第一部完結 そしてアルニード王国へ



「――いや、魔王じゃないから」


 アルニード王国行きの客船にて。

 俺とユーリはデッキから暮れなずむ夕日を見ていた。

 会話の中でユーリが「ロイの前世って、もしかして先代の魔王だったりする?」と尋ねてくるものだから俺は思い切り否定したのだった。


 もの凄く心外だ。

 あいつに間違えられるなんて。

 まぁ俺の遊び相手になってくれた忠実な下僕げぼく……いや配下みたいなもんか? 何とも言えない関係性なので、説明する時は“知り合い”って言っていたけど。

 魔王か……。

 あいつとの最後の会話が蘇る。


『主様、魔王領にて勇者達の存在が確認されました。魔王城に来るのもそう遠くはないと思います。その前に是非お会いしたかった』

『……ここまで来るとは。あの勇者は強すぎたな。悪いが俺はお前達の戦いには介入できない』

『承知しております。これはあくまで私と勇者の戦い。主様は見守ってくださいませ』


 ぼんやり思い出す先代魔王との会話。

 そういやあの時に譲って貰ったんだよな。幻影城を。


『どうかこの城をお役立てください』

『別に俺はいらんけどな』

『まぁそう言わずに。このような過酷な地でも快適に過ごせるようにしていますので』

『まぁくれるのなら遠慮なく貰うけど』


 魔王。

 本名は何だったっけ?

 確かネゼルだったかな。もっと長い名前だったとは思うが、俺はネゼルと呼んでいた。

 絶大な力でもって魔族達を支配していたその男は、魔族からエルフ族、人間の女も魅了するほどの美貌の主で、種族かまわず何人もの愛人を抱えていた。

 しかも前勇者との決戦を前に、俺を呼び出して愛人達の服ごとあの城を譲りやがった。

 あの城のお陰で俺とユーリの仲が進展したものの、もうちょっと、こう、趣味の良い服を置いていって欲しかった。

 あやうく俺が変態だと思われかけたからな。

 何とも言えない複雑な表情になる俺に対し、ユーリは頬をポリポリと掻いて、申し訳なさそうに言った。


「……ごめん。あの爆破魔法、本当に凄すぎたから、ロイの前世ってまさか魔王かなぁ? と思って尋ねてみたんだけど」

「あれでもかなり手加減した方なんだが」

「あ、あれで手加減!?」


 ユーリは目をまん丸にして、まじまじと俺の顔を見ていた。

 まぁ、普通の人間だったら、あの爆破魔法は無理かもな。

 人間どころか上級クラスの魔族でも無理だろう。

 だからといって、あの魔王へんたいとは思われたくねぇな。


 今、現在魔王の座はネゼルの子供が受け継いでいる筈だ。

 ちょうど今回の勇者もクズだし、うん百年かけて多くの兄弟を排し、魔族の頂点に立った現魔王もどれだけ強いか分からないが、性格はろくなもんじゃないだろう。

 ゴミクズ同士だけで戦っていろって感じだな。俺からすれば。

 


「そっか。前世は魔王じゃないのか」

「俺の前世が魔王だったら結婚したことに後悔した?」

「前にも言ったでしょ? ロイが何者でも僕の気持ちは変わらないって」

「魔王よりも危険な奴だったかもしれねぇぞ」

「関係ないよ。魔王以上に危険だったとしても僕の気持ちは変わらない」


 そう言ってから、ユーリはにっこり笑った。

 俺の恋人は思った以上に肝が据わっているみたいだ。

 ふとユーリは少し不安そうな表情を浮かべ俺の方を見た。


「僕はヴァンを生かすことを選択した」

「ああ……」

「そのことは後悔していないけど、ヴァンは勇者だ。もしかしたらもっと凄い力に目覚めて強くなって、またロイに戦いを挑むかも」

「俺に再び戦いを挑む根性が出来上がっているくらいなら、心の方も多少成長していると思うから受けて立つさ」

「ロイ……」

「ここから先、もっと強くなるには勇者自身が地道に努力することが重要になってくる。さらなる勇者の力が目覚めるには、相応の強さを手に入れないと駄目だからな」


 もっともあのクズが地道な努力をするかどうかは謎だけどな。

 あいつ俺のこと相当に恐れていたからな。再戦を挑んでくる日はまだまだ遠そうだが。

 俺からすりゃ勇者なんぞ神からちょこっと力を貰った人間に過ぎないからな。

 さらなる力に目覚めたとしても知れているし。

 俺の答えにユーリは少し驚いていたみたいだが、やがてクスクスと笑った。

 

「僕はもしかしたらもの凄い人と結婚しちゃったのかな」

「今更気づいてももう遅いぞ」

「後悔はしてないよ。ただ僕ももっと強くならないとね。ロイに釣り合える妻になれるように」

「俺もユーリに釣り合えるよう男を磨かないとな」

「えー、ロイは充分男前だと思うけどなぁ」


 ユーリは俺と同じ気持ちで、お互いのことが大切で、守りたいと思っている。

 同じように想い合えるというのは幸せなことなんだな……生まれ変わってから初めて知った。


 間もなくアルニード王国のプネリ港にたどり着く。

 この船は定期的にエト港とプネリ港そして周辺の島も行き来する。

 豪華客船なので運賃は高いが、アイスディアを生け捕りにした報酬で得たダイヤモンドカードのおかげでタダで乗ることができる。

 エト港からプネリ港までは、他の島も経由するので二日程かかる。

 俺達はゆったりと船旅を楽しんでいた。


 夕日が沈み空が暗くなり、一番星が輝き始めた。

 空を見上げるユーリの横顔はとても綺麗だ。

 時折、彼女のブルーパープルの瞳を見詰めていると、既視感と共に胸が締め付けられる。

 何となく俺はユーリとは前世にも出会っているような気がしていた……しかも、とても大切な存在だったような気がする。

 だから夫婦として共にいるのも、実は必然的な事のような気もするのだ。

 前世の事が全部思い出せないのはもどかしいけれど、今ある幸せをゆっくりかみしめたいと思う。


「なぁ、ユーリ」

「どうしたの? ロイ」

「その……これからもよろしくな」

「うん、よろしく」


 嬉しそうにユーリは笑う。

 俺を見詰めてくる彼女の目には何の迷いもない。

 先程、彼女は俺が魔王だったとしても一緒にいることを宣言していた。

 彼女はたとえ俺が全人類の敵だったとしても共にいる覚悟でいるのだ。

 俺もまた同じ気持ちだ。

 勇者達にも言ったが全人類を敵に回しても、ユーリは俺の妻だ。

 誰にも渡さない。

 俺はユーリの肩を抱いて、自分の方に引き寄せた。

 

 船の汽笛が鳴る。

 間もなくアルニード王国に到着する合図だ。

 アルニード王国の港都プネリの町並みが見えてきた。

 この島国でのんびり出来るといいんだけどな。

 俺の細やかな願いを乗せ、船はゆっくりとプネリ港に近づいていくのであった。



 第一部 完結











 ◇・◇・◇  ◇・◇・◇



 ☆この度は『前世がアレだったB級冒険者のおっさんは、勇者に追放された雑用係と暮らすことになりました~今更仲間を返せと言われても返さない~』をお読み頂きありがとうございます。

 皆様の応援のお陰でここまで書くことができました。

 沢山のコメントを頂き、全ての方にお返事出来ないのが心苦しいのですが、とても励みになりました。

 誤字脱字報告もありがとうございます! 報告を受け次第修正するようにはしていましたが、もし見落としがあったら申し訳ありません。

 時間がある時にまた見直しますので。

 

 ロイとユーリの新婚旅行(?)を見送りつつ、ひとまず第一部完結とさせて頂きます。

 第二部も書く予定ですが、現在まだ構成が整っていない状態なので、もう暫くお待ち頂けたらと思います。

 まずはここまで読んでくださった皆様に、重ねて御礼申し上げます。


 秋作

 






 

 

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