第5話 衝撃

「ねぇ!ねぇってば!ちょっと和樹痛い。」

私は引っ張られる手首の痛さで思わず叫んだ。


「あっ、悪い。」


和樹はその言葉にすぐに立ち止まり、そして手を離した。私達は少し息を荒げながらしばらく無言のままでいた。


私はどうしても気になっていたことを聞いてみた。廣にいの事…。


「ねぇ、廣にいと今、一緒に住んでるの?いつからこっちに?今何してるの?あと…彼女とかは?あっ、ごめん。」


私は思わず和樹の袖口を掴みながら強い口調で彼を質問攻めにしていた。

すぐに離したものの、なんか気まずい状況になってしまっていた。

和樹は今の私の動揺した姿をみてちょっと驚いていた。


すぐにいつもの冷静さを取り戻し毅然とした態度で私に言った。


「あいつは…兄貴はもう昔の兄貴じゃない。だから近づくな!いいな。」


あいつだなんて…。


「なんでそんな言い方を?いったいどうして?廣にいに何があったの?お願いだから教えて。」


和樹は表情硬く黙っている。

私は必死だった。知りたかった。


あの優しくてカッコよかった廣にいといつも慕って仲が良かった和樹との間にいったい何があったのかを…。


「どうしても教えてくれないなら私、廣にいに会いに行くから!」


和樹の表情が一変、余裕のない焦りと動揺の表情一色になっていた。


「やめろ!まじやめろ!兄貴はもう昔の兄貴じゃないんだ。女性を女性と見ていない…そんな扱いをされる。利子、お前が傷つくだけだ。お前が心配で大事だから言ってんだ。」


いつになく声を荒げた和樹の態度に焦った私。


「じゃあちゃんと教えて。廣にいに何がったのか、どう変わっちゃったのか、なんで和樹と暮らしてるのか、全部。」


和樹は私の勢いに観念したかのように、はぁ…と大きくため息をついて言った。


「わかった…話すよ。引き継ぎの件もあるからこのままカフェでいいか?」


そういいながら近くのカフェまで歩き出し、私もその後を追うようについていった。


近くのカフェで私と和樹は一杯ずつホットコーヒーを注文し、お互いに一口ずつ飲んでほっと一息ついた。


「で…何から聞きたいんだ?」


と和樹はもったいぶるように、そしてちょっと意地悪そうに私に話を切り出した。


「なんで廣にいに会っちゃダメなの?和樹はなんでそんなに廣にいを気嫌いしてるの?昔はあんなに仲が良かったのに…。」


和樹は私の質問を聴いてふぅと1呼吸ついた。

そしてゆっくり話し始めた。


「引っ越してから、兄貴は高校卒業して地元の大学に入ったんだ。そこで兄貴は変なサークルのヤバい先輩らから仲間に引き込まれて、飲み会を開いては女の子を酔わせてみんなで乱暴してたんだ。」


「うそ!そんなの何かの間違いじゃ…。」


私は動揺とショックで体が震えた。

和樹は首を横に振った。


「引っ越した先で親友になったやつがいたんだ。その姉さんも被害者で親友から聞いた話だから確かだよ。そのことがあってから親友の姉さんは精神的に病んで家族で引っ越したさ。親友ともそれっきり。」


私は和樹のこんな切ない表情初めてみた。


「地元のお偉いさんの一人息子がそのサークルのリーダーならなおさらだ。それからもしばらくはやりたい放題してたらしいが、そのリーダーのやつが抵抗した女の子を殴ってそのグループ全員警察沙汰にな。ま、父親の力でそいつも兄貴も証拠不十分とかなんとかですぐに釈放。バカだろ。」


そう言った和樹はしばらくの間、うつむき目を閉じた。私はなにか言わなきゃと思ったけど、とても言えなかった。何もかもショックすぎて…。


「それに…。」


と和樹が不意に目を開けさらに続けた。


「兄貴は俺の彼女も奪ったんだ。」


そういった和樹の手は震えていた。


私は最後の一言で全てを悟ったような気がしてそのことに関しては何も聞くことができなかった。


2人してしばらく沈黙が続いた後、和樹の…さ!やるか。の一言で私達は仕事の引き継ぎへと意識を向け始めた。


当然、私の頭の中はそれどころじゃなかったけど、今はこの和樹との引き継ぎにひたすら集中することであのショッキングな話をなんとか頭から追い払うことができたのだった。



どれくらい経っただろう…。


窓の外はもう真っ暗になっていた。

引き継ぎを終えた私達はカフェを出た。

和樹は私を最寄り駅まで送ってくれてそこで別れた。


電車の中も…自宅への歩く時間も…自宅に着いてからも…和樹から聞いたことが頭をグルグルめぐっていた私。


今は疲れと動揺でかなりのダメージを受けた私の心はもちそうもなく、お風呂から上がるとすぐにベットへ倒れこみそのまま意識を失って眠りに落ちてしまっていた…。

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