第45話 依頼完了

 ブラックワイバーンを飛ばし、アイスヒートランドを出た俺たちは一先ずエンクリスの町を目指していた。

 ユーリはちらっと後ろを振り返って言った。


「ヴァンは流石に追って来ないね……」

「追う体力も気力も残っていないだろうな」

「ロイって、本当に何者なの? 勇者まで倒してしまうなんて、まさかアレじゃないよね」

「ユーリの言うアレが何か分からんけど、俺はしがないB級冒険者だよ」

「ロイ、しがないB級冒険者は、あんなにあっさり勇者を倒すことはできないんだけど? このやり取り何度目かなぁ」


 言いながらユーリは可笑しそうに笑う。

 彼女は俺が多くを語らないことを、あまり気にしていないみたいだった。


「ユーリは俺のことあんまり聞いて来ないよな」

「だって話したくても話せないんでしょ? 前世のことだってロイ自身が思い出せない事もあるだろうし」

「まぁな。前世の記憶も断片的なんだよな」

「分かるよ。僕も孤児だったし、親の記憶も曖昧で。自分のルーツとか全然分からないからさ。聞かれても答えられない事が多いんだ」


 そういやそうだよな。

 お互い家族がいない身の上。自分がどこの誰だったかも分からないという点では共通しているんだよな。


「過去のロイよりも、これからのロイが僕にとっては大事だからね」


 ユーリのその言葉は、俺にとっては泣きたいくらいに嬉しい言葉だった。

 彼女を幸せにしたい……俺自身が今幸せだから。もっともっと彼女の笑顔が見たい。

 お互いに笑い合える、そんな日々を送りたい。

 俺は後ろからユーリの身体をぎゅっと抱きしめた。



 エンクリスの町にたどり着いた俺達は、砂漠対応だった格好から、普段の格好に着替えることに。

 あのアイスヒートランドは同じ世界、同じ大地にありながら超自然現象により隔絶された地帯で、周辺地域の季節や気候の影響を全く受けない。

 反対にエンクリスの町もアイスヒートランドの気候の影響を受けることはない。

 季節は春だがエンクリスの町は北地なのでまだ寒い。俺は行きの時に着ていたジャケットを上に羽織っておく。ユーリももこもこの猫耳フードを着込んだ。

 

 ウォルクが所有するこのブラックワイバーンは、他のワイバーンよりも飛行速度が速い。

 順調に飛行を続ければ夕方には商都エトにたどり着くだろう。

 食事を済ませ、完璧な防寒対策をしてから再びブラックワイバーンに乗り出発した。


 ◇・◇・◇


 ギルドの館エト支部。

 敷地内にはワイバーンが離着陸する広場があるので、そこに着陸する。

 双眼鏡で俺達が来るのを確認していたのだろう。広場にはウォルクが出迎えて、すぐに応接室に案内された。

 俺とユーリがソファーに腰掛けると、エリンちゃんがお茶を持ってきてくれる。

 向かいにウォルクが腰掛け、金貨が入った袋と透明に輝くカードをテーブルの上に置く。

 俺もまたアイスディアを収めた収納玉をテーブルの上に置いた。

 ウォルクは収納玉を手に取り、重さや玉の中身を確認する。

 玉を覗き込むと、アイスディアが空間の中で眠っている姿が見えるんだよな。


「確かにアイスディアが生け捕りにされた状態だな。一日で仕事を終わらせるとは流石だ」

「今回はユーリの助けもあったからな」

 

 俺とユーリは顔を見合わせて笑う。彼女の助けがなかったら、もう少し時間がかかっていたところだっただろう。

 ふと、何ともいえない視線を感じウォルクを見ると、奴は何かを見透かしたかのようににやーっと笑っていた。

 俺はさりげなくユーリから視線をはずし、お茶を飲むことにした。

 

「で、お前ら。結婚式はいつなんだ?」


 ド直球を投げてきやがるウォルクに、俺は飲んでいる茶を吹き出しかけた。

 く……喉の気管に入っちまった。

 むせる俺にユーリが慌てて背中をさする。背中に治癒魔法をかけてくれたおかげで、すぐに苦しさからは解放された。

 俺は涙ぐみながら思わずウォルクに怒鳴った。


「おい、今はその話じゃないだろ!?」

「もう仕事の話は終わった。お前ら今回の仕事を機にデキたんだろ?」

「…………デキたけどな」



 俺は自分でも出したことがないくらいの小声で答えた。

 何でそんなことが分かるんだ? そんなに俺達の雰囲気って前より違うのかな。

 隣に座るユーリも顔が真っ赤だ。


「今すぐ式を挙げろとは言わない。だが受付に婚姻届けは出しておけ。そうしておけば、いくら勇者でもユーリ君には手を出しにくくなるからな」

「わ……分かった。ユーリもそれでいいか?」

「う、うん。僕はあの時からロイの妻になったと思っているから」


 あ、あの時って……あの時の事だよな。

 ユーリと過ごした夜のことを思い出し俺は顔が熱くなる。

 それに勇者の前で彼女が妻であることを宣言したからな。ちゃんと事実にしなきゃいけない。

 ユーリとの新婚生活を想像すると、頬が緩みそうになるが、今は浮き足立っている場合じゃない。

 大事なことを報告しておかないとな。


「その勇者だがユーリ追いかけてアイスヒートランドまでやってきたよ」

「アイスヒートランドまで!? よほどユーリ君がいなくて困っていたようだな」

 

 ウォルクはその場にはいない勇者に呆れ果てていた。

 俺だって勇者様がユーリを取り返しにあんな所まで追いかけてくるとは思わなかったもんな。


「しかしお前等がアイスヒートランドに行っている情報、勇者は何処で手に入れたんだか。うちは守秘義務は徹底している筈だ」

「おおかた闇情報屋から手に入れたんだろ?」


 闇情報屋とは情報屋ギルドに所属していない情報屋達のことをさす。

 違法な手口で情報をかき集めたり、金のためなら顧客情報も売ったりするので、相当リスクがいる情報屋だ。

 その分、通常の手口では手に入りにくい情報が手に入ったりするんだけどな。

 俺の個人情報もバレてそうだよなぁ……こんなおっさんの個人情報手に入れてどうすんだよって思うけど、情報屋にとっちゃ些細な情報でもお宝になる可能性があるからな。

 ウォルクは盛大な溜息を吐いてから後ろ頭を掻いた。


「……職員の中に情報屋のスパイが紛れ込んでいる可能性があるな」


 冒険者ギルドのエト支部は職員が多いからな。

 見つけ出すのには時間がかかるかもしれないな。スパイじゃなくても、出来心で情報を売ってしまう人間もいる場合もあるし。


「いずれにしても勇者との衝突は避けられなかっただろうよ。馬鹿勇者が力尽くで俺からユーリを奪おうとしたから叩き潰しておいた」

「勇者を虫扱いするな」

「だって俺からすりゃ、あんな奴虫けら……」

「それ以上言うな。時々昔の凶悪な性格が表に出るな。お前は」


 俺達の会話を聞いていたユーリは戸惑いながら尋ねる。


「あの……ギルド長はロイが勇者を倒したことにあまり驚いていないようだけど……」


 おっとユーリからすりゃ、俺とウォルクの会話は不思議だったかもしれないな。

 彼女の疑問にウォルクはニッと笑って答えた。


「ああ、こいつのことはから知っているからな。あの勇者じゃロイには勝てないことくらい分かる」



 




 

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