最終話 ロイとトム②
「他の職員も似たような不正を働いているみたいで取り調べを受けている。トナート村のギルドの館は全く機能しなくなったから、何人かの冒険者は
トムの父親もまたエト支部の冒険者として既に働いており、今は遠方で仕事をしているらしい。
「そっか。トナート村からここまでは遠いから大変だったろう」
「ベルギオンよりは近いからまだマシだよ。しばらくはトナート村からここに通うことになると思うけど、ノーラが成人したら村を出てエトで暮らそうと思っているんだ」
「そうか、頑張れよ」
トムとノーラは父親と母親の再婚によって、今は義兄妹として暮らしている。けれどもノーラが成人したら親元を離れ結婚する予定なのだという。
ウォルクがトムの肩に手を置いて言った。
「トムはあのクマさん大運動会に出場したそうだ」
「ヘェー、クマサン大運動会。楽シソウデスネ」
「いきなり片言になるな」
「……」
クマネタのことになると、どうも口調が不自然な片言になっちまう。
だってまさか俺がクマに仮装して参加したことで、ベルギオンで大きな大会が開催されるまでになるとは思わなかったし。
トムは照れ臭そうに笑う。
「あの運動会のお陰でゴリウス様に気に入られて専属になったよ。週に一回は闘技場のマスコットとしてロビーや闘技場前で呼び込みをしている。あとニック=ブルースターさんとも、今度一緒にダンジョンを回る予定だよ」
「仕事ハ楽シイデスカ?」
「……さっきから何でカタコトなんだ? 仕事は楽しいよ。マスコットの仕事も大勢の人の注目を浴びるのは苦手だけど、クマの着ぐるみ着てロビーに立つくらいなら平気だし。何より子供達が喜んでくれるからね。あの憧れの英雄と一緒に仕事をするのも今から楽しみだよ」
俺はクマの運動会で7番のクマが大いに活躍したことが新聞に書かれていたことを思い出した。ただ、本人の希望で7番のクマの正体は伏せられているという。
もしかしたら、その7番のクマがトムだったのだろうか?
そうじゃなきゃ、ニックが仕事に誘うとは思えないし、あのおっさんが専属で雇うとは思えない。
何だか俺の身代わりになってもらった感じで申し訳ないが、トムの笑顔を見る限り仕事は楽しくやっているみたいだから良かった。
ウォルクの裏情報によると、ゴリウスのおっさんが、クマ(俺)に懸賞金をかけていた所、かなりの数の偽物が集まってしまったらしい。
本来なら罰を与えるところ、クマの格好で運動会に強制参加するなら許してやるとのことで、急遽大運動会が開かれたのだとか。
急遽行われたにも拘わらず、クマの大運動会は大盛況。
ウォルクは色々事情を聞いていく内に、トムもクマとして大運動会に参加したのを知ったのだとか。
でも一位だったことは自分から言わない所からして、トムもどちらかというと、俺と一緒であまり目立ちたくない性格なのだろうな。
「家族を養えるのであれば、俺としてはB級止まりでもいいかなって」
「お兄ちゃん欲がないんですよねー」
マジで考え方が俺に近いな。
まぁ、A級以上だとやたらに注目されるし、貴族や王族からの依頼も増えてくるからな。
敢えてB級止まりのままでいる冒険者は一定数いるのだ。
俺とトムを見比べて、ウォルクがぽつりと言った。
「お前等、何となく似てるな。年の離れた兄弟か?」
「「全然似てない」」
俺とトムは同時に否定し、そして同時に手を横に振った。
まるで連動したかのように動きが同じだったから俺等も驚いちまった
俺も孤児だし、親は不明だから年が離れた兄弟がいないとは言い切れないが……ただ俺よりもむしろ先代勇者の仲間に似ている気がする。
俺はちらっとギルドの受付の壁に貼ってあるポスターを見た。
近々先代勇者の誕生祭が王都で行われるので、それを宣伝するポスターが貼ってあるのだ。
そこには先代勇者とその仲間達の肖像画が描かれていた。
トムは勇者の仲間の中でも比較的若いおっさん、剣を持った戦士に顔がどことなく似ていた。
戦士の名前はトナート。
あの村の名前の由来だ。
悪い意味で有名になっちまったトナート村だが、新聞は同時に村の成り立ちも説明していた。
勇者の仲間だった戦士トナートは、魔王討伐の後、冒険者を引退し山で暮らすようになった。
トナートを慕う人々が近くに家を構えるようになり、小さな集落から村になったのがあの村の始まりらしい。
もしかするとトムは先代勇者の仲間だったトナートの血を引いているのかもしれないな。
魔王を倒したにも拘わらず名誉ある地位に就くことも無く、山の中で静かに暮らすことを好んだトナートの性格も、まんまトムは受け継いだ可能性がある。
俺はそんなことを考えていると、トムが小声でボソッと呟いた。
「兄弟というより親子だと思うな……この人、俺達の父親と同じくらいだし……ゲフッ!」
ノーラが肘で脇腹を突いて、トムの台詞を遮った。
「うふふ。すみません。お兄ちゃんと違って私はお仕事するのが初めてなので、案内してくださると助かりますー」
……そうか。下手すりゃ、こいつらくらいの年の子供がいても可笑しくないのか。
何とも言えない複雑な気持ちになりかけた時、横にいたユーリがクスクスと笑い出した。俺とトムのリアクションが全く一緒だったのが可笑しかったみたいだ。
「何だよ、ユーリ。そんなに面白かったか?」
「だって本当に親子みたいで……」
「あのな」
「僕たちに息子が出来たらこんな感じなのかな?」
「……っっ!?」
ゆ、ユーリ君!! 何の気なしにドキッとすることをっっ!
た、確かに将来的にはあり得る話だけどなっっ!
子供かぁ……俺よりもユーリに似た方が良いような気もするが。
ユーリが俺そっくりの子供を抱っこしている姿を想像すると……いや……まぁ、どっちに似ても可愛いか。
無意識にデレデレした顔になっていたのだろう。俺は突如ウォルクにがしっと頭を鷲づかみにされた。
「お前等いちゃついてないで、二人の付き添い頼んだぞ」
「分かった、分かった」
トムとノーラの初仕事は、村の家畜を襲うサーベルホワイトウルフ退治だった。そういえば、俺とユーリが初めて一緒に仕事したのもサーベルホワイトウルフ退治だったよな……妙な懐かしさを感じるぜ。
トムとノーラは俺達が見守る中、見事な連携でサーベルホワイトウルフを倒し、B級冒険者としての初仕事を無事に済ませた。
二人はその後も冒険者として順調に仕事を熟し、五年後にはエトの郊外に大きな家を買ったそうだ。
一方、ベルギオンではこれを機に毎年クマさん大運動会が開催されることになり、翌年からは参加希望者を募るようになった。
過酷なレースにも拘わらず、賞金欲しさに参加者は殺到。
また知名度や店の宣伝目的で参加する者や、大会の後援に名乗りを上げる組織も現れ、大会は年々スケールが大きくなっていったという。
運動会開催時は選手だけじゃなく観客や住人もクマの着ぐるみや、クマの帽子、クマのヘアバンドなどを着けて、クマの仮装を楽しむようになったそうだ。
クマさん大運動会 END
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