第4話 別人

会社を出て、私達は和樹の住んでるマンションの前にいた。

玄関のドアの前で


「ここでちょっと待っててくれる?資料とデータ取ってくるから。」と和樹がいった。


「えっ?引き継ぎは家でするんじゃないの?」


私はてっきり和樹の家で引き継ぎをするものとばかり思ってた。

もちろん、変な意味なんか一切ないんだけどね。


「なんだよそれ、誘ってんの?」


と和樹がニヤリと微笑みながら私の顔を覗き込んだ。


「ま、まさか!そんな訳ないじゃない!なにいってんの。」と私はちょっと焦り動揺した。


「冗談だよ。えっと今日はちょっと部屋が散らかってるからさ、近くにカフェがあるからそこで渡したいんだ。いいか?」


と言う彼の表情は少し困惑してるように見えた。


「うん。」


少しの違和感を感じながらも私は小さく返事をしたのを確認し、和樹は部屋に入って行った。



しばらく玄関の前で待っていると、後ろから男性の声がした。


「あんた誰?ここで何してんの?」


びっくりして振り向くとそこにはラフな格好をしたスラリとしたイケメンが険しい表情でこっちを見ていた。


「あっ、えっと…すみません。ちょっとここの人を待ってるんです。」


その人は私の顔と玄関の方を交互に見て、ゆっくりうなずきながら笑った。


「君、利子ちゃんだろ?冬馬利子ちゃん!」


「えっ?」


私は驚きとそのどこか懐かしい声に戸惑いながらその男性の顔を見た。


そしてはっと気づいた。


「廣にい!!」

私は思わず大きな声で叫んでしまっていた。


だって…だって…見た目がかなり違っていて別人みたいなんだもん。


髪はずっと切っていないのか肩まで伸び放題だし、よれた白のTシャツに膝までのハーフパンツ。裸足にサンダルのかなりラフすぎる格好で立っている。


だから昔の高校時代の爽やかイケメンの面影はみじんも見えなくなってたからすぐにはわからなかった。


「そうだよ。利子ちゃん久しぶりだね。しかもこんなところで。」


「えっ、えっ、えー!もしかして和樹と一緒に住んでるの?」


私はそれにもまたびっくりしてしまった。


「まあね。僕もちょっといろいろあってね。今はこの和樹の家に住まわせてもらってるってわけ。」


「へー。そうなんだぁ…。」


と私のおどろいた顔を見るなり、いきなり至近距離で覗き込んでくる廣にいに私は思わずドキッとした。


目をぱちくりしながら、恥ずかしくて視線を外そうとするけどうつむくことが精一杯だった。


「へー!利子ちゃん、君、綺麗になったね。」


「えっ!!」


私はいきなりの廣にいの言葉に一瞬言葉を詰まらせた。


廣にいは普通の姿勢に戻るとニヤリとしてさらに一言、私に言った。


「俺好みの女の子に育ったじゃん。利子ちゃんさ、俺に告白したろ昔。まだ俺のこと好き?だったらさ…俺とつきあってみない?」


「えっと…それはその…。」


言葉に詰まった私。


びっくりしたのと学生時代とはいえ、好きだった憧れの人を目の前にして、しかもつきあってだなんて…。夢のような言葉にドキドキしてしまっていた。


「もちろんすぐにとは言わないよ。とりあえずLINE交換しよ?はい、スマホ出して。」


私はつい言われるがままにスマホをだすと、廣にいは半ば強引にスマホをとりあげアドレス交換を済ませた。


廣にいが私にスマホを返したと同時に玄関の扉がガチャッと開き和樹が出てきた。


「兄貴!!もう帰ってきたのかよ。」


和樹がかなり焦った様子で廣にいに話しかける様子は、私でも尋常じゃないことは一目でわかってしまった。


「帰ってきたらなんかまずいことでもあんの?で、なんでお前が利子ちゃんといんの?もしかして2人…付き合ってるとか?」


「そんなわけないだろ!!」


と声を荒げて言いながら私の手首をつかみ、その場を立ち去るよう足早に歩き出した。

私はされるがままに和樹について行くしかなかった。


去り際にふと後ろを振り向き廣にいを見た。

廣にいはにっこり笑い、またねと言わんばかりに私に小さく手を振っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る