第7話 嘘

翌日、会社に行くといつも私より早くに出勤してる和樹がいない。


新プロジェクトのメンバーの1人がいたので聞いてみると、どうやら今日は朝から外部で会議らしい。帰りもはっきりはわからないらしい。忙しいんだなぁ。直接話したかったけど行く前にLINEだけさせてもらおう…そう思いながら自分の任された仕事に意識を向けた。


その日の夕方、仕事は偶然にも早くに終わることができた。


案の定、和樹の姿はまだない。

もしかしたら向こうから直帰なのかもしれない。


そう思った私は素早く帰り支度を整えると足早に会社をあとにした。


和樹に今から行くねのLINEにも返信はなく、私は家に居るであろう…廣にいに少し緊張しながらもLINEをしてみた。

廣にいからの返信はすぐにきた。


『おいで!待ってる。』と。


和樹の自宅の玄関の前…着いてしまった。

和樹は帰ってるんだろうか…それともまだなの?なんていろいろ考えてしまう私。


廣にいと会うのも和樹と3人で会った気まづい時以来だしなんだか緊張するなぁ…。


とりあえず意を決して私はインターホンを押した。


(ピンポーン。ドアがガチャと開いた)


「いらっしゃい利子ちゃん!よく来てくれたね!さ、上がって上がって!」


と大好きだった頃の素敵な廣にいの笑顔は健在で、私はあの時のトキメキが蘇るような感覚に襲われた。


だめだめ!

廣にいはもうあの時の廣にいじゃないんだから。


「おじゃまします。」と挨拶し通されるままにリビングへと足を踏み入れた。


部屋はとても整理整頓されていて、無駄なものは一切ないといった感じのモノトーン調の落ち着いた雰囲気だった。


一通り見渡したけど和樹はいない。

まだ仕事なの?


「あの、廣にい?和樹は?和樹はまだ帰ってないの?」と私は少し不安になりながらも聞いた。


「あー、和樹は帰ってきたよ。でも買い忘れた物があるとかなんとかでまた出かけたよ。まぁ、すぐ戻ってくるよ。コーヒー入れるからさ、くつろいで待っててよ。ね。」と廣にいは余裕な表情でしかも満面の笑みで言った。


私はソファに促されとりあえず座った。

座った後も落ち着かない自分がいた。


今の状況…。

廣にいはコーヒーを入れてくれている。

和樹は自宅に居ない。

和樹にLINEを送っても返ってこない。


まさか…。

和樹は私が来ていることを知らない?

食事に招待も実はうそ?

今、私は廣にいと部屋で二人きり…。


これってもしかしてヤバい状況なの?

私の中で緊張が走り顔が強ばっていくのがわかった。でもそれを廣にいに気づかれないよう必死で平静を保つのに私は必死だった。


「はい、コーヒー!とびきりおいしいやつだよ。どうぞ!」


と廣にいが笑顔でそっと入れたての熱いコーヒーを差し出す。自分のコーヒーも私の隣に置いた。


そして廣にいはゆっくりと私の隣に腰掛けた。


憧れだった廣にいがこんなに近くにいて二人きり。和樹から聞いてしまった過去とが交錯する中、私の心は動揺しっぱなしだった。


不意に「飲まないの?」と廣にいは言った。


「えっ!あ…うん…いただきます。」と私は少し言葉に詰まった。


「なにー、利子ちゃん緊張しちゃってる?かわいいなぁ。それにそのコーヒーには何も入ってなんかないから安心して。」と廣にいは笑いながら言った。


だよねと思いながら「いただきます。」といった私の声はちょっと震えていた。

1口飲んだけど普通に美味しかった。


マグカップを置いた瞬間、くすっと笑う廣にいの声。ゆっくり廣にいの方を見ると私のことをじっと見つめてこう言った。


「利子ちゃん、ほんとに綺麗になったよな。」


「えっ!?」


思わずドキッとして自分が赤面していくのがわかる。そのまま、廣にいの優しい瞳から目をそらせられない私…。


この澄んだ瞳と優しい雰囲気に惹かれたあの時の私。廣にいに惹かれた自分を思い返しながら、私はしばらくボーっとしてしまっていた。


廣にいに見とれた私の頬に大きな手が触れ、私はハッと我に返り身をしりぞけた。

それと同時に横に置いていたバックの中のスマホが鳴った。LINEメッセージの音だ。


私はそっと伺うように廣にいを見た。

廣にいは笑顔で「どうぞ。」といった。


私は急いでバックからスマホを取り出しLINEメッセージを見た。

そこには1件、和樹からのメッセージがあった。


『なんで利子がそこにいる。俺は何も知らないし連絡してない。たぶん兄貴の仕業だ。とにかく急いで帰るけど利子はそこからすぐ帰れ。兄貴から離れろ。』


と慌てた様子の要件だけのメッセージだった。

私はすぐに和樹に電話したけど繋がらなかった。

おそらく必死でここに向かっているのだろう。


「何?今の和樹かな?」と私に問いかける廣にいの表情は余裕に満ちていた。


「うん…。ねぇ廣にい?和樹は食事会も私がここにいることも知らなかったって…どうして?和樹は廣にいの仕業だって…。」と私の声と顔は動揺してるのがわかるほど震え、そして泣きそうになっていた。


しばらく無言だった廣にいは別人になったかのように切り出した。


「はぁ~、もうバレちゃったか。そうだよ、全部、俺一人でがやったこと!」


私は動揺し出ない声を振り絞って言った。


「な、なんでそんなことを?」


「だってさ、そうでもしないと利子ちゃん…来てくんないでしょ?和樹も俺を警戒して利子ちゃんをガードしてるしさ…。アイツも毎日毎日、仕事と家の往復でバタンキューしてたから、寝てる間にちょっとスマホをいじって利子ちゃんにLINEしちゃったってわけ。昔から和樹はスマホに執着するほうじゃないし、気づかないアイツがダメなんだよ。」


そう淡々とそう話す廣にいに悪びれる様子はみられなかった。


廣にい、ほんとに変わっちゃったの?と心で呟く私…。

俯く私の目に映る視界はいびつに歪んでゆく…涙…。


私のあこがれの人はどこへいったの?

私が好きになった人はどこにいったの?

もう、私の好きだった廣にいはいないの?


不意に私の頭を優しく撫でポンポンする大きな手。びっくりして思わず廣にいを見上げた私…。


「利子ちゃん、大丈夫?」


「えっ…?」


何これ?

廣にいの懐かしい手が安心するなんて…。

今は正直、不安要素の方が大きいはずなのに…なぜだろう。あの時のように懐かしさが募る。


そんな私の表情を感じ取ったのか、廣にいは反対側の手で私の腕を引き寄せ強く抱きしめてきた。


「えっ、えっ!?」


「相変わらずかわいいね。なぁ、利子ちゃん…今から俺とつきあわない?」


不意に言われたその言葉に、私の口からとっさに出た言葉…それは…。


「そうやって和樹の彼女も奪ったの?」


一瞬、廣にいの体が固まったのを感じた。

そして抱きしめた私の体をゆっくり離し、はぁ…と大きくため息をついた。


「それ、和樹に聞いたの?」


「えっ…う…うん。あっ、でもたぶん和樹はそんなこと言うつもりはなかったと思う。私が気を荒げさせてしまったから…。」


私はとっさに出た言葉だったけど内容が内容なだけにちょっと後悔した。


「いや、いいんだ。そっか…そうだよな。あいつ自分の彼女が俺に寝取られてもなんも言わなかったんだよ…いつも。なぜ怒らないのか正直心配だった。そっか自分から言ったのか。」


と廣にいの表情は心から安心しているようだった。


「いつも?今、いつもって言った?」


一回だけの事だと思っていた私は廣にいに聞き返した。


「ああ。利子ちゃん、和樹から詳しく聞いたんじゃないのか?」


と廣にいはちょっと焦った様子で言った。


「そんなに詳しくは…。勝手に1回だと。ひどいよ!廣にい!なんでそんなことしたのよー!いくらなんでもひどいよ…。」


と私は激しく泣きながら廣にいの胸の中で泣き崩れた。


廣にいはかなり焦ったようで私を必死でなだめた。


「利子ちゃん…。わかったよ。全部話すからそれで許してくれるかな?」


私は廣にいを見上げ、その困ったような笑顔に少し安堵しそして小さくうなずいた。

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