第48話 その後の勇者達


 ゴミクズが……

 ゴミクズが……

 ゴミクズが……



 その言葉は呪いのように、事あるごとに勇者ヴァンロストの頭の中で繰り返されていた。

 ロイロット=ブレイクが放った爆破魔法を食らった瞬間、ヴァンロストは完全に死んだと思った。

 一瞬、幼い頃から今までの出来事が脳内に蘇り、意識が飛んだのだ。

 辛うじてまだ生きていたが全身はボロボロ。

 回復薬をいつもより多く飲んで何とか動けるようになったが、まだ節々が痛い。身体は完全に回復しなかった。

 ローザは自分が持っていた回復薬を全て飲んで動けるようになると、瀕死状態だったイリナとカミュラを治療し始めた。

 勇者一行と行動を共にしていた時は攻撃役の彼女だったが、どんなパーティーと組んでも適応できるように治癒魔法の心得もあった。

 

「あたしがいるのに、勇者のパーティーを死なせたってことになったら寝覚めが悪いからね」


 イリナとカミュラはローザの手による治癒魔法と大量の回復薬を使い、どうにか動けるまで復活した。

 そうして夜が来る前に何とかアイスヒートランドを脱出し、エンクリスの町にたどり着いた勇者一行は宿でずっと寝込んでいたのだった。

 薬屋に売っている回復薬を購入し、追加で飲んで身体は良くなってきたものの、何よりも精神的なダメージが大きかった。

 

 ただ一人、ローザだけは肉体的なダメージのみで、精神的なダメージは殆どなかった。

 最初の段階で気を失っていたので、爆破の恐怖を味わっていなかったというのもあるが、目が覚めたら身体がボロボロになっている自分を見ても「やられたわね……ま、生きてるだけもうけもんか」と呟いただけで平然としていた。

 元々強靱な精神の持ち主なのだろう。

 

 それから何日経ったのか分からない。

 身体が完全回復したヴァンロスト達はまず身なりを整えることにした。

 服は防具屋で新品の服が買えたからいいが、毬栗のような頭は整髪料で調えてもやっぱりトゲトゲとしてしまう。

 

(潔く丸刈りにして、カツラをかぶった方がいいのかもしれない)


 そう考え再び防具屋を訪れたが、あまりいいカツラが売っていなかった。

 置いてあるカツラはブロッコリヘアか、キノコヘアのみだ。

 フルフェイスのマスクがないか、と店員に尋ねたら、やたらにクマの着ぐるみをすすめられた。

 もちろん因縁のクマの着ぐるみなんかゴメンなので断ったが、店員はやたらにしょんぼりしていた。


 新たなカツラを手に入れるまでは仕方がないので毬栗頭のままでいることにした。

 通りすがりの子供が「ウニだ、ウニだー!!」と自分を指さしているが、取りあえず今は我慢するしかない。


 勇者より十日ほど遅れて回復したイリナとカミュラ。彼女たちも真っ先に向かったのは美容室だ。

 イリナはショートヘア、カミュラも髪を切りそろえた。

 そしてエンクリスの中でも最も高価な装備を買ったり、新しいアクセサリーを買ったりするなどして、ひたすら浪費していくのだった。

 ローザは特に美容室に行くこともなく、ちりちりの髪を一つに結ぶと不思議と何となく様になる髪型になっていた。装備は収納玉に予備を収納していたらしく、全く同じ装備を身に付けている。


 そして現在、全員揃って酒場の個室で夕食をとっているところだが、ヴァンロストは、麦酒を一気飲みしてから大きく息を吐いた。

 いくら酒を飲んでもあの時の恐怖を拭いきることができなかった。


 忘れられないのが、ロイロット=ブレイクのあの冷ややかな視線。

 目が合った瞬間、動けなくなった。

 ヴァンロストの背筋に悪寒が走る。

 蛇に睨まれたカエルどころではない。

 あの目はまさにゴミクズでも見るかのような目だった。

 今まで戦ってきた魔物や魔族などとは比べものにならない重圧を感じた。

 あの男の前では本当に自分がちっぽけな存在にすぎないくらいに力の差を感じたのだ。


「ユーリ……」


 美しくなったユーリの顔を思い出したヴァンロストはぽつりと呟く。

 幼い頃、ユーリが美少年だと思っていたヴァンロストは、彼(彼女)に前髪を切ることを禁じた。女性の視線が自分よりユーリの方へ行くと分かっていたからだ。

 しかし前髪を伸ばしただけではユーリの綺麗な顔はなかなか隠しきれなかった。

 だから身なりも整えさせないようにした。

 新しい服を買うことを禁じ、食事もろくに与えなかった。

 思った通り、ユーリは貧相な男になり、女達は寄って来なくなった。


 まさかそのユーリが女だったなんて。

 髪を整え、前髪も切ったユーリは目を瞠るほど美しかった。

 何故、何故、今まで気づかなかったのか!! 

 早く気づいていれば、追放なんかしなかった。

 

 

 ダンッ!!


 ジョッキをテーブルに叩きつけるヴァンロストに、向かいに座るイリナはびくんっと肩を振るわせる。

 窓際でワインを飲むローザは肩を竦めた。


(まさかあの坊やが女の子だったとはね……あたしでも見抜けなかったくらいだから、相当うまく化けていたよね)


 しかも彼女は勇者の衝撃波魔法を食らって吹き飛ばされても無傷だった。

 あの攻撃をうけて無傷でいられる冒険者は恐らくニック=ブルースターぐらいだ。

 役立たずなE級冒険者どころか、かなりタフで優秀なS級冒険者ではないか。

 逃がした魚は大きいとは言うが、この場合は手放した魚は大きかったというべきか。

 ヴァンロストの隣の席でお茶を飲んでいたカミュラは、とても冷静な声で言った。


「ロイロット=ブレイクの力は人間の能力を遙かに超えています。もしかしたら、人間のように見えて魔族なのでは?」

「耳の尖ってない魔族なんて聞いたことがないねぇ」

 

 ローザはワインのグラスをくるくると回しながら言った。

 魔族は姿形は人間とよく似ているが、角が生えていたり、皮膚が鱗に覆われていたり、個性的な姿をした者が多い。しかし彼らに共通しているのはエルフ族と同様の長い耳を持っていることだ。

 ロイロットはどう思い返しても耳は長くなかった。人間との混血も考えられるが、半分魔族の血が流れているからといって、あそこまで強い理由にはならない。

 

「ですが、あの魔力は人間の常識を越えています。それに上位貴族の魔族であれば、人間に化ける事も可能……ただ、ロイロット=ブレイクはその上位貴族以上の力を感じます」


 カミュラが言わんとしていることに気づいたローザは、やや引きつった笑みを浮かべて問いかける。


「待ちなよ……まさか……魔王が人間に化けて冒険者になりすましている、とか言うんじゃないだろうね?」

「でも、あの巨大な爆破魔法は人間では考えられません、恐らく魔王ではなくても、魔王につぐ王族だと思います!!」


 二人の会話を聞いていたヴァンロストは目を見開く。

 魔王……。

 魔王だと?

 魔王というのは、あんなにとてつもない力があるのか?


 ゴミクズが……


 ロイロットの冷たい眼差しを思い出し、ヴァンロストの背筋が凍る、

 カミュラが強い口調で言った。


「魔王だったら、王国やギルド機関にも協力を要請した方がいいでしょうね」

「うんうん。皆で協力してあのおじさんを追い詰めよう。世界中が敵に回ればあのおじさんだって」

「あんたたち、それであの男に勝てるの? 国やギルドに協力を要請したところで、最終的にロイと戦うのはあんたらなんだけど?」

「「……」」

 

 冷めた口調で指摘するローザに、カミュラとイリナは黙り込む。

 ヴァンロストは唇を噛みしめる。

 

(国やギルドがしてくれることといったら、せいぜい俺達に魔王の行方を知らせるぐらいだ……もしあいつが魔王だったら行方を知らされる度に戦いを挑まなければならなくなる……またあんな爆破魔法をくらったら……)


 小刻みに身体を震わせ拳を握りしめるヴァンロストの様子を横目で見たカミュラは大きな溜息をついてから、眼鏡を押し上げ、淡々とした口調で言った。


「ロイロットが魔王かどうかは分かりませんが、今の我々では勝てないことは確かですね」

「そ……そうだね……よく考えたら王国の軍隊引き連れても一掃されそうだもんね」


 イリナも爆破魔法の恐怖を思い出したのか、青ざめた顔になる。

 自分達が死なずに済んだのは奇跡に近い。最高級品の装備で固めていなかったら、あっけなく死んでいたかもしれない。

 ローザはそんなイリナをジト目で見た。


「あんた……自分達だけじゃ魔王は倒せないから軍を貸してくれ、って王国に頼む気だったの? いくら勇者様相手でもそんな気前よく軍隊貸してくれる国なんかないよ?」

「そ、そんなわけないでしょ!! 例えで言ったの。例え!!」


 イリナは慌てて首を横に振る。

 ヴァンロストは声には出さないが、国やギルドに協力を要請するのは反対であった。

 そんなことをしたら、絶対“B級冒険者に負けた勇者”という汚名がついてくる。

 特にニック=ブルースター率いる夕闇の鴉を支持する勢力は嬉々としてその噂を流すに決まっている。

 後からロイが魔王であることが証明出来たとしても、その噂を払拭するのは相当な時間がかかるだろう。

 B級冒険者が魔王だって、信じてくれる人間が果たしてどれだけいるのかも分からない。

 カミュラは眼鏡を押し上げ重苦しげな口調で言った。


「今、我々が出来ることといったら、地道に経験値を上げて力をつけていくしかなさそうですね」

「えー、野営しなきゃいけないダンジョンはやだよー。ユーリちゃん、いないんだから」

「……そうですね。ユーリに代わる雑用係は必要ですが」


 ごちゃごちゃいう女二人に、ヴァンロストは密かに長い溜息を吐く。

 地道に経験値を上げていく……それは彼が一番苦手とすることだった。

 今まではユーリのお膳立てで強敵を倒してきた彼にとって、魔物との戦いはとても面倒でしんどい作業なのだった。

 それにユーリなしでこのまま旅を続けるなんて……なんという苦行なのだろうか。


(なんで俺はユーリを追放してしまったんだ……畜生……!!)


 美しくなったユーリを思い出す度に、後悔が津波のように押し寄せてくる。

 ユーリさえいてくれれば、この身体の負傷ももっと早く治っていた筈だ。どんな大怪我をしても、彼女はいつも治癒魔法ですぐに治してくれた。

 食事だって体調に合わせたものを出してくれていた筈だ。

 

(今なら分かる。あいつは俺にとって必要な奴だったんだ。くそ……何であんなおっさんの元に)


 あんなおっさん、と思いかけてヴァンロストの背筋が再び凍る。

 あの冷ややかな眼差しを思い出すと、身体が強ばってしまう……何故だ? どうして怖じ気づいてしまうんだ!?

 

 くそ、くそ、くそ、くそ、くそっっ!! 俺は勇者なのに!!


 このままでは絶対に終わらせない。

 あいつがもし魔王だったら、自分は奴を倒さなければならない!!

 

(今よりも強くなって、いつか絶対にあの男を倒す! そして今度こそユーリを……)


 ヴァンロスト=レインが打倒ロイロット=ブレイクの誓いを心の中で立てかけた時、ローザが飲み干したワイングラスを置いてから立ち上がった。


「じゃ、あたしはもう行くね」

「え……行くってどこへ?」

 

 立ち去ろうとするローザにヴァンロストは困惑して呼び止める。

 彼女は一度立ち止まり、ふっと妖艶な笑みを浮かべた。


「あんたらとの契約期間、今日で終わりだから」

「ま……待て!! 金は払うから契約期間を延長してくれ」

「悪いけど、先に誘われているトコがあるんでね。そことの契約期間が終わったら考えとくわ」


 ローザはそう言って勇者達に背を向け、ひらひらと手を振った。

 イリナとカミュラも呆気にとられてそんな彼女の後ろ姿を見送っている。

 このメンバーの中では一番使える女だったローザにあっさりと去られてしまい、ヴァンロストは途方に暮れるのであった。



   

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