第28話 ニックとの再会②
夕闇の鴉は年俸制なんだな。勇者のパーティーにいた時はただ働き同然だったユーリにとって、安定した給与は魅力的だろう。
ましてや俺よりも若い、こんな美男子に誘われたら――。
「ごめんなさい」
ユーリはニックに向かって頭を下げた。
断るの、早っっっ!
おいおいおいおいおい、こんな好条件の就職先、もう少し迷ってもいいんだぞ?
こんなおっさんと一緒にいるよりは、華やかな活躍が出来るだろうし。
とは思うものの、断りたくなるユーリの気持ちも痛いほどよく分かる。
ユーリは勇者達に良いように使われてきた。
どんなに尽くしても褒められる事はなく、むしろ貶されることの方が多かった。
もしまたそんな扱いを受けたら……という怖さもあるだろう。
それに仲間が多いと楽しいだろうが、その分気遣いもしなきゃいけないからな。
勇者達に気を遣いすぎて疲れている彼女は、新しい仲間と行動を共にする気にはなれないのだと思う。
まさか即断られるとは思わなかったようで、ニックはやや焦った口調で言った。
「俺達はあの馬鹿勇者みたいに君を無下に扱ったりしない。ちゃんと決まった休日もあるし、行動も縛ったりはしないし」
ニックはユーリが勇者達に、いいように使われていた事も知っていたみたいだな。
ウォルクは勇者のパーティーと対立する可能性があるから、ユーリが夕闇の鴉に入ることは望ましくない、と言っていた。
とはいっても、一番大事なのはユーリの気持ちだ。
「ユーリの気持ちはどうなんだ?」
「ロイ……僕は……」
ユーリは俯いて、一度口をつぐむ。
ニックと共に行きたいのか? まだそんな気持ちになれないのか?
ちゃんとユーリの気持ちを聞いておかないとな。
「夕闇の鴉はいいパーティーだと思うぞ。一緒に行きたいのであれば行けば良い。次の仕事は俺一人でやるから、俺のことは気にしなくても」
「嫌だ!」
俺の言葉に、ユーリは反射的に声を上げた。
彼女のブルーパープルの目がうるうると潤む。
目を瞠る俺に、ユーリは震える声で俺に尋ねてきた。
「……引き留めてくれないの?」
「!!!???」
ぼんっっ!と煙が出るんじゃないかってくらいに、俺の顔は一気に熱くなった。
ひ、引き留めて欲しかったのか!?
まるで見捨てられた子犬のような目で俺のことを見ている……ま、まさか俺に捨てられると思ったのか!?
俺は慌てて首を横に振った。
「い、いや!! 俺は君とずっと一緒にいたいと思っている!」
「ずっと一緒って、本当に? 僕のことが厄介者だと思っているんじゃ」
「違う!! そんな訳がないだろ!!」
「だったら何故、向こうに行けって言うの?」
「向こうに行けとは言っていない。夕闇の鴉の皆は勇者のパーティーとは違う。ユーリの実力をちゃんと見てくれているいい人たちだって事を言っているだけで、俺よりもあっちの方がいい男だろ?」
「ロイの方がいい男だよ!」
俺の言葉が終わらない内に、きっぱりと答えるユーリに、ニックが一瞬にして石化しちまった。
美男子と誉れ高い英雄様が、こんなおっさんに負けるとは思っていなかったんだろうな。
いや、俺だって吃驚だよ。まさか俺の方が格好いいだなんて、ユーリの美的感覚がどうなっているんだか知りたい。
ユーリは言葉を続けた。
「確かに追放された時は辛かったし、勇者達と冒険した時のことを思い出すと泣きたい気持ちにはなる。でも、それが一番の理由じゃない」
「ユーリ……」
「僕は他の誰よりも、ロイと一緒に仕事がしたいんだ」
「…………!!」
ユーリが俺と一緒に?
しかも誰よりも一緒にって。
なかなか信じられずに、俺は思わず首を横に振っていた。
「ユーリ、俺は冴えないB級冒険者だぞ。地味でささやかな生活を好んでいるから、こいつらのような華やかな生活は一生送ることはない」
「僕もそういう生活の方が好きだよ。今までみたいにロイと暮らしたい。それにロイは自分で言うほど地味じゃないよ?」
「お前の目が節穴なんだよ」
「ロイが自覚ないだけだよ」
ははは……こいつは一本取られたな。
だけど嬉しすぎて俺まで泣きたくなった。
君と出会うまで俺は一人の生活を満喫していた。
だけど、君と暮らすようになってからは、二人で暮らす楽しさを知って、一日一日が幸せに感じるようになった。
君も俺と同じ気持ちなのか?
愛しい気持ちがこみ上げ、思わず抱きしめたくなる。
「駄目かな?」
もう一度上目遣いで不安そうに尋ねてくるユーリに、俺は首を横に振った。
ここで駄目なんて答えられる馬鹿いるわけないだろ。
俺は情けないくらい涙声になって答えていた。
「それが君の意志なら……俺は嬉しいよ。引き続きよろしくな」
「ロイ!!」
抱きしめたくなる衝動を抑えに抑えていた俺だが、ユーリの方から抱きついてきたものだから、反射的に彼女の身体を抱きしめていた。
そんな俺たちの様子を見て苦笑いするのはニックだ。
「どうやら、俺は邪魔者だったようだ」
「そーだね。結婚はしてないみたいだけど、恋人同士を引き離して仲間にするのは良くないよ」
エルフのコンチェも、うんうんと頷く。
い……いや、恋人同士ではないんだけど。
でもこうして抱き合っていたら、そう見えても仕方がないか。
「あーあ。可愛い娘だと思ったんだけどな」
ユーリを狙っていたのか、詰まらなそうに口を尖らせる獣人族の青年の頭を、隣にいるドワーフ族の少女が軽く小突いた。
それにしてもウォルクの言う通り、夕闇の鴉のメンバーはいい奴らなんだな。
それ以上ユーリを誘ってくるような事は言ってこなかった。
彼らもまたユーリの気持ちを第一に考えているのだろう。
それまで他の来客の応対をしていたエリンちゃんだが、一部始終を聞いていたのだろう。
両手を組んで目を輝かせて、こっちを見て言った。
「ロイさん、ユーリさん。お幸せに! 男の子同士の恋愛は大変かもしれないですけど、私応援していますから!!」
……エリンちゃんはまだユーリのことを男だと勘違いしているみたいだった。
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