第38話 アイスディア捕獲
アイスヒートランド。
通称地獄の大地と呼ばれ、灼熱の太陽が照りつける中、大型魔物が闊歩し、延々と砂漠と裸の岩山が続く険しい地帯である。
しかし夜になると大地はマイナスの温度になり、氷系の魔物がうろつくようになる。
今回の依頼は、夜のアイスヒートランドのみ現れる鹿形の魔物、アイスディアを捕まえる事だ。
アイスディアとは白銀の体毛、ダイヤモンドのような角が特徴の魔物だ。日中は赤毛で黒い角が特徴のサンドディアという別の魔物として過ごしている。
夜になるとアイスディアに変貌するのだ。このアイスディアの角がものすごい高額で取引される。
大きさは全長が二メートルから三メートル。高さは俺の背丈を余裕で超えるデカさだ。
枝分かれした角はこの世のものとは思えない輝きを放つと言われている。
俺とユーリは吹雪の中、一時間歩いていた。
見渡す限り雪景色……これが昼には砂漠になるなんて信じられない。
ユーリが慣れない雪の上を歩いていて尻餅をつく。
「大丈夫か? ユーリ」
「平気だよ」
「すぐ近くに休憩場の洞穴があるから少し休もうか」
アイスヒートランドの岩山には、所々洞穴がある。
洞穴の場所はギルドの館で貰える地図にも示されていて、冒険者達の休憩所として利用されている。
俺たちは一度そこに避難し、一休みすることにした。俺は風が入ってこないよう、洞穴の入り口に防御魔法をかけた。
中でランプを点すと洞穴の中は明るくなる。
「
ユーリが呪文を唱えると洞穴の中は温かくなる。あっという間に快適な部屋になった。
冷え切った身体も温まるな。
この魔法は持続性がある分、魔力の消費が大きいのだが、ユーリは平然としている。彼女も相当な魔力を保有しているんだろうな。
「地面は冷たいから、これに座って」
収納玉から出して地面に敷いてくれたのは、クッションだ。なんとも座り心地がいい。
「デーモンシープの毛を使ったクッションだよ。この毛をクッションにするとすごく座り心地がいいんだ」
「す……凄いな。デーモンシープの毛って色が悪いし、肌触りも悪いから毛皮としては売れないんだよな」
「でも、肌触りのいい布の中にいれたらいい感じになるんだ。マットレスも作ってみたんだ。テントの下に敷いておくと寝心地が良いんだよ」
「全部ユーリが作ったのかよ」
そりゃ、商品化したら冒険者に売れる奴だぞ!?
冒険者にならなくても金持ちになれるんじゃないのか?
でも大量生産が難しいか。デーモンシープもそう都合良く捕まえられるわけじゃないし。家畜として飼うにはあまりにも凶暴な魔物だ。
俺がそんなことをぐるぐる考えている間にも、ユーリは手慣れた様子で、収納玉から次々と薪、鍋、あらかじめ切ってある食材を出して簡単なスープを作り始める。
こうやって勇者たちの旅も助けてきたんだろうな。
ユーリと一緒だと過酷な大地の旅も快適になるんだな。
「はい、出来たよ。ロイ」
そう言って笑顔でスープが入ったカップを渡してくれるユーリ。
仕事中だというのに、また浮かれそうになっている自分がいる。
ああ……スープが身にしみる。しかも超絶美味い。
何だか力が漲ってきたような……もしかしたら回復の薬草も入っているのかな? 薬草は独特の匂いがあるから料理向きじゃないんだけど、あんまり気にならないな。
俺は不思議そうにスープの匂いを嗅いでいると、ユーリが俺の心を読んだかのように答えた。
「その薬草はクセがないんだ。わりと家の近くに生えていたよ。これを乾燥させて粉にすると料理にも使えるんだ」
「へぇ、俺の家の近くにそんな薬草が生えてたのか」
「ロイの家の周辺って結構薬草の宝庫だよ?」
し……知らなかった。
あんま薬草とか興味なかったんだよな。薬なんて買えばいいと思っていたし。
ましてやこんな料理に使えるなんてな。
しかも身体もぽかぽかしてきた。これだったら自分に温感魔法をかけるまでもなく、外に出てもしばらくは温かそうだな。
丁度スープを飲み終わった時、洞穴の外からケーン、ケーンという鳴き声が聞こえた。
あれは鹿系統の魔物が仲間を呼ぶ声だ。
「アイスディアが近くにいる」
◇・◇・◇
外に出た俺たちは周囲を見回す。
吹雪いていないのは幸いだが、辺り一面雪景色だ。
ケーンッ……ケーンッ
南の方角か。
俺とユーリは声がする方へ走る。
俺達が近づいてくる気配を感じ取ったのか、アイスディアの声はピタリと止まった。
俺たちも立ち止まり、もう一度周囲を見回す。
岩山が多い場所だ。
アイスディアは岩山に生えている苔を食べるんだよな。
「ロイ、あそこ」
ユーリが一番高い岩山の上を指す。
岩山の頂には、白銀の毛、青く光る眼、枝分かれした角はキラキラと輝いている。
アイスディアは俺たちの姿を認めると、岩山を駆け下りてきた。
来る……!!
「キィィィィィィ――ッッ!!」
アイスディアが敵意に満ちた鳴き声を上げると、氷の粒が次々と俺たちに襲いかかってくる。
魔物でありながら、氷の魔法を使うのだ。
「
ユーリが呪文を唱えた瞬間、半透明なドームが俺たちを覆う。
氷の粒はドームの壁によってはじき返された。
魔法が通じないと分かるとアイスディアは目を赤く光らせ、猛スピードでこっちに突進してきた。
よし、ここは力比べだな。
俺はアイスディアの角をつかみ、鹿の突進を受け止めた。
ものすごい勢いで押してくるが、俺の足が動くことはない。
「ユーリ、今だ!」
「了解!
ユーリが呪文を唱えると、いくつもの光の縄がアイスディアの四肢を捕らえる。
動けなくなった鹿から離れた俺は、袋から収納玉を取り出す。
「
俺が呪文をを唱えると、魔物は収納玉に収められる。
殺してしまえば、角の採取は一度きりになるが、生け捕りにすれば角は一度切っても、また生え変わるからな。
上手く飼い慣らせば毎年、上等な角を手に入れることができるのだ。ただ、こいつを飼い慣らすのはかなり難しかったりする。
何しろA級の魔物だ。
普通の人間にはまず懐くことはないし、危害を加えてくる可能性が高い。
飼う環境も気温がマイナスじゃないとアイスディアはたちまちサンドディアという別の魔物になるからな。
サンドディアの角は武器の材料として重宝されるが、アイスディアの角ほど高くは売れない。
「ロイ……アイスディアの突進を正面から受け止めるって凄すぎなんだけど」
「そうか? あんなの朝飯前だが?」
「アイスディアの突進力はドラゴンの数倍だよ?」
「い……いやぁ、アイスディアの調子が悪かったんじゃないのか?」
俺は誤魔化し笑いをしながら、ユーリの問いかけに答えていた。
そうか……俺には朝飯前でも、普通の人間にとってはそうでもないんだな。
「さて、エンクリスに戻りたいところだけど、日も暮れかけているからな。この先に城があるから、そこに泊まった方がいいかもしれないな」
「城?」
目をまん丸にするユーリに、俺はにっと笑った。
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