第31話 勝負の決着の後……

 俺とニックの間を割るように放たれた炎の攻撃魔法、炎弾ファイアボール

 まぁ、魔法が来る気配がしたから一応避けたけど、俺を狙ったわけではないようだ。炎の威力も弱いので当たったとしても全くダメージにはならんが。

 魔法を放ったのは一人の少女……いや、少女ではなくあれはエルフだ。

 ギルドの館で会った夕闇の鴉の一員である魔法使い。

 ニックが訝しげに彼女の名を呼ぶ。


「コンチェ」

「夜中にこっそり出て行くから後を付けて様子見てたけど、ここまでだわ」

「勝負はまだ」

「もう始まった時点でついてる。いい加減遊ばれているって気づきなよ」

「遊……」

「この坊やが本気になったら、お前なんか瞬殺だよ。これ以上続けていたら指の骨が折れたかもしれないよ?」

「――」


 俺を坊や呼ばわりしているこのエルフ。見た目や喋り口調は少女だが、やっぱり俺より年上か。

 コンチェはこっちに歩み寄ってきて、ニックの背中を叩いて立つように促す。

 そして俺の方を見て言った。


「……あんた、何者なの?」

「しがないB級の冒険者以上でも以下でもない」

「それは分かっている。アタイが聞きたいのは何で、そんな規格外の魔力を持っているかってこと。本当に人間?」


 ああ、そっか。

 エルフの中には、魔力の保有量を感じ取るスキルを持つ奴がいるんだっけ?

 俺は息を吐いてから答えた。


「一応人間のつもりだけど?」

「何、その言い方。凄く意味深-」

「細かいことは気にするな。少なくともお前らの害にはならない」

「うん。それは分かるよ。ロイがいい子なことぐらいは」


 三十代のおっさんつかまえていい子って……このエルフ、本当に何歳なんだろ?

 さっき尻餅をついた時に痛めたのか、ニックは腰を摩っていた。

 コンチェはニックの腰に治癒魔法をかけてやる。

 俺がぽりぽり頬を掻いてその様子を見ていると、腰を治して貰ったニックが前に出てきてペコリとお辞儀をした。


「夜遅い時間に付き合ってくれてありがとう」

「あ……ああ」


 礼儀正しく礼を言われるとは思わなかった。

 何というか……まぁ、悪い奴ではないよな。

 夜遅い時間よりは、昼間に来て欲しかった気もするが、それだとユーリを巻き込む可能性があるしな。

 ニックは自嘲混じりに言った。


「コンチェの言う通り、もう始まった時から勝負は決まっていた。あんた全然本気じゃなかったもんな」

「……」


 まぁ、否定はしない。

 俺が本気になったら、色々被害も出るしな。

 コンパクトに勝負できるように力を抑えていた。

 それに一撃で倒したら可哀想かな……という気持ちもあるにはあった。


「あんたと戦って納得したよ。ユーリ=クロードベルがあんたに惚れた理由も」

「え……!?」


 ユーリが俺に惚れている!?

 そ、それはさすがにないんじゃないのかな? 保護者として慕ってくれているという気持ちはあるとは思うけど。

 と思ったのも束の間。


「俺もあんたに惚れた!」


 ――え?

 目をキラキラ輝かせてこっちを見ているニック。

 いやいやいや、さっきも言ったが俺にはそういう趣味は……と思いかけたが、どうも俺のことを見詰めるニックの熱い眼差しは、色恋沙汰のそれとは違う。

 子供が勇者や英雄に向ける憧れの眼差しに近い。


「あんたの漢らしさ、強さに惚れた!」


 惚れたって、そういう意味での惚れたって事かい!!

 ニックは両手を握りしめ、力説をする。


「芸術的なまでに鮮やかな剣技、風のように軽やかな身のこなし、それだけ筋肉があってあのしなやかな動き……全部、俺の性癖に刺さった!」


 いやいやいや、刺さらなくていい! 刺さらなくていいから!

 ぶんぶんと首を横に振ってから、コンチェに助けを求めるが彼女は肩を竦め、首を横に振っている。

 ニックは俺の前に跪き頭を下げてきた。


「俺を弟子にしてくれ!! ロイロット師匠!!」

「困る、困る、困る!! 俺、弟子は取らない主義だから」


 思わず逃げ腰になりそうになる俺を捕まえるかのごとく、腰に抱きつき縋ってきやがった。


「月一でいいから! ちゃんと月謝払うし!」

「お前、充分強いから大丈夫!」

「さっきまだまだ鍛え方が足りないって言ってたじゃないか!」


 だぁぁぁぁ! 俺、余計な事言っちまった。

 おい、こら、目をうるうるさせるな!! そんな目で見ても駄目なものは駄目だぞ!!

 と言うかいい加減離れろ!! 大の男に抱きつかれても全然嬉しくない!!

 コンチェはやや哀れむような眼差しを俺に向けて言った。


「諦めろ。こいつ、弟子入りを認めるまで絶対離れないぞ」

「…………」


 結局、俺はニックの熱意に負けて弟子入りを認めてしまったのだった。

 まさか今をときめく夕闇の鴉のリーダーに懐かれるとはな。


「俺の弟子入りをした事は広めんなよ」

「分かってますよ、師匠」

「師匠呼ばわりもしなくていい」

「分かりました、先生」


 ……いや、先生もやめろ……と言いたいが、何かきりがなさそうなのでやめた。

 とにかく俺が師匠であることは仲間以外誰にも言わないこと、教えた仲間にも口止めをしておくように言っておいた。

 ニック=ブルースターの師匠と聞いたら、弟子入りしたがる奴がどんどん現れるだろうから。


「じゃ、先生。来月末、またここに来ますから!!」


 大満足な表情でワイバーンの背に乗り、俺に手を振るニック。

 俺はやや疲れた表情で手を振り返す。まぁ、慕ってくれるのは悪い気はしないけど熱苦しい奴だな。

 コンチェも小型のワイバーンに乗った所で、俺の方を見て言った。


「兄ちゃん、気をつけろよ。ヴァンロストがユーリ=クロードベルを探しているらしいから」

「ああ、知っている」

「ま、兄ちゃんだったら、あんなクズ勇者どうってことなさそうだけどね」

「……」


 俺はそれには答えず笑顔で手を振っておいた。

 ギルド館のエト支部は個人情報の保護は徹底されていると聞く。

 そう簡単にここの場所を突き止められることはないだろうが……まぁ、情報なんてどこから抜けているか分からないからな。

 用心する必要はあるだろうな。


 やれやれ、勇者様と争うような、ど派手な事はしたくねぇんだけどな。

 俺はユーリの笑顔を思い出す。

 そして彼女との幸せな日々のことも。

 

 ……俺が、守らないとな。

 

 

 

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