第39話 幻の城
幻影城。
アイスヒートランドのど真ん中に、前世では俺の下僕だった奴……じゃなくて、知り合いだった奴から貰った城だ。
愛人と二人きりで静かに過ごす為に建てられた小城だが結局殆ど使うことなく、あいつは死んじまった。
『どうかこの城をお役立てください』
『別に俺はいらんけどな』
『まぁそう言わずに。このような過酷な地でも快適に過ごせるようにしていますので』
『まぁくれるのなら遠慮なく貰うけど』
前世の記憶によると、確かそんな軽いノリで貰った城だったと思う。
実は俺もここに来るのは初めてだった。
だってこんな所、用事がなきゃ来ないだろ?
雪原を暫く歩いていたら、明かりが見えてきた。
真っ白な壁、真っ白な見張り塔の尖り屋根。
城というよりは大きな邸宅と言った方が良いのかもしれない。
近づくと幻のように消える城。
そこで俺は呪文を唱える。
「
その瞬間、消えかけていた城が再び姿を現す。
今度は近づいても消えない。
本物の城が目の前に現れたのだ。
城に入った後、もう一度幻影魔法をかけておく。
この呪文を唱えておくと、他の誰かが近づこうものなら、幻のように城が消えるようになる。
城の周りには防御魔法のドームが張ってあり、周辺は温暖な気候だ。
建ててからもう何百年も経つが、時間凍結(フリーズ)の魔石を置いてあるので部屋の状態は建てた当初のまま真新しい。
保存状態も完璧だ。
ユーリは驚いたように周りを見回している。
「こ、ここは?」
「知り合いから譲って貰った城だな」
「へ……ロイの城!?」
「とは言っても、俺もここに来るのは初めてだ。寝具とか風呂が使えるといいんだけど」
「……ロイって何者なの?」
「俺? 俺はしがない冒険者だけど」
「しがない冒険者は城なんか持ってないよ」
前世がアレだったなんて口が裂けても言えないので俺は軽く濁しておく。
背中にものすごい怪しむような視線を感じるけどな。
とりあえず風呂が沸かせるか確認しよう。
何百年経っているが、一度も使ってない筈だからな。
家具や物はあいつの物がそのまんま置かれている。
脱衣所は綺麗だな……お、ちゃんと服もある。
奴はクローゼットの服は常に新品じゃなきゃ嫌だとか贅沢抜かしていたからな。此処の服は未使用とみていいだろう。
ただし、服のサイズは色々だ。
あいつ、愛人が多かったからなぁ。
デカい女魔族から小柄な人間の女まで食いまくっていたもんな。
連れてきた愛人のサイズに合うようドレスもピンからキリまでそろえていた。
ドレスは宝石や細やかな刺繍まで施されていて、お姫様が着るようなものばかりだ。
サイズが合う合わないはあるだろうが、ユーリならどんなドレスを着ても似合いそうだ。
隣のクローゼットは女性用の部屋着だろうな。ネグリジェらしきものがかけてある。他にもバスローブやワンピースなど色んな部屋着があるようだ。
その隣が男性用部屋着みたいだ。
殆ど絹のバスローブだな。お貴族様が好みそうな金糸の刺繍が施されている。俺には似合わないような気がするが、見たところ未使用みたいだし使わせて貰うか。
浴室に入り、壁のレバーをひねると浴槽蛇口から滝のように湯が出てくる。
良かった。ちゃんと温かい風呂には入れそうだ。
いいなぁ。
一日だけじゃなくて、しばらくここに泊まろうかな。
どうせ仕事も来月まで猶予を貰ってるし。今回は運良く一日でアイスディアが見つかったから、すぐに捕まえることができたんだけど、運が悪かったら見つけるだけでも一週間、下手すりゃ二週間近くかかるんだよな。
風呂場はガラスの窓から外の景色がよく見える。
さっきの吹雪が嘘だったかのように空が晴れていて、星も見える。明かりが灯されている城周辺の雪景色もよく見えるな。
朝風呂も気持ち良さそうだな。
風呂場のチェックを終え、今度は寝室のチェックだ。
二階にある寝室をあけると……おいおい、キングサイズのベッド一つかよ。
他にベッドは――――なさそうだな。
そりゃそうだ。
あいつが愛人と過ごすために作った城の寝室だもんな。
ベッドが別々である筈がない。
一緒に寝るしかないってか?
『このまま結婚しちまえばいいじゃねぇか。お前もそろそろ家庭を持った方がいいぞ』
だぁぁぁ!!
何でおせっかいウォルクの言葉を思い出すんだよ!? 俺はっっ
カーテンを開けると一枚硝子の窓からも景色が見渡せる。
夜、雪景色が見えるこの部屋で、恋人同士抱き合うというのは、なんともロマンチックだな。
俺はその時、ユーリを抱きしめるシーンを妄想してしまい、慌てて首をブンブンと横に振った。
邪な考えはやめるんだ、ロイロット!!
俺はあの娘の保護者みたいなものだ。
こんな冴えないおっさんに思いを寄せられても、ユーリにとっちゃ迷惑なだけだ。
俺が部屋のチェックをしている間に、ユーリは調理場で収納玉からパンと、予め下準備をしていた材料を取り出し、ホワイトシチューを作ってくれていた。
そいつを美味しく頂いている内に風呂の湯が入ったみたいだ。
風呂の湯がたまった知らせのベルがリンリンと室内に響く。
食事を終えた後、最初に俺が。それからユーリが風呂を頂くことにした。
◇・◇・◇
「脱衣所に部屋着が入ったクローゼットがあったから、そこから適当に服を選んだらいい」
先に風呂から出た俺は濡れた頭をタオルで拭きながら言った。
そういや、ユーリはちゃんとした寝間着持ってなかったよな。あそこにある服は未使用だし、上等なものが多い。上等な寝間着は疲れを取ってくれる作用がある癒やしの絹が使用されているからな。
ユーリの寝間着として貰っておくことにしよう。
「あ……ありがとう。何もかも揃っているんだね、ここって」
ユーリはまだ戸惑いながら、浴室へと向かった。
それにしてもいい湯だった。
窓から見える雪景色も乙なものだな。
俺はソファーに座って風呂上がりの一杯を楽しんでいた。
台所にはよく冷えた酒が保存してある冷蔵庫も置いてある。冷蔵庫とは氷魔法が込められた魔石によって、飲み物や食べ物を保存する箱のことだ。
絹のバスローブは最上等なものだろうな。滑らかな肌触りだ。
しかもうまい酒まで残してくれていたとは……もっと早くこの城に来れば良かった。
でも用事でもない限り、夜は吹雪、昼は砂漠という、こんな地獄地帯のど真ん中に行くことないもんな。
今はユーリが一緒だからいいが、たった一人でこの城に滞在するのは流石に寂しすぎる。
ユーリも今頃、浴室から見えるあの景色には驚いているだろうな。
広い風呂も独り占めできるし、優雅なバスタイムを楽しんでほしいところだ。
俺がほろ酔い加減になった半時間後。
「あ……あの……コレ、着て寝たら良いの?」
脱衣所から出て来たユーリは恥ずかしそうに尋ねてきた。
何事かと彼女の方を見た俺は目を見開く。
着ているのは、何ともドレッシーなネグリジェ。
それは良いのだが――めちゃくちゃ透けてるじゃねぇかっっ!!
「ロイってこういう服、恋人に着せてたの?」
「馬鹿を言うな!! 俺は生まれてこの方恋人なんかいねえし!! そいつは前の持ち主が持っていた服だ」
「そ、そっか……そういえば、前に女性の知り合いはいないって言っていたもんね」
少しホッとしたような表情を浮かべるユーリ。
誤解が解けて良かったと思ったのも束の間……いやいやいや、他の部屋着もあっただろ!?
俺はソファーから立ち上がり、脱衣所にあるクローゼットの中身を今一度確認する。
さっきはざっとしか見てなかったから気づかなかったが、よくよく見たら、紐のような服や、ビキニや、穴が開いた服とか。
愛人に着せる服、ろくなもんがねぇ!!
つーか、こんな服置いたまんま、俺に城を譲るんじゃねぇ!!
あの馬鹿が生きていたら、ボコボコにぶん殴っていた所だ。
多分、比較的マシだったのが、透け透けのネグリジェだったんだろうよ。
俺はふらふらな足取りで、リビングに戻った。
そこには透けたネグリジェを着たまま佇んでいるユーリの姿があった。
「やっぱりさっきまで着ていた服、綺麗にしてから着た方が良かったかな?」
「いや、あの服はこの部屋の中じゃ暑い。それに防御力が高い分、重みもある」
「……そ、そうだけど」
「俺は見ていないから! 気にせずそのまま寝てくれ」
「あ……う、うん」
見ていないというのは嘘だ。
さっきばっちり見てしまった……スケスケの服ごしに彼女の裸を。
抜けるような白い肌が目に焼き付いて離れない。
とにかく、別々の部屋で寝ないといけないな。
そうじゃないと、俺がどうにかなりそうだ。
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