第3話 冒険者トム
やっぱりこんな無謀なことすんじゃなかった。
準備体操だけでも目が回りそうなのに、その後すぐ徒競走って……ヤバすぎだろ!?
でも、今はどうしてもお金が欲しい。
無謀だろうと何だろうとやるしかねぇ。
俺の名はトム=スコット。C級の冒険者だ。
C級の冒険者というのはなかなか金になる仕事が舞い込んで来ない。
せいぜい小さな魔物退治か、薬草採集、あとは荷物運びやゴミ拾いとかかな。
最近は金持ちの家の雑草取りもやったりして、殆ど便利屋みたいになってしまっている。
どの仕事も報酬は微々たるもので、俺はお金の工面に切羽詰まっていた。
もっと良い仕事を得るために、B級冒険者の昇級試験を受けたいけれど、受験料というものがいるらしい。
病気の父親の薬代を払うのが精一杯なこの状況でそんなものは払えない。
でもC級だとあまりお金になる仕事は入って来ないし、どうすりゃいいのか分からなかった。
そんな時、村の広場で『クマを見つけた人には五百万ゼノス』というビラを貰った。
しかも備考欄にはクマのパートナーは赤髪の若い女性と書かれていた。
「ウチが呼び込みの仕事で使っていたクマの着ぐるみがあるから、お前さんがそれをかぶってベルギオン闘技場のオーナーに会いに行けばいいんだよ」
クマの着ぐるみを着て、自分こそが懸賞金のクマだと名乗れば良い。
そんな馬鹿馬鹿しい提案をしてきたのは俺が住む村の村長だ。
何故か村長の家にはクマの着ぐるみがあったのだ。もしかしたら、息子のゲイルにせがまれて買ったものなのかもしれない。
ゲイルは幼い頃から我が儘で有名だった。
欲しいものは駄々をこねまくり手に入れていた。
村長の家には所々、大きな縫いぐるみが置いてあったりして、それは息子に強請られて買ったものだと言っていた。
良い薬屋を紹介してくれて、世話にはなっていたけれど、俺はあまりこの村長のことが好きになれない。
事あるごとに妹のノーラにゲイルと結婚するように迫っているのだ。
「さすがにそれは不味いのでは? ゴリウス=テスラードを騙すことになります」
「でもお前さんの仕事もここ一ヶ月ないだろう? 幸いこのクマのぬいぐるみは懸賞金に描かれているクマとうり二つだ。やってみる価値があるんじゃないのかね」
「……」
今度ベルギオンの薬屋横丁で病気の父親の薬を買ったら、いよいよお金がなくなってしまうことは確かだ。
もっと仕事がありつけそうな都会で働けたら……とも考えたが、トナート村のギルドの職員曰く、仕事にありつけても、C級のままだと報酬は微々たるもの。寄宿舎の部屋代で消えてしまうのが落ちだという。
一番近くの都会ベルギオンに行くのも半日かかるのだ。飛空生物に乗ればだいぶ違うが、そんなもの借りるお金はない。通いで都会に行くのは無理がある。
しかし仕事が無くてどうしようもないからといって、クマに化けて懸賞金を貰うというのも、どうかと思うのだが。
「そんなの駄目だよ。バレたら何をされるかわからないのに」
妹のノーラが俺に抱きついて大反対の声を上げた。
村長の後ろに控えるゲイルの舌打ちが聞こえる。ノーラが俺にくっついているのが面白くないのだろう。
村長は笑顔を浮かべノーラに言った。
「ノーラちゃん、もしバレた時は私がゴリウス様の元へ行って事情を話すことにする。君たちの苦しい状況を知ればゴリウス様も許してくださる筈だ」
「で、でも……」
すると村長はニコニコと笑いながら、ノーラの顔を覗き込む。
そして一際優しい声で提案をする。
「もしノーラちゃんがゲイルと結婚してくれたら、身内として助けてやれることもできるんだけどね」
「俺がクマとして、ゴリウスの元へ行ってみる」
間髪入れず俺は言った。
村長の息子は女遊びが激しく、金遣いが荒い。そして村人にも横柄で既に三度も離婚している。
そんな奴のところに妹をやるわけにはいかない。
(何よりも……俺はノーラを……)
その時ゲイルがニヤリと笑った。
何だか嫌な笑いだな。
するとノーラが俺をかばうように前に出て、胸を叩いて言った。
「だったら、私も行く! クマにはパートナーの女性がいたんでしょ!? 私が髪の毛の色を変えて変装するから」
「いや、ノーラちゃんはここにいた方が……」
ゲイルはノーラまで危険に晒したくは無いと思っているのか、焦っているみたいだった。
「何で? 私もゴリウス様に捕まったら、村長さんが助けてくれるんでしょ?」
ノーラの問いかけにゲイルは「ぐっ」と言葉を詰まらせた。
妹は幼い頃から魔法が得意で、受験料のことがなかったらとっくに冒険者になれていた筈だ。
父親が病気にならず、冒険者として活躍していれば支払えていたのだが。
無謀なことをしているのは分かっていたが、ギルドからの依頼も来ない今、他に方法も思いつかず、村長の提案に乗ることにした。
しかし――
「君、まだ十五歳くらい? ……でも、もう考えれば分かるでしょう? バレた時のリスクってものを考えないと駄目だよ」
面接の時点で、もうバレていた。
ゴリウス=テスラードの側には上級の魔法使いがいて、すぐにノーラが魔法で髪の毛の色を変えたのを見破ったのだ。
俺と妹は賞金をだまし取ろうとした罪で、相応の罰を受けることになる。
「お願いします。どうか妹だけは……」
「お兄ちゃんは駄目! ゴリウス様、罰するのは私だけにしてください」
懸命に訴える俺達を見てゴリウスは肩を竦めた。
茶番でも見ているかのような反応だ……この人を騙した俺達が悪いわけだから、そんな反応されても仕方が無いか。
ゴリウスは俺の顔を覗き込んで問いかけてきた。
「選ばせてあげますよ。ここで罰を受けるか、今日の大運動会に参加するかどっちかを選んでくださいね」
「罰とは具体的には?」
質問する俺にゴリウスはにこにこ笑って親指で首を切る真似をした。
――実質、大運動会の強制参加って奴だな。
「何、そんな難しいことではありません。そのクマの格好をしたまま大運動会に参加してくれればいいのですよ」
「……」
南国で着ぐるみを着て行動するのはかなり辛そうだ。
しかし出来ない仕事ではない。
他に選択肢もないので大運動会に参加する方を選んだ。
だが、それが地獄の始まりだった。
まずはハードすぎる準備体操。
着ぐるみでその場駆け足、スクワットや腹筋、腕立て伏せなどの種目が一時間ほど続いた。
それから行われたのが徒競走。
いつも食料になる魔物を追いかけて山の中を駆け巡っているし、荷物持ちといった力仕事なんかしょっちゅうだし、急ぎの荷物を届ける仕事もしていたから走りにも自信があった。
着ぐるみではさすがにいつもの走りは発揮できないけれど、クマ越しの視界から見た限り俺を追い抜くクマはいなかった。
『一着、7番!!』
そういうわけで徒競走はぶっちぎりの一位。
客席からは歓声が聞こえる。
うわ……こんな歓声を受けたのって生まれて初めてかも?
なんかこういうの、恥ずかしいというか、ちょっと苦手だ。
「お兄ちゃん、頑張れー!!」
クマのパートナーである女性陣は客席で応援している。
ノーラの声援が聞こえてきて、気恥ずかしい気持ちが一気に吹き飛んだ。
どんなに多くの声援よりも、妹の声援が一番嬉しい。
こうなったら優勝して、百万ゼノスを頂くことにする。
そうすれば、しばらくは父さんの薬代にも困らないから。
絶対に、絶対に優勝してやる!!
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