第47話 結婚式
エルディナ神殿
創造神の妹、エルディナ神を祀るこの神殿は、人々が結婚式を挙げる場でもある。
俺はその神殿の控えの間にいた。
今まで着たことがない真っ白なジャケット姿の自分を鏡で見て、理髪師の力量に感心する。
髭も綺麗に剃って髪もセットしてもらった俺は自分でも別人かってくらいに垢抜けていた。
理髪師は仕上げに白ジャケットの胸ポケットに白薔薇を挿してから親指を立てて片目を閉じている。
その時、控え室のドアがバンッと開く。
「先生、この度はご結婚おめでとうございます!!」
爽やかな笑顔で突入してきたのはニック=ブルースターだ。
理髪師の兄ちゃんがびっくりして、俺とニックを交互に見ている。
何しろニックはスーパースターだからな。英雄と知り合いなのか!? と言わんばかりだな。
「何だよ、ニック。こんな所まで来て」
「今日は結婚式に招待してくださってありがとうございます!」
「だってお前が招待しろって煩いから……」
「仲間と一緒に盛大にお祝いしますから!!」
「……」
両手の拳を握りしめ、頬を上気させ目を潤ませるニック。
やっぱこいつ熱苦しいな。
あれから俺達はウォルクの強い勧めもあり、結婚式を挙げることになった。
とは言っても俺もユーリも身内や親戚がいるわけじゃない。
孤児院で育った兄弟みたいな奴らはいるが、遠くに住んでいるからな。気軽に来いとは言えない。
だからウォルクとその奥さんに立ち会ってもらうつもりでいたのだけど、ある日ニックがウチにやってきて稽古の日時を決めようってことになった時に。
「先生、来月の一日はどうですか?」
「あー、その日は駄目だ。実はユーリとの結婚式があるんだ」
「何と!? おめでとうございます!! 式は何時からですか!? 俺も行きます!!」
「え!?」
「俺は先生の一番弟子です! 是非結婚式に参加させてください!! 先生の晴れ姿を見たいです!!」
と言ってきたのだ。
この手の人間は招待しておかないと後で拗ねる気がしたので、俺は結婚式の時間を教えることにした。
そしたら夕闇の鴉のメンバーからも祝いの品が送られてきたので、彼らも招待することになっちまった。
あいつらそこまでの知り合いでもないのにな。ニックの先生は俺達の先生、とか思っているのだろうか?
理髪師の兄ちゃんは不思議そうに俺とニックを見比べながら部屋から退出した。
ドアが完全に閉まったのを見計らい、ニックはにんまりと笑って言った。
「先生、ついにやったんですね」
「やったって?」
「勇者ですよ。勇者のパーティー全滅させたの先生でしょ!?」
「……え……何で勇者のことがお前の耳に?」
「だって、あいつらエンクリスの宿でずっと寝込んでいたらしいですよ。かなりボロボロにやられてたから、魔王とやりあったんじゃないかって噂されてますけどね」
あー、あいつら、何とかエンクリスの町まではたどり着いたんだな。
勇者のパーティーがボロボロになってエンクリスの町にやってきた事は随分と噂になったみたいでニックの耳にも届いていたようだ。
ニックが目をキラキラさせて俺に尋ねてくる。
「俺は先生がやったと思っているんですけど」
「俺知ラナイ 俺ソノ時仕事シテタ」
「先生、棒読みになっていますよ。俺に隠さなくてもいいでしょ? 魔王はまだネルドシス大陸から出て来ていないことぐらい分かってますから」
「なんでお前がそんなこと知っているんだ?」
「一応、魔族のツテもあるんで。魔族も人間と敵対している奴ばっかりじゃないんですよ」
得意げに話すニックに俺は首を傾げる。
ニックは確か家族を殺されたとかで魔族に恨みがあったはず。
「お前、魔族を憎んでいるんじゃなかったのか?」
「人間に敵意を向ける魔族は憎んでいますけど、友好的な魔族にはそんな思いは抱いていませんよ。人間だって憎い相手もいれば、そうじゃない相手もいるでしょ?」
「ああ、そうだな」
それを聞いて俺も安心した。
魔族の中には争いごとを嫌う奴も少なくないからな。
魔族との和平を望んでいる人間も多い。人間と魔族の夫婦もいるくらいだからな。
魔王を倒す目標はあるにしても、魔族全体を敵だと考えていないのはいいことだ。
あーあ、ヴァンロストじゃなくてこいつが勇者だったら良かったのにな。
そんなニックには本当のことを言わない限り、解放してくれそうもないので話すことにした。
「俺からユーリを力尽くで奪おうとしたからな。勇者達に軽くお仕置きをしておいた」
「お仕置きレベルの怪我じゃないみたいですけどね!! でも流石先生です!!」
「……」
言っていることに嘘はない。
俺は軽く魔法を一発使っただけだ。
その一発が、一国が率いる大軍を吹っ飛ばす程の威力はあったかもしれんが、俺的には軽く一発お見舞いしただけだからな。
その時ドアをノックして、一人の少女が入ってきた。
いや、少女じゃなく、少女のような姿をしたエルフ族の女性、コンチェだ。
「あんた達、いつまで話しているんだよ。花嫁さんの準備出来てるよ」
俺が花嫁の控えの間に行くと、そこにはウエディングドレスを纏ったユーリがブーケを持って立っていた。
ま……眩しくて、まともに見ることができねぇ。
綺麗だ。
綺麗すぎる。
この世のものとは思えないくらい綺麗な花嫁だ。
今すぐ抱きしめたいが、せっかくの衣装がくしゃくしゃになったらいけないからな。
俺はゆっくり近づいてユーリの手をとった。
そして手の甲に口づける。
ユーリの頬がバラ色に染まった。
俺はそのままユーリの手を引いて神殿の礼拝堂へと向かった。
◇・◇・◇
礼拝堂の席にはウォルクとその奥さん、エリンちゃん、それから夕闇の鴉のメンバーが俺達を出迎えるかのように拍手をしてくれる。
式を執り行う神官は夕闇の鴉のメンバーの一人だ。
女神像の前に立つその青年は優しい笑みを浮かべ、まずは俺に問いかける。
「神に仕える神官として問います。ロイロット=ブレイク、あなたはユーリ=クロードベルを妻として迎え入れ、生涯を共にすることを誓いますか?」
しん、と静まりかえった空間の中、俺は目を閉じて一言答える。
「誓います」
神官は一つ頷いてから、今度はユーリに問いかける。
「ユーリ=クロードベル。あなたはロイロット=ブレイクを夫として迎え入れ、生涯を共にすることを誓いますか?」
ユーリはブルーパープルの目に涙をにじませながら、掠れそうな声で一言答える。
「誓います」
神官は頷いてからビロードの箱を俺達の前に差し出した。
中には既婚の証である指輪が入っている。
ここで指輪への注意事項が神官の口から告げられる。
「 なおこの指輪は離婚した場合、神の元に返さなければなりません」
神の元というか、ギルドに返せってことだな。
離婚後も結婚の証である指輪を持つことは禁じられているのだ。
冒険者の証しである魔石と同様、勝手な売却は禁止。不正に手に入れたことが判明した時は高額の罰金、もしくは鉱山労働という罰則があるという。
「では指輪交換を」
指輪を取り出しユーリの薬指にはめると、次の瞬間大きめだった指輪はぴったりサイズになる。
ユーリも指輪を取り出して俺の薬指にはめる。たまたまサイズが合っていたのか、指輪の大きさに変化はなかった。
神官が祈りを捧げる中、指輪交換を終えた瞬間指輪が輝いた。
「「!?」」
何故指輪が輝いたんだ?
指輪交換したら光るものなのか?
俺は思わず神官の方を見る。
どうも神官も驚いているようでじっと俺とユーリの指輪を見つめていた。
「驚きました……まさか、指輪が輝くとは」
「滅多にないことなのか?」
尋ねる俺に神官は頷いた。
「私もこの目で見るのは初めてです。結婚指輪は神官が祈りを捧げ、エルディナの祝福を受けて初めて効力が発揮されるようになります」
この指輪は攻撃力の上昇、魔力の消費の軽減という効力があるが、そいつは神官が祈りを捧げないと発揮しないようになっているみたいだ。
「不思議な話なのですが、エルディナの祝福を受けた指輪はお互いの愛情が深いほど、強い力を発揮するそうです。あなた達はエルディナにとても祝福されているようですね」
神官に言われ俺とユーリは顔を見合わせ、頬を赤くする。
すると後ろにいたウォルクが言った。
「反対に夫婦愛が冷めたら効力がなくなるからな 。愛のない結婚もそうだ 。俺達のように効力がずっと続くよう仲良くしろよ」
お節介ウォルクの隣では、小柄なエルフ族の奥さんがニコニコ笑っていた。
ユーリは少し驚いたような小声で「エルディナ……」と呟く。
彼女はしばらくの間指輪をじっと見つめていたが、やがてその目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「ユーリ?」
声をかける俺にユーリは、はっと我に返り、涙を指で拭って言った。
「ごめん……何故かエルディナという名前を聞いたら涙が出てきて」
「ユーリ……」
「僕はとても幸せだよ」
何故エルディナという名前を聞いて涙が出てきたのかは気になったが、嬉しそうに笑いかけてくるユーリに、何ともいえない愛しさを感じた。
だから俺は自分も同じ気持ちであることをユーリに告げることにした。
「俺も幸せだよ、ユーリ」
そして――
誓いのキス。
人前でキスをするなど、もの凄く恥ずかしいのだが儀式だから仕方がない。
俺はユーリの両肩に手を置いて唇を重ねた。
礼拝堂に拍手と歓声が起きる。
……ん?
歓声?
そんなに人数いなかったよな?
俺がぎょっとして席の方をみると、いつの間にか結婚式を手伝っていたギルド職員や、顔見知りの冒険者、さらに顔見知りでもない冒険者達も集まっていた。
その昔俺が育った孤児院の隣には小さな神殿があった。そこで結婚式があった時も、祭りに参加するノリで通りすがりの人が結婚式に途中参加していたのものだが。
結婚式ってこんなに人が集まるもんなのか?
「なんか照れくさいね」
照れ笑いするユーリに俺も思わず笑ってしまう。
今までは注目されるような派手なことは避けたいと思って生きてきた。
けれども祝福してくれるたくさんの人々の笑顔を見ていたら、まぁ、たまにはこういうのもいいか、とも思えた。
ふと視線を感じたのでそちらへ目をやると、結婚の女神であるエルディナの像が俺達を祝福するかのように微笑んでいるように見えた。
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