第8話 ロイとトム①

 俺の名はロイロット=ブレイク。

 今日は買い物ついでにギルドの館のエト支部に立ち寄っていた。

 近々、アルニード王国へ出発するからな。その前にエリンちゃんやウォルクに挨拶をしておこうと思ったんだ。

 ユーリと共にエト支部の受付に来ると、少年少女が何やら手続きを取っていた。


「あ、ロイさん。ユーリさん、こんにちは」

「やぁ、エリンちゃん。新しい冒険者達か?」


 二人とも十五歳か、十六歳くらいか。

 まだまだ若い冒険者だ。

 少年の方はどこかで見た顔だな? 何かついさっき見たような……俺はちらっと横の壁に貼っているポスターを見た。

 そこには先代勇者と仲間達が描かれている。

 勇者の仲間の一人、剣士らしき青年がどことなく少年に似ていた。

 その少年もまた、背中に剣を背負っているところからして剣士なのだろう。少女の方は魔法使いなのか、先端が月形の杖を持っていた。


「はい、トムさんとノーラさんです。トムさんとノーラさんはB級の昇級試験に合格したんですよ」

「まだ若いのにもうB級か。将来有望だな」

「トムさんはA級の試験も余裕で合格出来そうなんですけど、誰かさんと一緒でB級まででいいって言うんですよねえ」

「……」


 やや不満そうに口を尖らせるエリンちゃんに、俺は目を逸らす。

 トムからは「おっさんもB級でやめたクチなのか。仲間だな」と仲間扱いされちまった。

 とりあえずは冒険者の先輩として、二人に合格祝いの言葉を贈る。


「合格おめでとう。B級になれば、充分いい仕事が入ってくるから生活も安定するぞ」



 俺の言葉にトムとノーラは顔を見合わせ、嬉しそうに笑った。

 うん、初々しいな。おじさんには眩しい二人だぜ。

 するとウォルクがこちらにやってきて俺の肩を叩いてきた。


「お前もいい加減昇級試験受けろよ」

「俺はまだ暫くB級でいいって」

「暫くってことは、いつか昇級試験を受けるつもりだな? 俺はいつでも待っているぞ」

「勝手に解釈すんな。とにかく来週にはアルニード王国行きの船に乗るからな。前にも言ったが当分は依頼を受けられないぞ」

「ああ、新婚旅行を楽しんで来いよ」


 いや、新婚旅行じゃねぇんだけどな。

 でもまぁ、実質新婚旅行のようなもんか?

 俺は横にいるユーリをちらっと見る。ユーリは恥ずかしそうに俯いていた。


「ロイ、じゃあ、旅行前に最後に一つ頼みがある。こいつら、B級の仕事をするのが初めてだから、最初だけでも一緒に付き添ってやってくれないか」

「ああ、それくらいなら。良かったな。こんな将来有望な冒険者がエト支部に入って来て」

「トムの方は元々トナート村の冒険者の館に名前を登録していたんだ」

「ああ、トナート村って新聞に出てたな。そこの職員が不正に高額の受験料をせしめていたみたいじゃないか」


 新聞によるとトナート村の村長とギルドの館の職員が逮捕されたらしい。

 村長は殺人未遂。弟と共謀して違法薬を高額で売りつけた罪。

 ギルドの職員はありもしない受験料を村人から徴収していた罪。

 

「受験料は村人全員払っていたのか?」

「ああ、村の決まりだって村長から言われていたから素直に支払っていたらしい。僻地にあって閉鎖的な村だったのが仇になったみたいだな」


 村人達の殆どは村を出ることはなく、一生を過ごす者が多かった。

 冒険者の仕事も周辺の森の魔物退治、便利屋のような仕事が多く、村内で済む依頼が殆どだった。

 トムとノーラもベルギオンにある薬屋以外は特に余所へ行くことがなかった。

 ベルギオンは物価が高いため貧しいトム達は他に買い物など出来なかったのだ。


「でも、なんで村長は殺人未遂なんかしたんだ?」


 俺が尋ねると、ウォルクはトムとノーラの方を見てから、何とも言えない表情を浮かべ話し始めた。


 ウォルクの話によると村長は溺愛する息子の願いを叶えるため、村で一番器量が良いノーラと結婚させようとしていたらしい。

 しかしノーラは頑なに結婚を断っていた。

 理由は……まぁ、仲睦まじそうに笑い合うトムとノーラを見ていたら分かるけどな。

 村長の息子ゲイルはどうしてもノーラが欲しいと父親に駄々をこねたらしい。

 息子を溺愛する村長は、ノーラが嫁がざるを得ない状況に追い込む為に、ギルドの職員に大金を渡し、トムには仕事を回さないようにさせた。

 しかも体調を崩した父親の病が治らぬよう、毒入りの薬を高値でトム達に売りつけて、一家が困窮するように仕向けていたのだとか。

 さらに邪魔なトムを始末する為に、偽クマとしてベルギオン闘技場に向かわせ、ゴリウスの怒りを買うよう画策していたのだという。

 しかもわざわざ【偽のクマがゴリウスの元へ来る筈だから捕らえてくれ】といった匿名の手紙までゴリウス宛に送っていたらしい。

 ただ偽のクマがトム達以外にも大勢いたのは、村長の誤算だったようだ。

 事の次第を聞いた俺はげんなりする。


「いい年して、好きな女を手に入れる為に親に駄々をこねる村長の息子と、そんな息子のために一家をとことん追い詰めて、しかも邪魔な人間を殺そうとまでする村長が気持ち悪すぎるんだが?」

「金の亡者だったギルド職員も大概だけどな。相当な受験料を村人達からせしめたらしい。賭博で儲けたから金も随分と貯め込んでいた。まぁ、お陰で村人達全員に払う必要の無い受験料を返すことは出来たが」


 ウォルクはふうっと溜息をつく。

 これで賭博に負けていて金が無くなっていたら、ギルドの資金から村人達に返さなければならない所だったのだから。

 村長や職員もトムを牢に入れるつもりが、まさか自分達が牢に入ることになるとは思わなかっただろうな。

 ノーラに懸想していたという、村長の息子ゲイルは父親が牢に入れられたことで、村には居づらくなり、夜逃げ同然で村を出たという。

しかし持っていた金銭は強盗に奪われた上に、袋だたきにされたのか、ボロボロの姿になってベルギオンの路地に倒れているゲイルの姿が発見されたそうだ。

 

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