第4話 冒険者の妹ノーラ
お兄ちゃんが徒競走で一位になった!
格好良かったなぁ、見た目はクマの縫いぐるみで可愛いんだけどね。
お兄ちゃんは冒険者としてはC級だけど、お金があれば昇級試験を受けてもっと上のクラスに行けた筈だから。
声援を受けているお兄ちゃんを見ていると私も誇らしい気持ちになる。
でもお兄ちゃんはあんまり目立つことが好きじゃない。
まぁ、クマの着ぐるみを着てるから、皆には正体もバレていないのが幸いだよね。
私の名はノーラ=スコット。
冒険者でいうとB級くらいの魔法使い。
冒険者の試験を受けたことがないので何とも言えないんだけど、三年前亡くなった魔法の師匠が今の私の実力はそれくらいだって教えてくれた。
私は今、客席を離れ、飲み物を買いに行っていた。
いっぱい運動して喉が渇いている筈だから、何か飲み物を買ってこないと。
確かロビーの隅にある売店に塩入の果実水が売っていたはず。
お金は出来るだけ節約したいけれど、お兄ちゃんが脱水症状で倒れたら大変だからね。
徒競走が終わった後は二十分間の休みがあるので、飲み物を渡す時間は充分にあるのだけど、出来るだけ早く届けてあげたい。
気持ちが焦っていたので、気づいたら急ぎ足で廊下を走っていた。
前をよく見ていなかった私は、ロビーを出たところで誰かとぶつかってしまった。
「おっと、ゴメンよ。お嬢さん」
ぶつかったひょうしに、ウエストバッグの中に閉まっていた回復薬の袋が飛び出て散らばってしまった。
ああ、薬屋横丁で買っておいた回復薬が……。
でもその前にぶつかってしまった人に謝らなきゃと思い、私はペコッと頭を下げた。
「ごめんなさい! 急いでいたから前をよく見ていなくて」
「こっちこそゴメンよ。周辺にいるクマさんたちに気を取られて前を見ていなかったから」
確かにロビーには、飲み物を飲んだり、ソファーの上で仮眠をとったり、休憩しているクマさんが沢山いた。
それにしても、どこかで聞いたことがある声だけど、どこで聞いた声だっけ?
お辞儀をしていた頭を上げ、ぶつかってしまった相手の顔を見た私は、思わず「あ!!」と叫びそうになった。
に、ニック=ブルースターだ。
さっき解説席に座っていたのを遠くから見ていたけれど、近くで見るとやっぱり格好いい。
「この薬はお嬢さんのかい?」
「は、はい。病気の父の薬なんです」
英雄に声をかけられたものだから、私は緊張して上ずった声で答えていた。
ニックはそんな私にクスッと笑ってから、回復薬を拾い上げ私に尋ねてきた。
「随分小さい回復薬だな。これじゃ、あんまり効果はないぞ?」
回復薬の錠剤を指でつまみ、しげしげと見詰めながら言うニックに、私は吃驚して目をまん丸くする。
「え!? で、でも、この薬、村長さんのお勧めで、病に一番効くって聞いています」
「へぇ、村長さんねぇ……ちなみに君は何処から来たの?」
「トナート村です」
「ああ、村で唯一ギルドの館がある所か」
トナート村は昔、勇者の仲間だった冒険者が作った村だから、珍しく冒険者ギルドの館がある村なの。でも村の人達は冒険者として登録している人は少ない。いたとしてもC級かE級の人が多いかな。
畑を荒らす魔物を退治したり、魔物を退治して牙や毛皮を売ったり、薬草採りをしたりと村内での仕事が多い。
だから村から外に出る人は少なくて、私やお兄ちゃんも薬を買いにベルギオンの薬屋横丁に行くくらいだ。
ベルギオンは面白そうなお店がいっぱいあるし、薬屋も色々あるから見て回りたいけど、村長さんからは都会は怖いところだって何度も注意されていたし、そもそも他の店のものを買うお金もない。何より早く病気のお父さんの元に帰りたいから、すぐに村に帰っていた。
だから今回初めて薬屋以外の場所に来てドキドキしていた。
「もしかして、君のお兄ちゃんは、クマさんとして出場しているのか?」
「は……はい。どうしてもお父さんの薬を買うのにお金が欲しかったので。薬代、毎月三万ゼノスかかるから」
事情を話しながら私は急に恥ずかしい気持ちになった。
クマとして運動会に参加しているということは、ゴリウス=テスラードを騙そうとした偽クマってことだから。
運動会を見に来ているお客さんの大多数はそういった事情は知らないけれど、ニックは多分私達が懸賞金ほしさにここにきた人間であることは知っているだろう。
お金に困っていたからといって、人を騙すようなことをするんじゃなかった。
事情を聞いていたニックは訝しげに眉を寄せる。
「薬って、この回復薬だよな? こいつが三万ゼノスもするってか?」
「はい。村長さんの弟さんが売っている薬で、よく効く薬だから、他のより高いそうです」
「……そうか。良かったら、そのお店の名前教えてくれるか? 俺も凄く興味があるから。お嬢さん、しばらくの間この薬、一粒借りてもいいかな?これと同じ薬が欲しいから」
「もちろんです! 貴重な薬ですが、後で返して頂けるのであれば。薬屋の名前はトナートです。薬屋横丁にあるお店ですけど、私達が住む村の名前がついているんです」
ベルギオンの薬屋横丁にある薬屋トナート。
英雄ニックがご贔屓さんになってくれたら、店長さんも喜ぶかも。
「貴重な情報ありがとう。ぶつかったお詫びと、耳寄り情報をくれた御礼にジュースおごらせてよ」
「え……でも……」
私は知っていることを教えただけだ。
ジュースを奢ってもらう程のことはしていないんだけど。
でも正直、節約したい私としては凄く助かる……ちょっと悪いな、と思いつつもニックの後に付いていく。
「君のお兄さんもクマさんとしてがんばっているから、お兄さんの分も買ってやるよ。ちなみに何番のクマさん?」
「な、7番です! 徒競走で一位になったんです!!」
「うお!? あの7番のクマか! 君のお兄さんって年いくつなんだ」
「今年で十六歳です」
「十六であの体力、あのスピードは凄いぞ。冒険者ランクはいくつだ?」
「C級です。昇級試験を受ければもっと上のクラスに行けると思うのですが、受験料を払うお金がなくて……」
「受験料? ギルドの試験に受験料はいらないぞ?」
「え――」
私は一瞬、頭の中が真っ白になった。
ギルドの試験って受験料ないの?
「でもいつもお兄ちゃんに仕事を回してくれるギルドの職員さんは受験料がいるって言ってたし、村の人達も受験料払って昇級試験を受けていた筈だけど」
「そっか……トナート村のギルドの館ね」
一瞬、ニックの顔が少し怖くなった。
だけど私と目が合うとすぐににっこり笑って、果実水が売っている売店の前に立った。
「お嬢さん、どのジュースがいい?」
「ほ、本当にいいんですか? 買って頂いても」
売店で売っているジュースはいくつか種類があった。
私はメニュー表に書かれている水色の塩入果実水を指さした。
ニックはお金を払い、お姉さんから果実水が入った瓶を受け取ると、それを私に渡してくれた。
この果実水を飲んでお兄ちゃん、元気になってくれるといいな。
「あ、そうだ。お兄さんにこれを渡してくれるか?」
ニックが私に渡したのは巾着袋だ。その中には豆粒くらいの大きさの丸薬が沢山入っている。
あれ?
私が持っている回復薬と似てる。でもニックが持っている薬の方が大きい。
「さっきぶつかったお詫びだ。俺がいつも使っている回復薬だ。疲れている兄ちゃんに飲ませると良い。回復薬を飲んだらいけないという規則はないから心配するな」
「え!? で、でも……私が貸したお薬より大きな粒……こんな高価なもの……それに……こんなに沢山」
「俺からの応援だと思ってくれ。俺は7番のクマさんのファンだからな。残った薬は病気の父親に飲ませると良い」
ニックがお兄ちゃんのファン!?
お兄ちゃんが聞いたら嬉しさのあまり気絶しちゃうかも!?
今の言葉は運動会が終わってから教えた方がいいかもね。
お兄ちゃんの笑顔を思い出し、顔を綻ばせる私を見てニックが言った。
「君って俺が知っている娘によく似てるな」
「私に似ている方がいらっしゃるのですか?」
「ああ。君みたいにクマさんにジュースを持って行く所だったんだ」
クマさん?
も、もしかして懸賞金にかけられている、本物のクマさんのことかな?
そのクマさんは、綺麗な赤毛の女の人とコンビを組んでいたって話だ。
私はクマさんのパートナーである赤毛の女性に化けるため、魔法で金色の髪を赤毛に変えたんだよね。
でも、闘技場専属の魔法使いにすぐ見破られちゃったけど。
私はふと気になって尋ねた。
「その女の人のこと好きだったんですか?」
「ああ、もちろん。クマさんも好きだし、彼女のことも好きなんだよなぁ……出来たら夕闇の鴉の仲間になって欲しいんだけど」
クマさんのことも好きなんだ……どうも私が思っている“好き”とは違うみたい。
英雄ニックに認められる本物のクマさんとパートナーの女性……さすが懸賞金をかけられるだけのことはあるなぁ。
どんな人達なんだろう? 会ってみたいなぁ。
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