第36話 勇者は追放した仲間を探し回る③ 

「俺達はユーリ……じゃなくて、ロイロット=ブレイクを探している。奴は本当にここに来ていないのか?」

「勇者さま、他の冒険者の個人情報については守秘義務がございますので、お答えすることはできません」


 商都エトにたどり着いたヴァンロストは、まず理髪店に行き髪を短く切った。

 整髪料で髪もセットしてもらった後、ギルドの館のエト支部を訪れた。

 女性職員や、女性の冒険者から憧憬の眼差しが注がれ、気を良くしたヴァンロストは受付の少女にロイはここに来なかったか尋ねてみた。

 しかしエリンと名乗る少女は笑顔のまま、守秘義務を主張してきた。

 確かに本来、ギルドの館には守秘義務がある。

 だが、自分は勇者だ。

 そういった情報も特別に教えてくれる事が多かった。

 今までの受付嬢はこちらが勇者と名乗っただけであっさり教えてくれた。しかも自分に熱っぽい眼差しを向けることも多かった。

 しかしこの少女は驚く程勇者に対して憧憬の念がない。むしろ軽蔑の眼差しで自分のことを見ているのだ。

 睨んで脅してみるが、彼女は勇者の怖さを知らないのか、頑として答えてくれない。

 するとその場に居合わせた冒険者が、手に持つ酒瓶を持ち上げながら代わりに答えた。


「勇者さん、ロイを探しているのかい?」

「ちょっと! 駄目ですよ! むやみに教えたら」

「俺が言わなくても誰かが言うって」

 

 咎めるエリンに酔っ払いの冒険者は構わず話を続ける。


「あいつなら、パートナーの小僧と一緒に仕事してるみたいだぜ」

「小僧?」

「ちょっと小柄な黒髪の小僧だったなぁ」


(小柄な黒髪の小僧……ユーリのことか。あのB級地味野郎のパートナーだと!?)

 

 どこから見ても冴えないおっさんにしか思えなかった男の顔を思い出し、ヴァンロストは唇を噛む。

 ローザの一言であのB級冒険者がユーリと共に酒場を出て行ったことは確かだ。

 そしてどこかのギルドの館を訪れていることも予想できる。

 だが、まさかパートナーとして一緒に働いていたとは。


「E級のあいつに何が出来るんだか」


 みすぼらしいユーリの顔を思い出し、嘲笑混じりに呟くヴァンロストに、エリンはにこやかに笑って言った。


「ユーリさん今、S級ですよ」

「何!?」

「だからそれに相応しい仕事場に行って頂いています。私が言えるのはそれだけですね」

「あいつ……俺の許しを得ずに勝手に昇級試験を受けたのか!?」

「あれ? 勇者様はユーリさんを解雇したのでしょう? もう関係ないのでは?」


 にこにこ笑いながらも盛大な嫌味を言うエリンに、ヴァンロストの顔は怒りで引きつりそうになる。しかし反論する言葉が見つからず、不自然な笑みを浮かべる。


「いや、実はそのユーリに大事なことを伝えなきゃならなくてな。すぐに連絡をとらなければならないんだ」

「ユーリさんは遠方でお仕事をしていますので、今すぐは無理ですね」

「だから遠方ってどこなんだ!?」

「それは守秘義務ですから答えられません」



 苛立ちを隠しきれないヴァンロストに、エリンは怯むことなくニコニコ笑ったままそう答えた。

 今にも幼い受付の少女につかみかかりそうな勇者に、ローザは呆れたように溜息をついてから、ヴァンロストの肩を軽く叩いて言った。


「こっちじゃ埒があかないから、別の所で聞こうじゃないか」

「し、しかし……」

「そのお嬢さんはあんたがどう脅しても絶対に喋らないさ。優秀な受付嬢だからね」

「ちっっ……」


 ローザは周囲には聞こえないよう小声でヴァンロストに言った。


「私の知り合いの情報屋だったら、誰がどの依頼を受けたかも知っているはずだ。そいつに聞いてみようじゃないか」

「……」


 ローザの言葉にヴァンロストは口元に笑みを浮かべる。

 この女は本当に使える。

 雇うのに金はかかったがそれだけの価値はある。本当にユーリとは大違いだ。しかし、あれはあれで雑用としては少しは役に立つ。だから今後もそばに置いてやるつもりだ。


「ローザ、情報屋の元に案内してくれ」


 ◇・◇・◇


 雑貨屋ゼンク。

 エトの都心から少し離れた場所にある雑貨屋。

 一見、客も来ない寂れた店だが、店主は凄腕の情報屋でこちらの方が本業であった。

 ローザとは古くからの知り合いらしい。

 年齢は八十歳。

 冒険者ギルドの館から歩いて二〇分、路地裏にある廃墟のような家に彼は住んでいた。

 彼はカウンターの向こうで新聞を読んでいたが、勇者となじみの冒険者であるローザの姿を認めると、面倒くさそうに欠伸をしてから言った。


「何じゃ、ローザじゃないか。今日は何の用じゃ? また金になる情報を持ってきたのかの?」

「違うよ。今日は買う側」

「勇者様と一緒に冒険なんざあんたも物好きだね」

「煩い小鳥が二匹いるし、勇者様も何かと世話がかかるけどね。それなりに金になるよ」


 ゼンクの言葉に、不愉快そうに眉を顰めるヴァンロスト。

 煩い小鳥、というのは後ろにいるイリナとカミュラのことだろう。二人は自分達のことを言われているとは思っていないようで首を傾げている。


「カミュラ鳥なんかいたっけ?」

「さぁ、ローザが飼っている鳥のことでしょ」

 

 自分が煩いという自覚がないカミュラも溜息交じりに言った。

 ローザが前に出てゼンクに尋ねる。


「万年B級冒険者のロイロット=ブレイクの事を探しているんだ」

「ロイロット=ブレイクぅ? 何じゃ、お前さんたちもあの男に用事があるのかい」

「「?」」


 首を傾げるヴァンロストとローザ。

 ちなみにイリナとカミュラは会話には参加せず、店棚に置いてある雑貨を見ていた。


「俺達の他にもあのおっさんを探している奴がいたのか」

「そうそう。ロイが住んでいるトコ教えてくれってね。凄い熱量で尋ねてきた奴がいたよ」

「誰だよ、B級のおっさん追いかける物好きな奴って」

「お金くれたら教えてあげる」

「小さな情報でも手がかりになるからね。教えてくれない?」


 ローザが勝手に話を進める。

 ……金を払うのは自分なのだが、とヴァンロストは言いかけたが、文句を言って小さい男だと思われるのも嫌なのでとりあえず黙っておく。


「ロイロットのことを聞いてきたのは、この前来たニック=ブルースターじゃよ。勇者と英雄様が気になるとは、やはりあやつはタダのB級じゃなかったということじゃな」


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