第40話 告白


「ユーリは上のベッドで寝てくれないか? 俺はソファーで寝るから」

「そ、そうはいかないよ! だったら僕がここで寝る」

「気にするな。俺はソファーの方が落ち着くから」

「……あの……ベッド広いし、一緒に寝たらいいんじゃないのかな?」

「駄目だ。俺は一人じゃないと寝られないから」

 

 一緒に寝てしまったら、それこそ理性が保てなくなる。

 正直、もう我慢できる自信が一ミリもない。


 だがユーリは何故かショックを受けたかのように固まっていた。

 そして今にも泣きそうな、震えた声で俺に謝罪する。


「ご、ごめん……配慮に欠けていた。ヴァンにもそれで怒られたのに」


 配慮? 

 え……どういうことだ? 

 何故、ユーリが謝るんだ? ? 

 しかも、そんな悲しそうな顔をして。


「勇者が怒る? 一体どういうことなんだ?」

「同じテントで寝ようとしたら……出て行けと」

「何を言っているんだ? 野営しなきゃいけない時は、同じテントで寝なきゃいけないこともあるじゃないか」

「僕がいると寝られないって言っていた。邪魔だからあっちへいけって……だから、冒険中はずっとテントの外で寝てたんだ」


 あのクソ勇者!!!

 一生懸命尽くしている仲間に対して邪魔とは何なんだよ!?

 しかも外で寝させてただと!?

 どうせ、可愛い女の子だけをテントの中に入れておきたくて、男である(本当は男じゃないのだが)ユーリを追い出したかっただけだろ!?


 そうか……だけど俺はあの勇者と同じようなことを彼女に言ってしまったんだ。

 俺はユーリの両肩を持って、首を激しく横に振った。


「俺は君が邪魔だから一緒に寝ることを拒んでいるわけじゃない!」

「分かってるよ。ロイはヴァンとは違う。ロイは一人の生活が長かったし。誰かと一緒には寝にくいんでしょ?」

「違う! 違うんだ!!」

「気を遣わなくていいよ……僕はロイに甘えすぎていた……」

「だから違う!! そんなんじゃない!!」


 俺は激しく首を横に振ってから、思わずユーリをきつく抱きしめた。

 俺は馬鹿だ。

 ずっと勇者に蔑ろにされてきた彼女の気持ちも考えずに、拒否するようなことを言ってしまった。

 今のユーリには、はっきり言わないと理解して貰えない。

 

「俺は……君が好きなんだ……」

「うん……分かっているよ……ロイは優しいから僕のこと保護対象として大切にしてくれていることぐらい」

「そうじゃない! 保護対象なんかじゃなくて恋愛対象として好きなんだ!」

「え……!?」


 俺は一度抱擁を解き、ユーリの両肩に手を置いて項垂れた。

 そして絞り出すような声を漏らした。


「だから一緒のベッドに寝たら、俺は君を女として求めてしまう」

「ろ、ロイ」


 驚いたように目を見開くユーリ。

 彼女は黙って俯いた。

 あーあ、引かれちまったかな。

 俺は自嘲めいた口調で彼女に言った。



「一緒に寝られない、というのはそういうことだ。今日はソファーで寝る。お前はベッドで寝ろ」

「……」


 ユーリは何も言わなかった。

 いや、多分、何も言えなかったのだと思う。

 ずっと男として生きてきたんだもんな。多分、初めて異性から告白されたんだろう。

 動揺するのも無理はない。

 ソファーをベッドの形に変え、毛布をかけて横になる。

 ユーリは二階の寝室へ。

 気まずい感じになってしまったな。

 だけど、いつまでも気持ちを隠しているわけにもいかない。

 気持ちを隠して、一緒のベッドに寝る羽目になっちまったら、理性を保つ自信が全くといってない。

 この仕事が終わったら、ユーリの新しい住居を探さないといけないな。

 本当はもう少し二人で過ごしたかったけれど。


 

「あの……ロイ」



 二階で寝ていたと思われていたユーリがいつの間にか戻ってきていた。

 俺は思わずびくっと身体を震わせる。

 振り返るな。

 振り返ったら、ユーリを見た瞬間俺は狼になる。


「あの、やっぱり僕一人であの広いベッドに寝るのは心苦しくて」

「だから気にするなよ。俺はソファーの方が好きだって言っただろ?」

「…………ベッドに一緒に寝るの、やっぱり駄目かな?」


 小さな小さな声で問いかけるユーリに、俺は舌打ちをする。

 さっきも説明したのにまだ分かっていないのかよ!?

 このままじゃお前に襲いかかるっつってんだろ!?

 俺は飛び起きてユーリにそう訴えようとした。

 しかし、それは声にならない。

 

 ――――!!???



 声を上げる前にユーリが俺の胸に飛び込んできた。

 そして俺の背中に手を回し、ぎゅっと抱きついてくる。

 こここここここれは、どういうことだ!?

 俺の気持ちを知った上で、抱きついてくるなんて。 

 

「駄目……かな?」


 震えた声で問いかけるユーリに、俺はしばらく金魚のように口をパクパクさせていた。

 まさか……まさか……誘っているのか?

 ユーリが俺のことを? 

 彼女の目は潤んでいて、恥ずかしそうに頬を赤らめていた。

 めちゃくちゃ恥ずかしがっているのに、何て大胆なことをしているんだ!? 恋愛なんかしたことないような娘が。

 いや、経験がないから、逆に大胆になってしまうのかもしれない。



「駄目なわけないだろ……!! だけど、いいのか? 俺みたいなおっさんで」

「ろ、ロイはおっさんじゃない! 凄くかっこいいし、強くて優しいし」

「かっこいい? 俺が?」

「今まで出会った男性の中でロイが一番格好いい! 僕もロイのことが好きだよ!……その……恋愛対象として」



 真っ赤にしながら、告白してきたユーリに俺は思わず叫びたくなった。

 お前の目は節穴か!?

 俺より若くてイケメンな奴はいくらでもいるだろぉぉ!? 

 だけど俯いていたユーリが切なげな眼差しを俺に向けてくる。

 俺は手で目を覆ってから天井を仰ぎ、一度深呼吸をした。

 もう断る理由がない。

 ユーリはずっと俺のことを見てくれていた。

 勇気を出して想いを告げている彼女に、俺も勇気を出して応えるべきだろう。

 俺は目を覆っていた手を離し、彼女の頬に触れた。

 ユーリは固く閉じていた目を開き、ゆっくり顔を上げる。

 そんな彼女のブルーパープルの瞳をじっと見詰め、俺は静かな声で告げる。

 



「前に俺の誕生日プレゼント、何が欲しいか尋ねてきただろ?」

「うん、恥ずかしいものだって……え……じゃあロイが欲しいものって」

「ああ、俺は君が欲しい」



 俺はユーリの体を先程よりもきつく抱きしめた。

 冒険者として戦い抜いてきた身体とは思えないほど柔らかくて華奢な体だ。

 まだ信じられない気持ちのまま、俺はユーリの唇に自分の唇を重ねた。

 唇も柔らかい。

 一瞬、そこはかとなく甘い、花のような香りがした。

 香水?

 いや、香水ほど強い匂いではない。

 自然の花の香りが鼻孔をくすぐってきたのだ。

 どういうことだ? ユーリの身体から花の香りがするなんて。

 しかもこの匂いを俺は知っている。

 確か前世にも……駄目だ、思い出せない。

 思い出そうとすると、頭の中に靄がかかったような感じになる。

 しかもそこはかとなく香る甘い匂いは俺の理性を容赦なく崩しにかかってきた。

 く……このまま押し倒してしまいたいが、落ち着け。

 ちゃんと寝室まで運ばないとな。

 一度唇を離し、俺はユーリを抱き上げ、寝室へ移動することにした。

 寒いのか……もしかしたら怖いのか? ユーリの体はかすかに震えていた。

 

「嫌だったら言えよ?」

「嫌じゃない。初めてだから緊張してるけど」


 寝室にたどり着くと、ユーリの身体をベッドの上に横たえた。

 そして俺も身につけていたバスローブを脱ぎ捨てベッドの上へ。

 四つん這いになりユーリの耳元に囁くように問いかける。


「ユーリ、俺の妻になってくれるか?」

「うん……今日から僕はロイの妻だよ」



 迷いもなく頷くユーリに愛しさがこみ上げる。

 そして俺は彼女の身体に自分の身体を重ねて、もういちどキスをした。

 

 俺は今凄く幸せだ。

 好きな人と結ばれた。

 これ以上、何を望むことがある?

 この幸せが続くのなら、俺は何だってやる。

 今日からユーリは俺の妻だ。

 あの勇者なんかに絶対渡しはしない!!


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