第41話 勇者は追放した仲間を探し回る⑤
一方勇者たち一行は――――
「ちょっとぉぉぉぉぉ! 寒いんですけどぉぉぉぉぉ!!」
イリナは自分自身の身体を抱きしめ、震えた声で叫ぶ。
アイスヒートランドは、天気が変わりやすい。先程まで空は晴れていたのに、小一時間もすると再び曇りだし雪が降り出した。さらに強風が吹き荒れ吹雪になりはじめた。
アイスヒートランドは極寒すぎて飛空生物達は飛ぶことが出来ない。暑さには強いので日中だったら飛べるのだが、夜である今は飛べないのだ。
なので勇者一行は雪原をひたすら歩いていた。
「本当にユーリがここにいるのですか!?」
いつもは落ち着いているカミュラもヒスがかった声で尋ねる。
勇者ヴァンロスト=レインはたまりかねて怒鳴り声を上げる。
「うるさい、うるさい、うるさいっっ!! お前ら高い毛皮のコート
「だって寒い物は寒いんだもん!」
「そうですよ。こんな所、何を着ても寒いじゃないですか!!」
イリナとカミュラが身に付けているコートは、銀毛の最高級品。
ローザは自前の豹柄のコートを身につけていた。
ヴァンロストは唇を噛む。
自分だって好き好んでこんな極寒の地に来ているわけではない。
あの役立たずがここにいるというから、来てやったのだ。
見つけ次第、首根っこ捕まえて連れて帰ってやる。
(連れて帰ったらさっそく飯を作らせて、寝床も整えさせて、装備品も磨かせてやろう。やって貰うことは山ほどある。この勇者のために働けるのだ。あいつだって誉れに思うだろう。それにしても、あいつはどこにいるんだ?)
こんな広い雪原の中、すぐに探し当てられるとは思ってはいない。
ただ、所々に洞穴があり、そこはアイスヒートランドを訪れる冒険者達の休み場となっている。
ユーリ達は洞穴のどこかにいる可能性が高い。
地図にも洞穴の場所は示されていて、ヴァンロストはとりあえず一番近場の洞穴を目指していた。
ローザは一人元気で、ずんずんと歩いている。
そして一度立ち止まり、小手をかざして周囲を見回した。
彼女の目がキランと輝いたのはその時。
「あ、アイスアランゴーラ発見。あいつを捕まえたら相当な金になるよ!!」
どすん、どすんと飛び跳ねる真っ白な巨大ウサギを発見したローザは隊列から離れ、巨大ウサギを追いかけ始めた。
その言葉を聞いたイリナもローザを追いかける。
「ローザ、それって本当?」
「本当だよ。毛皮と角だけでもしばらくは遊んで暮らせるよ。肉も高級料理店で高く売れるからね!!」
「やーん、手伝う!!」
「よし、挟み撃ちにするよ」
巨大兎の魔物を追いかけ自分から離れてゆくローザとイリナに、ヴァンは怒鳴り散らす。
「うぉぉぉい!! お前ら勝手な行動すんじゃねぇ!!」
しかし強風の音により、怒鳴り声は空しくかき消される。
背後にいたカミュラは深いため息をついた。
「とりあえず、休憩所の洞穴で吹雪をしのぎましょう。もしかしたらユーリ達もそこにいるかもしれないですし。イリナもローザも洞穴の場所は地図で把握してますから、狩りを終えたら来ると思いますよ」
「……」
カミュラが指差す方向には、地図の通り岩山の洞穴がある。
一瞬、ユーリがいるか期待したが、中には誰もいなかった。
ただ、焚き火の跡は残っている。
しかもつい最近のものだ。
ここにユーリ達がいたのか? いたとしたら、もう次の場所に移動したというのか?
後を追いたい所だが、仲間たちはまだ帰って来ないし、凍てつく強風の中を歩くのも危険だ。今日はここで夜を明かすしかない。
洞窟の中は吹雪が凌げるだけ外よりはマシだった。
カミュラが収納玉から薪を取り出し、火を付ける。
洞窟の中は明るくなり、僅かに温かくなった。
そして彼女の手から渡されるのは、今日も無味の干し肉だ。
地面は固く、尻から冷えていく。
(こんな時、あいつはクッションを用意していた)
あの座り心地が懐かしい。
しかしカミュラはそんなクッションなど持ち合わせてはいない。
「温風魔法(ウォームウィンド)」
少しだけ温かい風を感じた。
ユーリがいた時は洞穴の中でも快適な温度で過ごせていた。あんなこと誰でもできることだと思っていた。
カミュラの魔法だと洞窟の中はあまり暖かくならない。
しばらくしてローザとイリナが戻ってきた。二人とも満足そうな顔をしている所からして、アイスアランゴーラ狩りには成功したのだろう。
洞窟の中に入ったローザは感心したように言った。
「お、部屋の中あったまっているじゃない」
「えー? そう?」
「焚き火もしてあるし、温風魔法も効いてるじゃないか……カミュラ、ありがとね」
礼を言うローザにカミュラはぷいっとそっぽ向く。
しかしイリナは不満そうな声を漏らす。
「えー、いつもならもっと温かいのに」
「極寒の地でこれだけ暖かければ死にやしないよ。本当にあんた達、今までどんな贅沢旅してきたんだよ?」
「「「……」」」
呆れかえるローザに、その場にいる全員が黙り込んだ。
今まで当たり前だった快適な旅は実は当たり前じゃなかった……今の状況の方が実は普通だというのか?
そんな馬鹿なことがあるか。
部屋を温かくするぐらい誰でも出来るだろう?
「温風魔法」
ヴァンロストが呪文を唱えると部屋の中は突然熱風が吹き荒れだした。
温かいどころか、洞窟の中は暑くなってしまった。
全員慌てて外へ出る。
カミュラはヴァンロストに怒鳴り散らす。
「慣れない魔法を使わないでください! 温風魔法は魔力の微調整が必要なのです!」
「む……そうなのか」
「あーあ、あの中しばらくは熱風地獄だね。別の洞穴に行こっか」
ローザの言葉に「最悪――」とイリナは唇を尖らせて呟く。
こうしてまた新たな洞窟を目差し、ヴァンロスト達は小一時間ほど歩くことになるのであった。
カミュラは溜息交じりに呟く。
「洞穴を探すにしても、こんな広い雪原でユーリ達を見つけるのは不可能じゃないでしょうか?」
「激しい戦闘でもあれば、魔物達の動きがあるから分かるんだけどねぇ……あの子にも探させているけど、どうも反応はないね」
あの子というのは、はるか上空を旋回している鷹のことだ。ローザが飼い慣らしている鷹で伝書や偵察の役割を果たしている。
「まぁ、ここは金になる魔物が沢山いるから、狩りでもしながら気長に探せばいいんだよ。見つからなかったとしても、金は稼げるから無駄足にはならないよ」
渡りのローザはどんなパーティーにも適応出来る逞しさがあった。
しかし勇者ヴァンロスト、イリナ、カミュラは諸々の雑用を殆どユーリに任せていたので、ユーリが一人欠けた状況には不慣れだ。
そして三人とも、自分達で何とかしよう、という思考を持ち合わせていなかった。
(くそっっ!! 絶対に、絶対に見つけ出してやる)
みすぼらしい幼なじみの顔を思い出し、ヴァンロストは唇を噛みしめた。
そんな勇者の横顔を横目で見て、ローザは溜息をつく。
(ここまで追いかけて来ちゃってね……そんなにあの坊やが必要だったら捨てなきゃ良かったのに)
今まで彼らと行動して分かったことは、戦い以外のことは殆どユーリに任せていたこと。しかもユーリは完璧なまでの補助をしていたようだ。
出来るだけ寝床の環境を良くし、料理の腕前もかなりのもので常に温かい料理がでていたようだし。しかも戦闘では優れた補助魔法で勇者達を支えていたのだろう。
今の勇者たちの戦いぶりは、明らかに評判のものとは違う。
勇者も強いには強いがSS級の冒険者とさほど大差はないし、魔法使いも神官もS級には違いないが特別感はまるでなかった。
勇者のパーティーが輝いていたのは、ユーリ=クロードベルがいたからこそなのではないだろうか。
何故、ユーリを役立たずだと思ったのか。
自分が勇者だったら、イリナかカミュラを追放している所だ。
「あーん!! 私、もう帰りたいっっっっ!!」
雪原の中一人叫ぶイリナを見てローザはポツリと呟く。
「……どっちかというとあんたが先だわ」
「何よ、何が私の方が先なの!?」
「別にー」
ローザはそう言ってから軽く肩をすくめる。
その時、ヴァンロストは歩く足を止めた。遠くの方に城のようなものが見えたのだ。
「おい、あそこに城があるぞ」
ヴァンロストは後ろに続くイリナ達の方を見て言った。
しかし彼女たちは訝しげに首を傾げる。
「お城ってどこー?」
「見えるのは岩山だけですよ」
「寒すぎて幻でも見たんじゃないのかい?」
女三人のつれない反応に、ヴァンロストは今一度、城が見えた前方へ視線を戻す。
そこに城の姿はなかった。
ヴァンロストは目をこする。寒さのあまり頭が朦朧としていたのか?
これはいよいよまずい。
早い所、休憩できる洞穴を探さないと。
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