第35話 誕生祝い
エンクリスの町。
アイスヒートランドから一番近い町だ。
とは言っても、あの地獄の地帯にたどり着くまで飛空生物で移動しても、あと一時間以上はかかる。
広い樹海、山も越えなきゃならないので、一度ここで休憩を取らないといけない。
エンクリスの町は雪の町として有名で、大通りは街路樹の代わりに氷のツリーが立ち並んでいた。
しかも魔法でツリーが光るようになっていて、昼でも薄暗いこの町の道を明るく照らしてくれている。
街の一角にある食堂にて、窓から雪景色を眺めながら俺とユーリは温かいシチューとパンを頂く。
俺もこうして、旅先で誰かと一緒に食事をするのは久しぶりだ。
五年くらい前に、ウォルクと軽食を食べたくらいだよなぁ。
美味しそうにパンを食べているユーリの顔を見ていると、こっちも幸せな気持ちになるな。
時々、外で一緒に食事をするのもいいかな……?
そんな事を考えつつも食事を終えた俺は、ユーリと共にエンクリスの町を歩くことにした。
この町は様々な魔石が採れることで有名だ。
鉱山によって採れる魔石の色は異なるが、いずれも透明度が高く、魔力を増幅させる作用もあるので武器の材料に適している。
町の中心部にある大通りには魔法の杖やステッキの専門店も多い。
あとアイスヒートランドに向かう冒険者達が必ず立ち寄る場所でもあるので、冒険アイテムの専門店もある。
「雪よけのテントが売ってる。あれ買おうかな?」
「ああ、それなら俺が持っているよ。まぁ、アイスヒートランドはわりと休憩所になる洞穴が所々にあるし、中心部には宿泊する所もあるから必要ないとは思うが」
「宿泊する所? あんな所に宿なんかあるの??」
首を傾げるユーリに俺は「まぁな」と軽く答える。
“あそこ”は、転生してから一回も行ったことがないから、ちゃんと泊まれるかどうか分からないけどな。
少なくとも、テントや洞穴の中に泊まるよりは快適な筈だ。
「それよりも、あっちに行ってみよう」
俺が指さした方向は、アクセサリーショップだ。
ここで採れる魔石はアクセサリーとしても人気があって、沢山のアクセサリーショップが並んでいた。
俺とユーリはその中でも一番大きな店に入った。
店内はクリスタルのシャンデリア、そしてオブジェが部屋を飾り立てていた。
キラキラ眩しい店内にユーリは少し緊張気味だ。
ショーケースの中、光り輝く魔石製品をユーリは目をまん丸にして見つめていた。
ブローチ、ネックレス、指輪、イヤリングの他、猫を象った置物、鳥や犬、クマの置物もあった。
「凄く、綺麗……」
ユーリの視線の先にはブレスレットがあった。
細いプラチナのチェーンにブルーパープルの魔石があしらわれている。
「こういうのあんまり付けたことがないから……」
ぽつりと呟くユーリに俺は言った。
「つけてみればいいじゃないか」
「え……でも……」
「兄ちゃん、そこのブレスレットを見せてくれるか?」
戸惑うユーリの横で俺は店員の青年に言った。
青年は快く頷いて、ショーケースからブレスレットを取り出す。
俺はユーリの右の手首にそれをつけた。
「……っっ!?」
ユーリはしばらくの間、呆けたようにそれを見詰めていたが、やがて戸惑ったように俺の方を見た。
「ロイ……凄く素敵だけど……僕はこれを買うお金は持っていない」
「兄ちゃん、このブレスレット買うわ。いくらだ?」
「え……ちょ、ちょっと、ロイ!?」
「少し遅れたが誕生日プレゼントだ」
俺は店員の兄ちゃんに金貨を渡し、支払いを終えた。
店を出てからもブレスレットを見詰め、呆然とするユーリの肩を叩いて俺は言った。
「ユーリ、誕生日おめでとう」
「ロイ……」
「俺にはこれくらいのことしか出来ないけど」
「そんな……充分すぎるよ……言葉だけでも嬉しいのに。これ大事にするね」
ユーリは目に涙を浮かべて言った。
こんなに喜んで貰えるのなら、来年は盛大にお祝いするか……って、何を当たり前のように来年のことを考えているんだ!?
来年も彼女と一緒にいられるかなんて分からないだろ!? そりゃ俺は一緒にいたいけど、人生何が起こるかなんて分からないし。
ユーリは溢れそうになる涙を拭ってから、明るい声で言った。
「じゃあ、今度は僕がロイの誕生日をお祝いするよ」
「俺はもう誕生日祝いされて喜ぶ年じゃねぇよ。それに誕生日がいつなのか、俺も分からないんだよな。二歳か、三歳ぐらいの頃に孤児院に拾われたから」
「そうなんだ……」
「だから気にしなくていいぞ。親に捨てられたくらいだ。俺の誕生なんかそんな目出度くなかっただろうし」
「何を言っているんだ!? 僕はロイが生まれてきてくれたことに感謝したいよ」
「……っ!」
ま、まさか怒られるとは思わなかった……だけど、怒られて嬉しいこともあるんだな。
嬉しさがこみ上げ、俺は笑みと泣き顔が混ざったような表情を浮かべていた。
くそ……涙腺が弱い年になってきたぜ。
「ありがとな、ユーリ」
「仕事が終わったら、今度は僕がロイに何かプレゼントするから。ロイ、何が欲しい?」
そう言って首を傾げるユーリ。
ドキッと胸が高鳴る。
こっちを覗き込んでくる顔があまりにも可愛いものだから、俺は思わず次の言葉が喉まで出かかっていた。
君が欲しい……、と。
だぁぁぁ!!
何を言いそうになってんだ、俺はっっっ!?
まずい、まずい、まずいっっ!!
自分でも顔が熱くなっているのが分かる。ユーリにはバレていないよな?
「ロイ、顔が赤いよ? もしかして恥ずかしいものなの? 僕はどんなものでも気にしないけど」
ば、バレていた……!!
どんなものでも気にしないって……お前が欲しいって言ったら流石に気にするだろ!?
「ま……まぁ、仕事が終わってからゆっくり考えるよ」
「うん。恥ずかしがらなくていいからね」
めちゃくちゃ恥ずかしいわ!
その時冷たい北風が吹き抜けたが、全身が熱くなった俺には涼しかった。
誕生祝いをしてくれるユーリの気持ちは素直に嬉しい。
俺が生まれてきた事に感謝する……か。
ユーリもさっき言っていたけれど、言葉だけでも充分に嬉しいものなんだな。
本当にありがとな、ユーリ。
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