第29話 ロイ対ニック①
商都エトから家に戻った後、ユーリは約束通りアランゴーラの唐揚げを作ってくれた。
衣はサクサク、絶妙なスパイス、そしてジューシーな肉。一口食べただけで、肉汁が口いっぱいに広がる。
大袈裟じゃなくこんな美味い唐揚げ食ったのは初めてだ。
食事の用意はいつも当番制なのだが、アランゴーラの肉がかなりの量だったので、今回は俺も揚げるのを手伝った。
大皿に山盛りになった唐揚げだが、あっという間になくなった……いや、八割俺が食っちまったんだけどな。
自分でも吃驚するほどの量を食べてしまった……ユーリの料理は何から何まで絶品だ。
夕食を済ませた俺たちは、順番に風呂に入ることになった。
昨日は俺が先に入ったので、今日はユーリが先に入る番だ。
洗った皿を布巾で拭いてから全て片付けた俺は、テーブルの上を拭いていた。
「お風呂、先に入ったよ」
我が家の風呂は半露天風呂だ。
外からは見えないよう生け垣で囲んであるし、雨の日でも入れるよう屋根がついている。
ユーリはあまり湯に浸かる習慣がなかったらしいが、俺の家にある温泉はすっかり気に入って、いつも幸せそうな顔で風呂から上がる。
寝間着姿のユーリの肌はそこはかとなく紅く染まり、湯気がでていた。
思わず俺は目を逸らす。
大きめのシャツをぶかぶかに着ている姿が妙に可愛くて。
そういや寝間着は俺のお古だったんだよな……寝間着も買っておけばよかった。
いや、そのままでも可愛いんだけどな。
「今日はお買い物楽しかったよ。おやすみなさい」
「ああ、俺も楽しかったよ。お休み」
……鏡で見たわけじゃねぇが、今の俺、絶対に緩んだ顔してるな。
あんな無邪気な笑顔で、楽しかったって言って貰えたら、こっちだって嬉しくて仕方がない気持ちになるだろ。
ユーリが二階の寝室に上がっていった後、俺はふう、と息を吐き手で額を押さえた。
「なぁ……前世アレだった俺は、こんなに幸せでいいのか?」
誰にでもなく問いかける。
一人で気ままな暮らしも気に入っていたけど、二人での生活は、今までのような気ままさをそのままに、楽しさも加わっている。
このまま二人で地味にのんびり暮らすことが出来たら理想なんだけど。
その時、窓をこんこんと叩く音がした。
ん?
家周辺を見張らせている蝙蝠の羽を持つネズミ、マウスバットだ。
俺は子供の頃から魔物の言葉が分かり、人懐っこい魔物であれば仲良くなっていた。
アランゴーラが家に突進してきた事件以来、俺に懐いていたマウスバットに家の周辺の警備を頼んでいた。
窓を開けるとマウスバットは羽をパタつかせながら、チーチーと鳴いて俺に状況を報告する。
【接近者アリ 強イ魔力持ッテイル奴ダ ワイバーンニ乗ッテ、コッチ近ヅイテイル】
マウスバットの報告を聞き終えた俺は鋭い目を窓の外に向けた。
どうやら、なかなか地味でのんびりな生活をさせてはくれなさそうだな。
……ま、腹ごなしに散歩したかった所だからな。ちょっと様子を見に行くとするか。
俺は外に出ると解放の呪文を唱える。
煙を纏い現れたのは大剣『
ユーリがいる二階の部屋は既に消灯済みだ。彼女は寝ているみたいだ。
「家に侵入者が来るようだったら知らせてくれ」
見張り役のマウスバットに告げる。
こんな山中に建つ家に侵入者なんてことはないだろうし、いたとしてもユーリならすぐに撃退するから心配はないと思うが、念のためな。
マウスバットは心得たと言わんばかり「チー」と鳴いて、家の周辺を飛び始めた。
「隠密魔法(ステルス)」
俺が小声で隠密の呪文を唱えると、周辺はうっすらとした霧に包まれる。
こうしとかないと俺が出て行く気配で、ユーリが起きちまう可能性があるからな。
ユーリも冒険者だ。寝ていても不穏な空気を察知すれば、すぐに起き上がる。せっかく寝ているところを起こしたら悪いからな。
ワイバーンでこっちに来ているってことは、多分、中腹の所で降りるだろう。
あそこはだだっ広い草原がある。
俺は大剣を担いで走り出した。
◇・◇・◇
予想通り、山の中腹にある草原のど真ん中にはワイバーンがいた。
ウォルクから借りているブラックワイバーン程じゃないが、なかなか立派な雄のワイバーンだ。
SS級でも乗ることが難しい飛空生物に乗っているのは、ニック=ブルースターだ。
どうも向こうも一人で来たみたいだな。
ニックは地上に降り立つと、乗っていたワイバーンの頭を撫でた。随分と懐いているようで、ワイバーンは気持ちよさそうに目を閉じている。
俺の姿に気づいたニックは収納魔法の呪文を唱え、ワイバーンを収納玉の中に収めた。
そしてこっちを見て、爽やかな笑みを浮かべる。
「まさか、迎えに来てくれるとは思わなかったよ。ロイロット=ブレイク」
「滅多に来ないお客様だからな、丁重にお迎えしたいと思っていた所だ」
俺は担いでいる大剣で軽く肩を叩きながら言った。
一応、向こうに敵意はなさそうだな。腕組みをして俺の前に立っていた。
「何故、俺がここに来たのか分かる?」
「まだユーリの事が諦められないとか?」
「まぁ、それもないことはないけど、一番の理由はあんただよ」
「俺?」
てっきりユーリに用事があるもんだとばっかり思っていた俺は、思わず自分自身を指差した。
ニックはニコリと笑って頷く。
「うん。あんたに凄く興味が出てきた」
「――俺、そういう趣味ないんで」
「そういう意味じゃないよ。あんた、ベルギオンにいたクマさんだろ?」
「―――――」
バレた……!
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