第3話 引継ぎ

次の日の朝。


朝が苦手な私は今日もギリギリまで寝ていて、2度目の目覚ましの音で飛び起き、急いで身支度を整え会社に向かう日々。



「おはよう、利子!」


オフィスに着くなりすでに出社していた和樹からの朝の元気な挨拶。


「お、おはよう。早いね。」


「おいおい何言ってんだ?時間ギリギリだぞ。」


しまった!

そうだった。


と焦りながら慌てて乱れた髪と服装を整える。


「相変わらずだな。利子は昔から朝は苦手だったもんな。いつも俺達が迎えに行ってたし。」


そうなのだ。

小学生からいつも起きれずに2人が迎えに来てくれてたっけ。


「ははは。そうだったよね。」


懐かしいなー。


廣にいもどうしてるかな?

会いたいな。


「ねぇ和樹、廣にいは元気?今どうしてるの?」


その私の言葉に一瞬、和樹の顔が曇ったように感じた。


「元気だよ。」


と素っ気なく言った言葉になぜか少し違和感を覚えたが、この時は特別気にも止めなかった。


そんな時、いきなり部長から大きな声で呼ばれた。和樹も一緒に。


私たちは2人そろって部長の前に行った。


私たちに目をやるなり部長は言った。


「2人に相談なんだが、急遽、大きな案件を抱えることになった。そこでだ。その案件に雪村くん、君も参加してほしいんだ。」


すかさず和樹が言った。


「今の案件に加えてさらに大きな案件を抱えるのは、さすがに無理ですよ部長。」


少し焦ってる和樹の心情を悟ったのか、部長がさらに続けた。


「まあまあ、落ち着けって。そこでだ。雪村くんの今の案件を冬馬に引き継いでもらえんかと考えているんだがどうだ?」

私はちょっとどころじゃないほど焦った表情で部長に駆け寄った。


「ぶ、部長、それは困ります。私なんてまだまだですし、和樹…いえ、雪村さんが受けてる案件なんて代わりにできるわけありません。」


ほんとにそうなんだ。

まだまだデザインの勉強中だし、今から和樹の案件を請け負うなんて荷が重すぎるよ。


私の血相を変えた表情と声で部長も少し困った様子で


「おいおい、冬馬落ち着けって。これはお前にとってもいいチャンスだと思うんだがな。」


「でも…。」


私が言うのをさえぎるように和樹が割り込んでくる。


「大丈夫です、部長。僕が冬馬さんにしっかり引き継いでフォローしますので。」


和樹のそのはっきりとした口調に、私はもう何も言えなかった。


部長もまた、安堵した表情で私たちに言った。


「まぁ…なんだ。これも冬馬、お前のチャンスだと思ってがんばってくれ。いいな。雪村くんも来て早々だかよろしく頼むな!」


和樹は動じない態度で


「はい。」と一言。


その後を追いかけるように沈んで落ち込んだ私の


「はい…。」


に和樹のちょっと同情めいたため息が聴こえたような気がしたが、それに返す余裕はもう、私にはなかった。


安堵した部長がさらに私達2人に言った。


「雪村くん、さっそくなんだが、その引き継ぎを今すぐお願いしたいんだができるか?」


「今からですか?各データと資料は自宅にあり、今日は持参しておりませんが…。」


と和樹が答えた。


「じゃあ、悪いが今から帰って、そのまま今日中に冬馬に引き継いでやってくれないか?引き継ぎが終わればそのまま直帰でいいからな。」


部長は満面の笑顔を私達2人に向けた。


和樹は迷わず「わかりました。」と答え、私はしばらく呆然とたたずんでいた。

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