第37話 勇者は追放した仲間を探し回る④

 ニック=ブルースターもロイロット=ブレイクを探している!?


 それを聞いたヴァンロストは唇を噛んだ。

 ニックの目的は本当にロイロットなのか?


(あいつがあんな冴えないB級冒険者のおっさんに興味があるとは思えない)


 だが本当の目的がロイロットではなくユーリだとしたら?

 自分と同じように、ロイロットとユーリがギルドの館エト支部に来たという事実を知り、彼らの居所を知る為にここに来たとしたら?


(ニック=ブルースターの奴、以前からユーリを粗末に扱うな! そんな扱いするくらいならユーリを夕闇の鴉のメンバーにするとか、やたらに俺に突っかかってきた……くそ、まさか本気でユーリを手に入れるつもりなのか!?)


 しかしユーリが夕闇の鴉のメンバーになったという噂は聞かない。

 あれだけ有名なパーティーだと情報屋を使うまでもなく、新たな仲間が入るとそれなりに噂になる。それにエト支部にいたあの酔っ払い冒険者も、ユーリは今ロイロットのパートナーとして働いているようなことを言っていた。

 恐らくニックはまだユーリの勧誘には成功していないのだろう。

 

(当然だ……単なる冒険者パーティーよりは、勇者のパーティーと一緒にいた方がいいに決まっているからな。しかし悠長に構えている場合じゃないな。ユーリがニック=ブルースターの口車にのって夕闇の鴉のメンバーになったらやっかいだ)



 ヴァンロストはユーリとニック=ブルースターが笑い合う所を想像し、唇を噛みしめた。

 


(あいつは俺の物だ。あんな野郎に取られてたまるか。一刻も早く、ユーリを探し出さねば)


 ヴァンロストがそんなことをぐるぐると考えていると、ローザが口を開いた。


「ふーん、ニックといえば、闘技場にいたクマにやたら興味を持っていたねえ」

「お、ローザもクマが気になるのかね?」


 目をキランと光らせ尋ねてくるゼンクに、ローザはぎょっとする。

 どうもクマ情報はゼンクにとって特上の情報のようだ。

 ヴァンロストは身を乗り出してゼンクに訪ねた。


「あのクマの正体を知っているのか? ついでにそれも教えろ」

「いや、儂も今クマの情報を集めておる所じゃ」

「何だ、まだ分からないのか」

「まぁ分かったとしても、五百万ゼノス以上は頂かんとな」

「は?」

「五百万ゼノス以上は用意して貰わんと売る気にはなれんわい」

「なんでそんなに高いんだよ!? 何なんだよ、あのクマは!?」

「だってゴリウス君が出したクマの懸賞金、五百万ゼノスじゃぞ? まだまだ懸賞金は跳ね上がりそうじゃし。クマの情報が欲しかったら少なくとも五百万以上はもらわないと」

「何であんなクマに五百万以上払わないといけないんだ!? 馬鹿馬鹿しい。クマのことは後回しだ!! とにかくロイロットの行方を教えろ! あいつは今、仕事で家にはいないのだろう? 何処にいるんだ!?」

「何じゃ、急ぎなのか? わざわざ仕事場まで追いかけんでも良いじゃろ?」

「それじゃ、遅い!」


 家に帰るまで悠長に待っていたら、ニック=ブルースターに先を越される可能性がある。あいつがそう簡単にユーリを諦めるとは思えない。

 誰よりも早くユーリを探し出さないと!!

 ゼンクは後ろにある本棚から一冊のノートを取り出し、頁をめくった。

 暗号で書いてあるのか、頁をちらっと見ただけじゃ内容は分からない。


「ロイロット=ブレイクの今回の仕事はアイスディアの生け捕りじゃ。あんたらが引き受けないから代わりに引き受けたようじゃぞ」

「アイスディアの捕獲? そういやギルドから依頼が来ていたけど断ったな。報酬が割に合わないから」


 ヴァンロストが思い出したように言った。

 ローザは怪訝な表情を浮かべゼンクに尋ねる。 


「A級……いや下手すりゃS級の魔物じゃないか? 何でそんなものB級のあいつが」


 不思議そうに首を傾げるローザにゼンクは肩を竦める。


「実力はあってもあえて昇級しない奴はけっこういるよ。A級以上になると、王族貴族どもがすり寄ってくるからな。社交を嫌う冒険者はB級で止めている」

「えー、貴族様なんて、いい金蔓なのにね。でも、地味ロイらしいっちゃ、らしいか」


 一人納得するローザにゼンクはやれやれと言わんばかりに苦笑した。

 そこに勇者ヴァンロストが身を乗り出して尋ねる。


「アイスディアって事は、氷雪地帯か?」

「うむ、アイスヒートランドじゃ」


 アイスヒートランド、と聞いた瞬間、イリナとカミュラは露骨に顔を顰めた。

 二人は同時にヴァンロストに向かって声を上げた。


「何でそんな遠くまで!? めんどくさーい!!」

「アイスヒートランドって、寒暖の差が地獄な所じゃないですか!!」



 文句を言い始めるイリナとカミュラに、ヴァンロストは危うくぶち切れそうになった。

 その場でぶん殴りたくなったが、何とか自制心を保ち、二人に質問する。


「お前らそれぐらいの所は今まででも行ってただろう?」


 イリナとカミュラは顔を見合わせてから、しばらく黙り込んでいたが、やがて明後日の方向を向きながら小声で答える。


「だってあの時はユーリがいつも温かい寝床を整えてくれたし」

「私たちが寒くないよう、テント内や洞穴の温度調整もしてくれましたし」

「今、それがない状態で二日旅するってきっついよねー」

「私はユーリほど長時間の間、温風、涼風の魔法はできませんよ?」



 ヴァンロストは再びぶち切れそうになった。

 床を整えたり、料理をしたり、買い出しに出たりするのは、イリナ、カミュラもしてくれているのかと思っていた。

 しかし実際はユーリだけがそれをしていたらしい。


「お前ら、そういうこともユーリより出来るんだろ!?」

「何を言っているの!? あたしは戦いで疲れているんだよー」

「そうですよ。私だって体力が残っていたらやっていますよ!! そんなに言うならあなたも今後は料理や寝床の準備をしてください!」


 ものすごい剣幕のイリナとカミュラに同時に言い返され、ヴァンロストは何も言い返せなくなる。

 そして妙に納得させられてしまうのだった。


(確かにこいつらはよく戦ってくれている。あの役立たずと違って。イリナやカミュラたちの為にも、やはり連れ戻さなければならないな)

 

 役立たずの筈なのに、必死になってユーリを取り戻そうとしている自分自身の矛盾に気づいていないヴァンロスト。

 彼はまだ認めたくなかった。

 追放したユーリ=クロードベルがこのパーティーにとってかけがえのない存在だったことを。

 

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