第42話 優雅な朝食
朝――――
広々としたベッドの上、カーテンの隙間から差し込む朝日の光で目を覚ました。
視線を感じたので寝返りを打つと、ふわりと笑うユーリの顔が間近にあった。
俺はそんな彼女を抱き寄せ、その額に口づける。そして綺麗なブルーパープルの目をじっと見つめて問いかけた。
「ユーリ、俺とずっと一緒にいてくれるか?」
「…………うん」
俺の胸に額を当てて答えるユーリ。
こんな可愛い娘が俺の嫁さんになるのか。
俺の腕の中にいるのに、何だかまだ実感できない自分がいた。
◇・◇・◇
「ロイ、擦る強さ大丈夫?」
「ああ、丁度いい」
「痛かったら言ってね」
一時間後――
汗を流すために風呂に入ることにした俺は、ユーリに背中を洗って貰っていた。
自分じゃ手が届きにくい所も洗ってくれるから助かるな。
こういうのは何だか夫婦らしい感じがする。
不意にユーリは俺の背中を洗う手を止めて不思議そうに問いかけてきた。
「ロイ、この肩の模様は痣なの?」
「そういや、こいつのこと言ってなかったな。こいつは制御の印だ」
「制御の印?」
驚きに目を見張るユーリ。
記憶が曖昧である今、全てを話す事は出来ないが、妻になる彼女には前世のことを話しておかないといけないな。
「ユーリは前世って奴を信じるか?」
「う、うん。村に勉強を教えにきていた神官様から教わったことがある。勇者は創造神の子供の生まれ変わりだって。人は誰かしらの生まれ変わりなんだって言っていた」
……嘘教えてんじゃねえよ。神官。
あのヴァンロストが創造神の子供の生まれ変わりなわけねぇだろ?
多分それは勇者を神格化させるために後付け設定されたものだ。
だけど、まぁ、前世のことを信じているのであれば話は早い。
「俺には前世の記憶があるんだ」
「どんな前世だったの?」
振り返るとブルーパープルの目が興味深そうに丸くなっていた。
あんまり自慢出来るような前世じゃないから俺は苦笑いをする。
「俺の前世は酷いもんでな。力こそが全て、戦う事が全てだと思っていた。そしてそれが自分の存在意義でもあった」
「……」
「どんな罪を犯したのかは覚えていない。むしろ覚えがありすぎて、何の罪が決定打になったのかも分からない。まぁ、戦いに明け暮れたド派手な生活をし続けていたからな。方々から憎まれていたことは確かだ。俺は天界の裁きの間に連れて来られ、断罪されることになった」
「天界って神様がいる世界のこと?」
「ああ……俺をこの世界に転生させたのは
「……前世は人間じゃなかったってことだよね?」
「ああ、そうだ。ただ人として生きるには、俺が持つ力はあまりにも強すぎた。だから
「神の手によって? そういえばヴァンが生まれた時に持っていた勇者の石にも似たような文字が描かれていたけど、ロイの前世ってまさか……」
ユーリは言いかけたが躊躇しているのか、そのまま口を閉ざした。
俺は肩の印に触れる。
人間として生きている間は、制御が効かなくなるような事態になって欲しくないな。
俺はもうアレにはなりたくないからな。
その時、背中に温かく柔らかい感触がした。
ユーリが背後から俺を抱きしめたのだ。
「ロイが何者でも構わない……どんな存在でも、この気持ちは変わらない」
「……ありがとう、ユーリ」
ユーリの一途な気持ちが嬉しい。
俺が彼女を守らなければ……と思っていたのに、どうやら守られているのは俺の方らしいな。
風呂から上がり着替え終わった俺は、一度テラスに出た。
ユーリはキッチンで朝食の準備をしてくれている。
極寒だった雪原は灼熱の砂漠に変わっていた。
本当に奇っ怪な場所だよな。
日中と夜の気候が真逆なんてな。
砂漠の大地に所々雪が残っているけれど、日が高くなる前に跡形もなくなるだろう。
城の敷地内は強力な防御魔法のドームに覆われているので春のような気候だ。
手摺に一羽の小鳥がとまっている。
魔物の一種であるこの小鳥は黒いつぶらな目とオレンジの身体、白い腹が特徴だ。
可愛らしい容姿だが、敵と見なした相手には弾丸のようにぶつかってくる。
日中はオレンジ色の身体だが、夜は全身真っ白な身体になるという。
ここの魔物は夜と昼の姿が違うことが多い。
魔物の中には幻影魔法が効かない奴がいる。特にこの小鳥は視覚よりも嗅覚が発達した魔物だからな。
そういった魔物が暖や涼を求め城周辺の庭に来ることがあるみたいだ。
小鳥は嬉しそうに俺の指にとまった。
「砂漠の様子を見てきて欲しい」
「ピピピッ」
心得た、と小鳥は鳴いて空へ羽ばたいた。
出来れば魔物の妨害もなく、スムーズに帰りたいからな。
「ロイ、ご飯ができたよ」
ユーリが声をかけてきた。
テラスのテーブルの上には、ふわふわのパンケーキ、スクランブルエッグに厚めのベーコン、色鮮やかなほうれん草のバター炒めが載った皿、カゴの中に入った焼きたてのパン、ヨーグルトの小皿や野菜スープまである。
凄いな……旅先でもいつもと変わらない食事が出来るとは。
最後にカップにコーヒーも淹れて、砂漠が見渡せるテラスにて朝食を頂くことに。
…………ああ、優雅な朝だな。
「ロイ、これからどうする?」
「そうだな。とりあえずギルドの館に戻って、アイスディアをウォルクに渡そう。報酬を頂いたら、しばらく旅行にでも行くかな」
「旅行?」
「ああ、お金も大分貯まっているし、自分のご褒美ってとこだな。もちろん、お前も一緒だ」
「い、いいの? 旅行なんて」
「当たり前だ。俺の妻なんだから。一緒に行ってくれないと寂しいだろ?」
「旅行とか……全然考えたことがなかったので」
そうだよなぁ。
旅行なんて比較的生活に余裕がある家庭じゃなきゃ無理だもんな。
ましてや、勇者と魔王を退治する為の旅に出てたわけだからな。
遊びに行っているわけじゃない。
今まで頑張ってきたんだから、ユーリにもご褒美は必要だ。
「こんな風にゆっくりご飯を食べられるだけでも幸せなのに……」
そう言ってパンケーキを味わって食べているユーリを見て、俺は胸が締め付けられる。
勇者達と共に旅をしていた時は、落ち着いた食事など一度もできなかったのだろうな。
彼女は俺と暮らすようになってからも、毎日幸せを噛みしめるように食事をしていた。
この前、エンクリスの町で外食した時もそうだ。
ユーリにとって、こうしてゆっくり食事できることそのものが、信じられないくらいに幸せなのだろう。
気を張らなくてもいいゆったりした生活が当たり前になるまでは、もう少し時間がかかりそうだな。
その時、先ほど砂漠の偵察を頼んでいた小鳥がテラスの手すりにとまってきた。
ピィピィピィ……チチチチチチ……
警戒の鳴き声。俺は耳を凝らし、小鳥の報告を聞く。
近ク二人間イル
一人ハ、雄。アト三人雌……強い魔力感ジル
……何だと?
一人は男で、あと三人は女で、魔物が恐れる程強いパーティーといったら……まさか、勇者のパーティーか!?
あいつら、ユーリを追いかけてこんな所まで来てんのか。
は……っ、よっぽど後悔してんだな。ユーリを手放したことを。
悪いが返す気は全くないからな。
怖イ……大キナ鳥ニ追イカケラレタ……怖イ、怖イ、怖イ
大きな鳥?
天敵に出くわしてしまったのだろうか?
何にしても俺が偵察に行かせたばっかりに、大きな鳥に追い回されてしまったみたいだな。
俺は震える小鳥を宥めるよう、背中を撫でた。
「凄いね、魔物と話が出来るなんて」
「ああ、物心ついた時から魔物とは仲がよかったからな」
「へぇ、いいなあ」
……ん?
なんか、目をキラキラさせてこっちを見てるな。
「もしかして、ユーリも魔物と話をしてみたいとか?」
「うん。凶暴な魔物との話し合いは難しそうだけど、可愛い魔物とはお話してみたいなって」
「それだったら、ここから西の海を渡った島国、アルニード王国に行けばいい。あそこだったら魔物使いの勉強も出来るからな」
「アルニード王国?」
「あの国に魔物の専門家がいるからそこで学べる」
アルニード王国は港湾都市プネリをはじめ、王都ベールギュントなど世界屈指の大都市がある事で有名だ。
国王はエルフ族と人間のハーフだと言われている。国民はエルフ族をはじめ、人間やドワーフ族、人魚族や獣人族などが住んでいる、世界でも珍しい多民族国家だ。
港都プネリは美味しい果物や、食べ物もあり、建物全てが赤いとんがり屋根と白壁なので、街並みもとても綺麗だ。
そのプネリの郊外に俺と同じ孤児院で育った奴が住んでいる。そいつは魔物の専門家で優秀な魔物使いだ。
あいつの家だったら魔物に関する専門書も沢山あるしな。ユーリもそこで学ぶことができるだろう。
「よし、最初の旅行はアルニード王国にするか」
「え!?」
「魔物使いの資格も取れるし一石二鳥だろ」
「で、でも、それは申し訳ないような」
「港湾都市のプネリは良い所だぞ。あの綺麗な街並み、ユーリにも見て欲しいな」
「……」
俺の言葉に、ユーリの目は少し涙ぐんでいた。
そんな大したこと言っていないんだけどな。
彼女は俺と出会う前までは、そんな大したことすら言って貰えたことがなかったのだろうな。
ユーリはもっと幸せになるべきだ。
俺がこの手で幸せにする。
その為には、まずは邪魔者を片付けなきゃいけねぇな。
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