第43話 勇者達との戦い①
今日は良い天気だ。
雲一つない青空で砂漠の見通しもいい。
朝食を食べ終え、
「
それまでそこにあった城は幻のように消えてゆく。
極寒だった夜はもこもこな猫耳のフードジャケットを着込んでいたユーリだが、極暑である今は全身を覆う日よけマントのフードを深くかぶっていた。
可愛い顔が見えなくなるが、砂漠にいる間は仕方がない。ここの紫外線は人によっては肌を刺すような痛さだからな。
このまま何事もなく砂漠地帯を出られたらいいのだけど、そうはいかないみたいだ。
遠くから凄い勢いで駆け寄ってくる四人がいる。
城は幻影魔法で隠された状態。勇者とて見破るのは難しい筈だが、あいつらどうして此処が分かったんだ?
するとどこからともなく甲高く鋭い鳥の鳴き声がした。
上空を見上げると、鷹……厳密に言うとオーガホークという名の鷹形の魔物だ。
アイスヒートランドにはいるはずがない生物。あれは……もしかして勇者側の使役鳥か?
そう言えば勇者の接近を知らせてくれたあの小鳥、大きな鳥に追いかけられたって言っていた。
獲物である小鳥を追いかけていたら、たまたま幻影城にたどり着いちまったのかもしれねぇな。
偵察に行かせたのが裏目に出ちまったか……まさか勇者がこんな所まで来ているとは思わなかったからな。
俺は収納玉から
走りにくい砂漠を全速力で走った為か、勇者ヴァンロスト=レインは少しふらついた足取りでこちらに近づいてきた。
「見つけたぞ!! ユーリ。俺達の元に戻ることを許す!! だから、こっちへ来い……へ、へ、へ、へっくしっっ!!」
台詞を言い終わらない内にヴァンロストは立ち止まり、盛大なくしゃみをした。
俺は顔を引きつらせ掌を前に出す。
「お前、風邪引いてるだろ? 二メートル以内近づくな。ソーシャルディスタンスだ」
「何訳の分からない事を言ってんだ、貴様は!? 俺様に物申す立場じゃないだろ」
ソーシャルディスタンスというのは、どこかの世界で流行した言葉らしい。
お互いに風邪などに感染しないよう、二メートル以内近づいたらいけないのだとか。
俺は肩を竦めて勇者に言った。
「勇者様の心の成長を促す為に、俺は人としてのマナーを教えただけだ」
腕組みをして答える俺に対し、勇者ヴァンロストは目を剥いた。
大半の人間は、勇者という肩書きを聞いただけで、びびって跪いただろうからな。まさか俺に反論されるとは夢にも思っていなかったのだろう。
勇者様を甘やかしている人間が多すぎるな。
「ちょっと、地味ロイ。大人しくそいつを引き渡しなさいよ。相手は勇者様なんだよ? いくらなんでもB級のアンタ如きが太刀打ちできる相手じゃない」
そう言うのは渡りのローザだ。
ま、確かに普通のB級冒険者じゃ無理だわな。
俺はじろりとローザを睨む。
「最初に面倒を見ろって言ったのはお前だろうが」
「事情が変わったんだよ。あたしもその子に興味があるしね」
ふふふ、と意味深に笑うローザ。
こいつのことだから勇者のパーティーの要がユーリであることを見抜いたのかもしれないな。
ユーリが元のパーティーに戻った所で、また良いように使われるだけだ。
絶対にユーリを渡すわけにはいかない。
ヴァンロストはじろりと俺を睨み、こちらを指差してきた。
「そこのB級野郎、大人しくユーリを返せばさっきの態度は許してやる」
「おいおい、勇者様のお言葉とは思えないな。どこの悪党の台詞だよ」
「誰が悪党だ! いいから返せって言っているんだ!」
「今更返せと言われてもな。お前らがユーリを追放したんだろ」
「その追放を許してやると言っているんだ」
「別にお前の許しなんかいらん。お前こそ大人しく帰れ」
俺は勇者に向かって しっしっと手で払うしぐさをした。
全く従う様子のない俺に、ヴァンロストは歯ぎしりをして、仲間の女達の方を見た。
「くそっっ……イリナ、カミュラ、ローザこいつを片付けろ」
「えー、B級のおじさん相手にS級の私ら相手って可哀想じゃない?」
「ユーリを取り戻す為ですよ。情けは無用だわ」
馬鹿にしたように俺を見下す魔法使いの少女に対し、眼鏡を持ち上げながら冷淡に答えるのは女性神官だ。
その時ユーリが両手を広げて俺の前に立ちはだかった。
「ヴァン、やめるんだ! この人は関係ない!!」
無意識なのだろうが勇者に対しては、ユーリの声はまるで少年のように低くなっていた。
「うるせぇ!! ユーリ、お前が俺に口答えすんな!! お前は黙って俺の命令に従っていればいいんだよ!!」
「ロイに手を出したら、僕は君を絶対に許さない!!」
「何だと、貴様!?
ヴァンロストはユーリに向かって衝撃波魔法を放った。
ユーリの身体は数メートル先まで吹っ飛んだ。
「ユーリッッ!!」
俺はユーリの名を叫んだ。
彼女は弾き飛ばされた衝撃で起き上がれないのか、うつ伏せに倒れていた。
ヴァンロストはそんな彼女に怒鳴りつける。
「だから口答えすんなっつってんだろ!? そんな奴より勇者の俺と一緒にいた方が、お前だって幸せだろうが!!」
追放したとはいえ、まがりなりにも仲間だった人間に攻撃をするとは、勇者は想像していた以上にクズだな。
俺はユーリの元へ駆け寄ろうとするが。
「
女性神官が俺に捕縛魔法をかける。
身体が何重もの糸に絡まれたかのように動かなくなる。
さらに魔法使いの少女が嬉々として呪文を唱えた。
「黒焦げになっちゃえ! 火炎弾(ファイアボール)」
いきなりでっかい火の玉ぶつけて来やがったよ。
相手はS級の魔法使い。B級の冒険者だと確かに太刀打ちできない。
俺は炎の弾丸をもろに食らった。
身体に炎がまとわりつく。こいつは標的を焼き尽くすまで消えない炎だ。
だけど――――
「
呪文を唱えると砂漠地帯となったアイスヒートランドに、雪の花が舞う。
俺を取り巻いていた炎は雪の花に触れた瞬間あっけなく消えた。
こんなしょぼい魔法、俺には痛くも痒くもない。
いや、ほんの少し火傷はしたか。
人間の身体というのは不便なものだ。
「
俺が呪文を唱えると、身体を束縛していた魔法の紐はしゅるしゅると解かれる。
女性神官が愕然と目を瞠る。
S級冒険者が仕掛けた魔法が、B級冒険者によってあっさり解かれるなどまず有り得ないから、そういう顔になるのだろう。
魔法を解除した瞬間、俺は大剣を構えた。
ギィィィィン!!
ローザが俺に斬りかかってきたので、俺は
彼女は軽く舌打ちをしてから、俺に問いかける。
「あんた、本当はB級じゃないね……何でB級でとどまっているわけ?」
「色々面倒くさいからだよ」
ふっと笑みを浮かべ俺はローザの剣を、彼女の身体ごと突き飛ばした。
彼女は数メートルほど吹っ飛び、尻餅をついたが、すぐに立ち上がり俺に斬りかかる。
彼女が持つレッドスコーピオンの剣は毒が仕込まれているから触れないようにしなければな。
触れたら少し面倒なことになる。
「行け!! ローザ」
俺と打ち合うローザに、援護もせずにただ応援だけするヴァンロスト。
大した勇者様だぜ。
彼女が打ち込んでくる剣は重い。
SS級の戦士の中でも上位ランクの実力と見ていいだろう。
だが――――
「
俺が小声で唱えると、ローザの身体が弾けるように飛んだ。
仰向けの状態で砂の上に落下した彼女は、目を回しているのか、なかなか起き上がる気配はない。
「く、くそ……!!」
勇者ヴァンロストが剣を抜き俺に斬りかかろうとしたが、俺の前にユーリが立ちはだかり、その剣を受け止める。
ユーリは冷ややかな声でヴァンロストに告げる。
「ロイを傷つけるな。傷つけたらただじゃおかない」
「く……ユーリの分際で!!」
勇者の剣を水晶剣で受け止めるのには限界がある。
俺はユーリの剣が壊れる前に「
身体を吹っ飛ばされたヴァンロストはそのまま尻餅をついたが、すぐさま起き上がる。ローザは気絶したが、こいつはそうならないあたり、さすが勇者様といったところか。
「ユーリ、そんな地味野郎のことなんかどうでもいいだろ!? 俺と一緒に行った方がはるかに充実しているし、魔王退治という大きな仕事にも関われるんだぞ!?」
「ヴァン、僕は……ロイのことが好きなんだ」
「は!? 一体、何を言っているんだっっっ!?」
「僕はロイと共に生きて行きたい!! 君の元には絶対に戻りたくない!!」
はっきりそう言ってからユーリはヴァンロストに向かって剣を突きつけた。
その時、ユーリのフードが風で翻り、彼女の顔が露わになる。
それまで、フードで彼女の顔を半分しか見ていなかったヴァンロストは、髪を整え、貧相ではなくなったユーリの顔を見て目を見開く。
「え……君は誰だ?」
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