり…。


「はっ!兄貴ーーー!俺の利子に触んな!」


と叫びながら廣にいに駆け寄り思いきり殴った。


「きゃあ!!」


私は驚きで思わず声をあげた。


廣にいはその殴られた勢いで床に倒れ込んだ。


「いって…。」


廣にいは口もとを押さえていた。


「廣にい!!大丈夫?」私は廣にいに駆け寄った。そして和樹の方を振り向いた。


「和樹、何すんの?今のは誤解だよー。」


「えっ?」和樹はキツネにつままれたような顔をしている。


その横で倒れていた廣にいが起き上がりながら言った。


「いいんだよ、これで。」


和樹が冷ややかに廣にいに問い詰める。


「それより兄貴、なんで利子に嘘ついて家に誘ったんだ。しかも俺になりすまして誘い出すなんていったい何考えてるんだ!」


和樹は今思ってることを全てぶちまけた。


「和樹、お前は利子ちゃんが好きなんだろ?しかもずっと大昔からな。」


そう言った廣にいは少し意地悪そう。


「なっ!なんでそうなる?俺は別に…。」


和樹はかなり焦った様子で言った。


「和樹、お前気づいてないのか?自分で言ったんだぞ。俺の利子に触んなー!てな。」


「あっ…。」和樹は黙り込んだ。


そして不意になんとなく和樹と目が合ってしまった私は恥ずかしさと動揺ですぐに目を逸らしてしまった。


「兄貴がこんなシャレたことするなんてな。」


和樹がボソッと言った。


「うん、廣にいは過去の事も和樹へのことも、周りみんなを傷つけたことを後悔して何かしたかったんじゃないかな。それに……。」


私は少しの間、何も言えずにいた。


「それに…なんだよ。」


和樹は言葉を濁した私に言った。


「廣にいが教えてくれなかったら私、和樹の気持ちに一生気づかなかったかもしれない。」


ほんとにそうよね。

私も鈍感だし、たぶん和樹もハッキリ言えるタイプじゃないしね。


「ああ…そうかもな。」


和樹は少し照れながらも素直に認めた。


いつも傍にいて励ましてくれた1番近くて遠い人。でもそんな彼が今、私の1番近くに居てくれる。ずっと私のことを想いながら…。


「利子…。もう一度ちゃんと言わせてほしい。」


和樹が突然言った。


「えっ!う、うん…。」


な、何?この緊張と胸の高鳴りはー!


「俺は利子が好きだ。利子が兄貴が好きだと言ったあの時より、ずっと前からな。」


そう…。

私はいつも和樹に甘えていたのかもしれない。

和樹の優しい言葉が当たり前にあると思ってた。

あの時の廣にいへの気持ちは憧れだったのかもしれない。


本当は…。


私の瞳からは自然と涙がこぼれていた。


「私も和樹といるとほっとするし安心する。また出逢えてほんとに嬉しかったの。私も和樹が好きみたい!」


和樹は微笑んで私の涙を指で優しく拭ってくれた。

恥ずかしくてうつむこうとする私の頬を和樹の大きな両手が優しく包んだ。


その瞬間!

和樹の唇が私の唇に!

和樹からのいきなりのキス!


もちろん驚いたけど、なんだか幸せな気持ちになった私は心地よい感覚に身を委ねてゆっくり目を閉じた…。


しばらくの甘いキス…。


ゆっくりと離れた和樹の唇に合わせ、私もゆっくりと目を開ける。


同時に私は和樹に強く抱きしめられた。

その大きな腕に包まれ、和樹の胸に押し当てられた私の耳は彼の鼓動の高鳴りを感じていた。



「ずっとこうしたかった…。」和樹が言った。


「うん…。」と答えた瞬間に私のお腹の音が!!


私は赤面し恥ずかしくてたまらないのに和樹はくすくす笑っている。


「ムードも色気もあったもんじゃないな!」


「だって仕方ないじゃない、止められないんだからー!」


「そんな利子もかわいいけどな!」


普段言わない和樹のストレートな言葉に私はキュンとした。


「じゃあ、兄貴の特製カレーいただくとするか!久々に。」


「うん!」



それから私と和樹は廣にいが作ってくれた、あの懐かしのカレーを頬張りながら、2人で昔の想い出話に花を咲かせた。


その時のカレーの味はたぶん一生忘れない…。



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失恋のご褒美 水天使かくと @sabosuke

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