第2話 クマさん大運動会開始

『さーて急遽開催されることになりました、クマさん大運動会。ご覧ください。闘技場にはざっと百頭のクマさんたちが整列をしています。今回解説としてニック=ブルースターさんに来ていただいています』


 音響効果のある魔石に向かって実況する青年。

 その声は闘技場の客席の隅々まで響き渡る。

 その隣ではニック=ブルースターが瓶に入った水を一口飲んでから、魔石に向かって喋り始めた。


『常夏の国で着ぐるみの運動会。地獄絵図になる予感しかしねぇな』

『ニックさんはどのクマさんが勝ちそうな気がしますか?』

『知らねぇよ。ま……一つ言えることは、ここにはいないことだけは確かだけど』

『本物のクマさん?』

『いや、こっちのことだ。ゴリウスのおっさんも酷な……いや、面白い試みをはじめたな』


 ニックはニヤッと笑いながら闘技場に整列するクマたちを見渡していた。

 整列するクマの前に側頭部と後ろの髪の毛を残したハゲ頭の指導員が号令台の上に立ち、音楽に合わせて体操を始める。


「まずはジャンプ いち、に。いち、に……」

 

 百頭のクマたちは一斉にジャンプをする。

 どすん、どすん、どすんと着ぐるみの重みで百頭のクマの足音が響く。

 

「はい次は身体を右に曲げて。手を伸ばす。横っ腹が伸びるのを意識して」


 指導員のおっさんの動きに合わせ、クマたちはそろって身体を右に、そして次は左に曲げる。

 その仕草が妙に可愛く客からは拍手が起こる。


「クマさんが体操している!!」

「皆、動きがそろっていて可愛い!!」

 

 その様子を見てゴリウスも満足そうに頷く。

 この絵面だけでも充分に見応えがある大会ではないか。

 その後も百頭のクマたちは指導員の動きに合わせ、身体をひねったり、両手を上げ下げを繰り返していた。

 そして指導員の両目がキランと輝く。



「はい、次は高速駆け足~!!」


 指導員は手足を高速に動かしその場で走る動作をする。

 クマたちは懸命に手足を動かすが、一分もしたら動きが鈍くなりふらふらになる。

 既に汗だくのクマたち。次に指導員は腕立て伏せの動作を始める。


「はい、次は腕立て伏せ十五回~!!」

「次は腹筋十五回~!!」

「スクワット十五回!!」

「はい、もう一回スクワット十五回~!! 二周目行くよ~!!」


 クマたちは汗だくになりながらも、なんとか指導員の動きに合わせるが、この時点で早くも脱落者が現れる。

 バタンッと大の字になって一頭、また一頭とクマが倒れ始めた。

 ハードな準備体操はそれから一時間ほど続いた。


『おっと、またもやクマさんが倒れました。選手番号5番のクマさんです。5番のクマさん脱落しました』

『そりゃ着ぐるみでスクワット、腹筋、腕立て伏せはエグいって』

『続けて24番、11番……それから6番のクマさんも倒れました。過酷な準備運動で生き残れるのはどのクマさんでしょうか?』

『……準備運動から既に地獄だな』



 闘技場内は魔法使いが冷風を送っているので観客は過ごしやすい環境だが、着ぐるみのクマたちにとってはそれでも暑く、目を回して倒れる者が次々と現れた。

 だが、中身が頑丈な者もいるようで、まだ余裕のクマ達も何人かいた。


『次は徒競走です。ご覧ください。クマさん達が並んで可愛いですね。どのクマさん達が勝つと思いますか?』

『だから知らねぇよ。どのクマも同じにしか見えねぇし』


 ニックはふうっと溜息を吐いて、ぞろぞろとレーンに並ぶクマ達を眺める。

 解説してくれと言われても、正体不明のクマの着ぐるみを着た奴らを相手に何を解説したらいいか分からないのだ。


(なかなか先生みたいな人は出て来ないよなぁ……)


 ニックが先生と仰ぐロイロット=ブレイク。

 彼の凄みはクマの着ぐるみ越しでもビンビンと伝わったものだ。

 百頭のクマ達にはそういったものを感じる奴は一人もいない。


(せめてもう少し骨のある奴が現れたら面白いんだけどな)

 

 ニックは思わず欠伸をかみ殺す。

 クマの体操は見ていて可愛いものではあるが、最後の方は退屈になってきた。

 自分に解説を依頼したゴリウスからは、とにかくいてくれればいいから、とだけ言われている。

 徒競走コースは全部で五レーン。闘技場を一周するコースだ。

 そして闘技場に号砲が鳴り響き、クマ達は同時に走り出す。

 

『今、スタートしました! おっと98番のクマさん転んでしまった! 他の選手たちも何だか走りづらそうです」

『着ぐるみで軽やかに走れる奴なんているわけ……』

『おっとここで、トップに出たのは7番のクマさん。7番のクマさんです。おおおおお、速い速い速い!何という俊敏な動きでしょう!!」


 実況の青年が興奮気味になるのも無理は無く、7番のクマは両手足を高速に動かし、砂煙を立てて走っているのだ。

 7番のクマは誰よりも速くゴールインした。

 観客達からは声援、拍手が送られ、ゴリウスも何とも興味深そうに7番のクマに注目をしていた。


『7番のクマさん、圧倒的でしたね』

『やるなぁ、着ぐるみ着てあの猛ダッシュは相当な身体能力だぜ?』


 ニックは7番のクマに注目をする。

 あの準備体操を乗り越え、今の猛ダッシュ……中身はかなりの実力者ではないかと思われる。

 ニックはニヤッと笑って呟いた。


「7番のクマさん、どんな奴か興味あるな……」


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