第44話 勇者達との戦い②
「え……君は誰だ?」
ヴァンロストは目を見開いてユーリを凝視していた。
驚きのあまり声も出ないようだな。
みすぼらしい少年とばかり思っていた人物が、とんでもない美人だったのだから。
そんな勇者をユーリは冷ややかな目で見る。
「いきなり君呼ばわりしないでくれる? 寒気がするから」
「……!?」
寒気がすると言われたことがショックだったのか、ヴァンロストは一瞬声を失った。
さらに強い風が吹き抜け、フードだけではなく、全身を覆っていたマントも翻る。
マントの下から女性らしい体型が見えたのだろう。
魔法使いの少女が素っ頓狂な声をあげた。
「あ、あれ!? 声はユーリちゃんなのに……女の子!?」
「髪の毛の色も目の色もユーリと一緒だけど……え……性別を隠していたってこと?」
女性神官も戸惑っているようだった。
彼女たちもユーリが女性だったことには気づいていなかったのか。同じ女性なら気づきそうなものだが……それだけユーリは完璧な男になりきっていたってことなんだろうな。
ヴァンロストはユーリを指さし声を震わせた。
「…………ユーリが女……いやだって村でも男と同じ仕事していたし、男の格好していたし」
「ユーリは女だよ。ずっとお前の護衛を全うする為に性別を隠して生きてきたんだ」
「な、何だと……!?」
今度は俺がユーリの前に立ちはだかり剣を構えた。
そして勇者一行に告げる。
「ユーリは俺の妻だ。お前達に返すことは出来ない」
「――――っっ!?」
ヴァンロストはまだ信じられないのか、ユーリの姿を上から下まで凝視している。
そりゃこんな美人と今まで旅をしていたのに、まるっきり気づいていなかったのだからな。不覚にも程があるだろうよ。
その時女性神官が俺達の手元を指さして言った。
「あなたたち、まだギルドに正式な結婚届は出していませんね? だとしたら既婚者ではないので、ギルドの規則は通用しませんよ」
確かに結婚した冒険者はギルドの館に結婚届を出さなければならない。
その際、冒険者ギルドからは祝いの品として結婚の証しである指輪が渡される。
その指輪が正式な夫婦となった証しとなるのだ。
「だったら何だ。誰が何と言おうとユーリは俺の妻だ。俺から妻を奪おうとする奴はすべて敵だ」
俺の言葉にヴァンロストは目を剥いた。
「貴様、勇者に逆らう気か!?」
「逆らうと言ったら?」
「勇者の恐ろしさを思い知らせてやるまでだ!!」
ヴァンロストは勇者の剣を振り上げ俺に向かって斬り掛かって来た。
白く輝く勇者の剣と漆黒の刃を持つ
ギィィィィィィィィ――ンンンンンンンンッッッ!!
まるで空間を引き裂くような鋭い音が響き渡る。
勇者の剣に触れた瞬間、
こいつは生半可な人間が触れたら精神を食われる闇のエネルギーだな。勇者の光のエネルギーとは相反するものだ。
勇者はさっと顔色を変える。
「貴様……人間である筈のお前が何故そんなものを持てる!?」
「さぁな。何故かこの剣には気に入られているみたいでな」
勇者は体重をかけて押してくるが、俺はびくともしない。
黒いオーラはだんだん白いオーラを凌駕しヴァンロストを苦しめることに。
その時魔法使いの少女が声を上げる。
「さっきは手加減してたわ。今度は本気出すわよ。
先程よりも大きな炎の弾丸がいくつもこちらに飛んでくる。
しかし魔法使いの少女が呪文を唱えた直後にユーリも防御魔法の呪文を唱えていた。
炎の弾丸は防御の壁にぶつかり消失する。
魔法使いの少女が頬を膨らませた。
「んもう!! ユーリちゃんのくせに!!」
「イリナ、そこをどいて。
今度は神官の女性がユーリに向かって束縛魔法をかけようとした。
しかしその前にユーリの方が早く呪文を唱えていた。
「
たちまち魔法使いの少女と、神官の女性は目に見えない紐で拘束されたかのように動かなくなった。
「く……
女性神官はすぐさま呪文を唱えるが、ユーリが仕掛けた束縛魔法が解けることはなかった。
身動きが取れなくなった仲間を見て、ヴァンロストは舌打ちする。
「この……!!
俺に向かって勇者は呪文を唱えた。
しかし俺の身体は吹き飛ぶことない。
顔色も一つ変えない俺を見てヴァンロストは一瞬狼狽えた。
「クソ……ッ!」
ヴァンロストは後ろへ飛び退き距離をとると、剣の柄を両手で握りしめた。
勇者の剣が眩しい輝きを放つ。
「これならどうだぁ!?」
上から一直線に振り下ろされた剣。
普通の人間であれば目に見えない早さなのかもしれないが、俺は後方へ飛び退いてそれを避ける。
攻撃を余裕に躱している俺が信じられないのか、勇者の表情に焦りが浮かぶ。
「く……B級冒険者のくせに!!」
「出来りゃB級らしく地味に生きたかったけどな。だけど大事な存在を守る為だったら、たとえ世界を敵に回しても俺は戦うさ」
「巫山戯んな!!」
ヴァンロストは剣を横に薙ぐ。
俺は後ろに飛び退きそれを避けた。
互いに距離が出来たところで、俺達はもう一度剣を構え直す。
今度はこっちから仕掛けようかと思った時、ヴァンロストは今一度ユーリを見た。
「ユーリ、そんなおっさんなんかと別れて俺の所に戻って来い!! 今までは雑用係だったが、今日からは俺の恋人にしてやる」
この馬鹿勇者、どういう神経をしているんだ!?
ユーリが女と分かったとたん恋人にしてやるって……。
刺し殺してやろうかと思ったが、その前にユーリは顔を蒼白にして首をブンブン横に振って言った。
「冗談じゃない!! 死んでもゴメンだ!!」
「な……何だと!?」
「僕のことをあれだけ馬鹿にして、邪魔者扱いしたくせに今更何なんだ!? 気持ち悪い!!」
「……!?」
ユーリの完全なる拒絶にヴァンロストは驚愕していた。
いや、逆に何で、ユーリが喜んで自分の元にくると思ったんだよ?
自分がユーリにどんな仕打ちをしてきたのか、すっかり忘れているんじゃないのか?
「この俺が誘ってやっているのに、それを断るのか、貴様は!?」
その時、勇者の剣が赤く輝き始めた。
勇者の怒りに剣が呼応したみたいだな。
怒りのエネルギーを引き出し、攻撃力を上げる武器は時々見かけるが、その手の武器は怒りで我を忘れ、仲間まで傷つけてしまうことが多々ある。
額に青筋を立て白目を剥くヴァンロストを見て嫌な予感がした俺は、あらかじめ防御魔法をかけておく。
既にユーリが防御魔法をかけてくれた状態だが念の為だ。
ヴァンロストは両手の拳を握りしめ、怒声を張り上げた。
「俺に逆らう奴は全員許さん!!
勇者が呪文を唱えた瞬間、俺達の視界は炎と黒煙に占められた。
ドォォォォンッッッ!!
爆破音が砂漠の空に響き渡り、岩場に止まっていた鳥たちは驚いて、一斉に飛び立った。
あらかじめ防御魔法をかけて正解だった。
爆破の渦中の中でも無色透明なドームに守られた俺達は無傷だった。
俺は鋭い眼差しを勇者に向ける。
怒りで我を忘れているとは言え、俺だけじゃなくユーリまで巻き込むとは。
本当にヴァンロストはクズ勇者だな。
いや。
俺はこいつを勇者とは認めたくないな。
どこの馬鹿がこんな奴を勇者に選出したのか知らねぇけど。
「すごい……僕の防御魔法だけだったら、防ぎきれなくて怪我してた所だよ。この魔法、古代遺跡のドラゴンを倒すほどの威力なのに」
古代遺跡のドラゴンとやらがどれだけ強いか分からんが、俺の防御魔法を破る程の力はないみたいだな。
「
俺はユーリの腰を抱くと、浮遊の呪文を唱えて宙に浮いた。
身体が接触していれば浮遊魔法はユーリにも効果をもたらす。
爆煙が立ち込めて視界が悪いので、俺達が宙に浮いていることに勇者は気づいていない。
今までは俺は加減して魔法を使っていた。
さっきの衝撃波魔法も俺が少しでも加減を誤ればローザと勇者は消えてなくなっていただろう。それだけならまだしも、衝撃が強すぎてユーリも巻き込んでしまう可能性がある。
創造神が施した制御の印をもってしても、俺の力は人が持つにはあまりにも強すぎるからな。
勇者達を相手に魔法で一気に片を付けるには、ユーリを巻き込まないようにしないといけない。
一番低い雲の位置までたどり着くと、俺は下にいる勇者たちに掌を向けた。
「
俺は“軽く”魔力を込めて、勇者と全く同じ爆破魔法の呪文を唱えた。
その次の瞬間、勇者たちは黒煙と真っ赤な炎のドームに覆われた。
ドォォォォォォォォォンーーーーーー!!!
他の攻撃魔法と比べると群を抜いて破壊力がある爆破魔法。
この魔法は俺とやたらに相性がいい。俺が使うと威力が何倍にもなってしまうので、かなり控えめに放った。少しでも力の加減を間違えたらアイスヒートランドが吹っ飛ぶからな。
爆破の衝撃で地震が起こったのか、岩山が揺れている。
爆煙が立ち込め、しばらくの間は何も見えなかった。
やがて砂混じりの風が吹き抜けて煙が晴れた時、砂漠の大地だったその場所は深く抉れて、巨大なクレーターが出来上がっていた。
今、幻影魔法で見えなくなっている城も爆破魔法に巻き込まれている可能性があるが、あそこは強固な防御魔法が常にかけられた状態だから特に被害はないだろう。
俺が放った爆破魔法をもろに食らったにも拘わらず、まだ立っている勇者はかなりのしぶとさだが、反撃する力はもうないようだった。
脚はふらつき短い髪の毛も爆破のショックで栗の毬のように逆立っていた。
立ち続ける事が儘ならなかったのか、その場に頽れる。
魔法使い、神官、ローザも髪の毛はチリチリになり、服もボロボロだ。服のぼろさ加減は出会った時のユーリの格好と同じくらいだな。
勇者と違って倒れたまま起き上がれないようだった。
俺はゆっくりと降下し、岩山の上に降り立つと勇者を見下ろし冷たく言い放つ。
「ゴミクズが」
「……!?」
おっと、ゴミクズは言い過ぎたか。
今の俺は前世の俺とは違う。勇者と同じ人間だからな。
人様をゴミ扱いするのは良くないな。だがクズは撤回しないぞ。ヴァンロストの人間性は正真正銘のクズだからな。
俺の鋭い視線から逃げて、縋るようにユーリの方を見るヴァンロスト。
「ユーリ……俺に治癒魔法をかけろ……早くしろ……愚図……」
声は切れ切れだが、この期に及んでユーリに向かってまだ偉そうに命令+罵倒をする勇者。
しかしユーリは無表情で答える。
「僕よりも有能な仲間がいるのだから、僕が治療しなくてもいいじゃないか」
「そ……それは」
「村長さんから言われていたんだ。勇者の役に立たなくなったら、潔くパーティーから去るように、と」
「――」
「僕は役立たずなんだし、もう戻る必要はないよね?」
「……っっ!!」
プライドが高い勇者は言えないだろうな。
本当はユーリがものすごく役に立っていることを……それどころか、ユーリがいないと困るんだ、と口が裂けても言えない。
役立たずなお前を、慈悲の心で使ってやっているというスタンスで行きたいのだ。
俺は一瞬だけ殺気を露わにし、ヴァンロストに向かって淡々と告げる。
「今度ユーリに近づいたらお前をこの世から消す」
「……!?」
俺の凍てついた眼差しに、ヴァンロストの身体はビクッと震えた。
その顔はたちまち蒼白なものになる。
今、こいつは圧倒的な力の差を見せつけられ俺に恐怖を抱いていた。
目を合わせることすら出来ずにいる。
俺はユーリに問いかけた。
「どうする? ユーリ、何なら今すぐでもこいつらを消してもいいが」
「え!?」
目をまん丸にするユーリ。
普通の人間だったら死んでもおかしくない攻撃を仕掛けられているからな。俺はこいつらを消すことに何の躊躇もない。
俺が本気であることを悟ったのか、ユーリはしばらくの間黙って考えていた。
情けなくも震えている勇者を冷ややかに見てから彼女は言った。
「勇者が失踪した、もしくは勇者が死んだことが知れ渡ったら、魔族達が大陸に総攻撃をしかけてくると思う」
「まぁ、そうかもしれないな」
「そうなったら世界は混乱し、平穏な暮らしは夢のまた夢になるよ。それにこんな奴の為にロイが手を汚す必要はない」
俺はお前のためならいくらでも手を汚してもかまわないけどな。
前世なんかもっと酷かったし。
まぁ、いい。いざとなったら、こんな奴らいつでもこの世からなかったことにできるからな。
茫然自失状態のヴァンロストを横目で見ながら、俺は収納玉からブラックワイバーンを解き放つ。
その時ローザが意識を取り戻し、背中をさすりながら起き上がる。そして俺達を見て自嘲混じりに呟いた。
「こいつは驚いたね……そのワイバーンに乗ることが出来る冒険者はウォルクぐらいだと思っていたよ」
俺はユーリを前に乗せると、ワイバーンの手綱を引いた。
羽ばたくワイバーンの翼は強風を起こし、砂漠の砂を巻き上げる。
全滅した勇者一行を残し、俺達はあっという間に雲の上まで飛んでいた。
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