第34話 出発

 翌朝、旅支度を終えた俺とユーリ。

 極寒である夜のアイスヒートランド程ではないが、今日は北風が冷たかった。

 ユーリはふわふわでもこもこな猫耳フードの上着を着ている……はっきり言ってめちゃくちゃ可愛い。

 これがドラゴンの氷雪攻撃すら防ぐ防御力を誇る上着なんだぜ? 信じられないよな。

 俺は収納玉からブラックワイバーンを解放した。

 通常のワイバーンより一回り大きいこいつは、羽を広げるだけでもかなりの迫力だ。身体が黒く凶悪な顔の為、多くの人間は恐れるのだが、ユーリは一つも恐れない。

 しかも「おはよー」と言って、鼻を撫で撫でしている。

 ブラックワイバーンも気持ちよさそうに目を閉じていた。


「それにしても、本当に大きいね。この子」

「ああ、そいつは元々ウォルクの持ち物なんだ」

「ギルド長の? ……あの人、そういえばSS級だったね」

「そいつに乗れる冒険者はウォルクぐらいだ。ニックや勇者なら乗れるかもしれないが……こいつは気難しい奴だからな」

「でもロイは乗ってるよね……この子に」

「まぁ、俺は例外だと思ってくれ」


 俺は言いながらブラックワイバーンの背中に跨がった。

 そしてユーリの手を引いて彼女を前に乗せる。

 俺が手綱を引くと、ブラックワイバーンは飛び立った。

 

「うわぁ、綺麗だなぁ」


 上空には朝焼けで赤く染まった雲海が広がっていた。

 本当に絵にしたいくらい綺麗な景色だ。

 もっとこういう景色を見せてあげたい。

 目を輝かせているユーリの横顔を見ていたら、そう思わずにはいられない。


「ユーリ、寒くないか?」

「上着がすごく温かいから平気。ロイは寒くない?」

「俺も平気だ。ただ、ちょっと手袋をはめとけば良かったなとは思っているけど」


 上空は予想以上に冷え込んでいて、あっという間に手がかじかんでしまった。

 次の休憩地点に降りたら、鞄の中に入れてある手袋をはめる事にしよう、と俺が考えていた時、ユーリが手綱を持つ俺の手に自分の手を重ねてきた。


「温感魔法」


 身体を温める魔法でユーリの掌がまるで懐炉のように温かくなる。

 俺のかじかんでいた手は一気に温まる。

 

「飛んでいる間はずっとこうしているね」


 そう言って笑いかけてくるユーリの笑顔に、俺はドキッとする。

 最初に出会った頃のことを考えると、彼女はとても明るくなった。

 そして綺麗になっている。

 正直、ユーリとの暮らしは毎日が楽しくて仕方がなかった。今だってこうして一緒に飛んでいる時すら、俺はウキウキしている。

 こうして手と手が触れ合っているだけでも落ち着かない気持ちになる一方、幸せな気持ちで満たされていた。

 

 俺は日に日にユーリのことが好きになっている。


 参ったよなぁ、今頃になって恋をするとは。

 生まれてから、人に対して恋愛感情なんか抱いたことがなかった。

 ウォルクや孤児院で一緒に兄弟のように育った奴らには、身内のような感情はあるが、それ以外の他人にはあまり執着したことがなかったから。

 前世がアレだったことも影響しているのかもしれない。

 だけど、ユーリだけは違う。

 ユーリという名前を初めて耳にした時、胸を突かれたような感覚がした。

 とても真面目で堅実で、働き者で、思いやりもあって。

 一生懸命すぎて、危なっかしい所もあるが、だからこそ守りたい気持ちもあって。

 一緒に暮らしている内に、保護しなきゃいけない存在から、愛しい存在へと変わっていった。

 だけど……どう考えても、俺とユーリとじゃ釣り合わない。

 輝かしい未来が待っているまだまだ若い彼女に対し、自分は冴えないおっさん。それでいて前世はアレだから……いや、前世はもう関係ないとは思っている。それでも自問自答せずにはいられない。


 俺は本当に幸せでいいのか? 、と。


 ユーリは今、俺と一緒にいたいと言ってくれている。

 だけど、その気持ちがこの先も続くのか?

 もし彼女の気持ちが変わって、俺の元を去ることになったとしても、俺は元の一人の生活に戻るだけだ。

 そう、元に戻るだけ。


 ……やばい。その時のことを想像しただけで落ち込みそうだ。


「ロイ、どうかしたの?」

「あ……いや、天気が大丈夫かな? って思って」

「そうだね。今はいい天気だけど、アイスヒートランドの方向は暗い雲が出ているね」


 ユーリの言う通り、山脈の向こうにあるアイスヒートランドの空は灰色の空に覆われていた。


「もしかしたら、到着した頃には雪が降るかもしれないな」

「吹雪くと視界が悪くなるね」

「ああ。ただ雪の方がアイスディアには遭遇しやすい。思ったよりも早く片がつくかもしれないな」


 俺は速度を上げるべく、手綱を軽く打つと、ブラックワイバーンは、忙しなく翼を上下に動かしはじめた。

 とっとと仕事を済ませて、またのんびりと過ごしたいな。

 

「ユーリ、次の休憩地点で何か食べるか」

「う……うん」

「どうした? 俺、変な事言ったか?」

「いや、嬉しいんだ。旅先でロイと一緒にご飯を食べるのが」


 そんな幸せそうな顔すんなよ。家だったら毎日一緒に食べているじゃないか。

 でも旅先で一緒に食べるってのが重要なんだろうな。

 多分、ユーリは勇者たちとは一緒に食事をしたことがなかったんだろうな。

 だから旅先で誰かと一緒に食事をする事そのものが新鮮で幸せなのだろう。


「俺も君と一緒に食べることが出来て嬉しいよ」


 俺がそう答えると、ユーリは頬を紅潮させて笑った。そしてさりげなく俺に寄りかかってくる。

 いきなり甘えるような仕草をしてくるものだから、吃驚して声が出ない俺に、ユーリは振り返り無邪気な笑みを浮かべた。


「ロイの上着、前が開いて寒そうだから。こうしてくっついておけば、寒くないでしょ?」

「あ……ああ」


 び、びっくりした。

 そ、そうだよな。ユーリが何の前触れもなく俺に甘えてくるわけないよな。

 確かにユーリのふわふわもこもこな上着がくっついて胸の所もあったかくなった。

 ただ……俺の心臓が早鐘を打っているのがバレないといいのだが。

 アイスヒートランドに最も近い町、エンクリスの町にたどり着いたのは、それから間もなくのことだった。



 

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