第3話 KAKERA

 翌朝、数彦は飛び起きた。

 カーテンの隙間から差す日の角度から、時間を知ろうとしたが、薄暗かった。

「曇りか。予想は晴れだったじゃないか」

 壁の時計を見た。予定より寝過ごしたことがわかった。ソファーを見た。

「いない」

 少年は消えていた。毛布は几帳面に畳まれて置いてあった。立ち上がって、ソファーに近寄った数彦は、横のテーブルにメモ紙が置かれているのに気づいた。

「置手紙、か」

 手紙を拾い上げると、それを読みながら洗面台へ行った。

 安い部屋なので、洗面台とシャワーブースがひとつになっていた。

 洗面ボウルの脇に手紙を置き、指に痛みが走るくらいに冷たい水で、思いっきり顔を洗った。何かもやもやした思いを一緒に洗い流したかった。

 洗面台横のスチームパイプに乗せてほわほわに温めておいたタオルで顔を拭きながら、数彦は、そこに書かれた、やや右上がりの繊細な文字を読んだ。

 一泊への礼が、愛想もなく短く書かれていた。

 メモの最後に、「KAKERA」と署名らしきものがあった。

「これがあいつの名前、なのかな」

 数彦は声に出して読んでみた。

「か・け・ら。カケラ。欠片?」

 頭の中で、人の名前に置き換えようとした。

「カケラなんていう苗字はないよな。もしかしたら、珍名辞典にはあるのかな」

 数彦は、ゴミ箱にメモを捨てようとした手をとめ、もう一度、書かれている文字を読んだ。苗字でないのなら、名前ではないかと思った。

 そう考えると、心のどこかにささくれが出来たようないやな気分になった。

 もし、カケラなどという何の希望もないような名前を親から付けられたら、その子はどれだけ不幸な気持ちで一生を過ごしていくのだろう。

 数彦は頭を振り、メモをごみ箱に捨てた。

 KAKERAでも欠片でも、どうでもよかった。

 少年とは、もう二度と会うこともないだろうと思った。

 空腹を感じた。

 食事は、外で取ることにしていた。食事を部屋で取るには、定期的に食料を調達する習慣を身につけなければならない。それが数彦には堪えられなかったからだ。

 カーテンの隙間から、外を見た。

 なぜ、今日が薄暗かったのかがわかった。外は一面、霧に包まれていた。

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