第26話 冒険前の買い物
商都エトに買い出しに出るのは久しぶりだ。
今回の仕事は遠出することになるから、何かと旅支度が必要だ。
まずは装備からそろえたい。特にユーリは魔法使いの服と皮の胸当てしかないからな。
ちゃんとした防具をそろえる必要がある。
エトで一番大きな防具屋は、女性用の鎧や服が豊富だからな。
しかし品数が多いと、それはそれで迷うみたいで、店の中に入ってからユーリは呆然としていた。
「……一体、何を着ていいのか」
俺も女性服のことは全然分からないからな。
取りあえず女性店員を呼んで、ユーリの服を選んで貰うことにした。
薄手のタートルネックのシャツに銀の胸当て、銀の腰当て。下はメタルリザードの皮で作られた細身のレザーパンツだ。
「これから氷雪地帯に向かうことになるんだが、何か上着はないか?」
「それでしたら、こちらがよろしいかと思います」
案内されたのは魔獣の毛で作られたコートが沢山並んでいるコーナーだった。
裏毛皮のジャケット、ふわふわしたシルバーの毛皮のコート。縞模様の毛が派手なフードマントなど。
俺は裏地が毛皮、表がドラゴンの皮でできたジャケットを選ぶ。
ユーリはさっきと同じように店員さんに選んで貰っているようだが、なにやら戸惑いの声が。
「こ……これ、ちょっと僕に似合っているのかな?」
「めちゃくちゃ似合っていますよ!! すっごく可愛いです」
やや興奮気味の女性店員の声に、俺はそちらへ目をやると……か、可愛い!!
ふわふわ、もこもこした真っ白な毛皮のフード付きの上着だ。何故かフードには猫耳がついていた。
ユーリは恥ずかしそうに顔を赤らめている。
「フードに耳があるって、何か子供っぽくないかな?」
「そんなことないです。今、若い女性の間では流行っているんですよ」
「でも戦い向きじゃないんじゃ」
「アイスドラゴンの氷雪攻撃も防ぎますよ。もこもこですが意外と動きやすいのも特徴です」
あのフワモコ、そんなに防御力あんのか!?
俺も欲しくなってしまったが、おっさんにあの上着は似合わないよな。
「ユーリ、よく似合うし、氷雪攻撃に強い防具はこれからの仕事には重要だ。それがいいと思うよ」
「ロイがそう言うのなら」
ユーリは頷いて、もこもこの猫耳ジャケットを買うことにした。
それにしても本当に可愛かったな……ちょっと仕事以外の時にも着てほしい。
「それから日差しよけのフードも買っておいた方がいいぞ。アイスヒートランドの日中は灼熱地獄だからな」
「うん、収納玉に入れておくからいいんだけど、荷物が多いね」
「今回は夜が冬、日中が夏という特殊な環境だからな」
今度の仕事場であるアイスヒートランドは、地上で最も過酷な場所と言われている。
日中は砂漠地帯なのだが、夜になると氷雪地帯になるのだ。
他の砂漠地帯でも夜になるとかなり気温が下がる地域はあるが、アイスヒートランドの気温の下がりようは尋常じゃない。
日の精霊と雪の精霊が同居しているって伝説があるくらいだからな。
そこに女性店員がおずおずと前に出て言った。
「氷雪地帯でのお仕事でしたら、お勧めの上下セットの防具があるのですが……」
「お、そうなのか?」
「はい。お客様の体型にぴったりなんです。キラーグリズリーの毛皮で出来たもので」
「…………」
何だかすごい既視感を感じた。
上下セットでキラーグリズリーの毛皮で出来ている防具。
しかも女性店員は目を輝かせ熱弁しはじめた。
「その防具の一番の強みは肉球なんです! ベルギオンの闘技場でこの防具をつけた冒険者がなんと勇者の攻撃を打ち返したそうです! もちろん防御率には個人差はあると思うのですが、これは現時点で最強の防具と言ってもいいかと……」
「あ――、ごめん。それはいいわ」
俺は姉ちゃんの熱弁に飲み込まれないうちに即断った。
何なんだよ、今、防具屋界隈ではあのクマの着ぐるみが一押しなのか?
しかもクマを勧める店員の熱量、ベルギオンの防具屋の店員と全く一緒だった。
女性店員は一瞬だけしょんぼりしたものの、すぐに笑顔になり今度は手袋を勧めてくれた。
俺はコートと手袋、ユーリも防具一式とふわもこの上着を買うことにしたのだった。
防具がそろった後は武器だ。
「この剣がいい……」
ユーリが迷いもなく手に取ったのは、透明な刃が特徴的な細身の剣。
氷雪剣と呼ばれるこの剣は、氷の女神と呼ばれる透明な鉱石で作り上げられた剣だ。
値段は目玉が飛び出るほど高いが、前回のサーベルホワイトウルフを倒した時の報酬と、薬草や倒した魔物を業者に売ってお金を貯めていたので、今の彼女は結構裕福だった。
まぁ、危険な仕事ではあるからな。ここで武器代をケチったら命取りになることは確かだ。
大型魔物が彷徨くアイスヒートランド。いつもの剣よりは大きな剣の方がいいと思った俺も大剣を手にする。
俺の背丈ほどある全長、幅も普通の剣の倍はある。かなりデカいから移動の時は収納玉に入れておく必要があるな。
闇のように黒い刃が特徴の不思議な剣。
こいつは何の鉱石で出来ているんだ? 黒い剣なんてあんまり見ないな。
武器屋のおっさんがそれを見て、目をまん丸にした。
「ほう、お前さん。
「ディアレスだと?」
「その剣の名前じゃよ。その昔、世界は一つの大陸だったのを、ディアレス神によって今の状態に分けられたという伝説は知っておろう?」
「あー……そんな話だったっけ?」
創造神ゼノリクの敵として神話に登場する破壊神ディアレス。
その伝説は地域によって様々だ。
俺の地域では創造神ゼノリクが作った世界に魔族の大陸を創造した
……という話になっていたけどな。
「その剣は元々魔族が持っていた武器なのじゃ」
あー、成る程。魔族が使っていた剣か。
人間は創造神ゼノリクを、魔族は破壊神ディアレスを信奉しているからな。
「破壊力はどの剣よりも群を抜いているが、誰も寄せ付けない呪われた魔剣じゃ」
「寄せ付けないって?」
「手に持った瞬間、本来の重さの数十倍の重みが両手にかかるそうじゃ。お前さんのように軽々と持つ人間など初めて見たぞい」
呪われた魔剣ねぇ。
そんな風に言われちゃ剣も可哀想だろう?
破壊神の名前まで付けられちまって。
このままだとこの店のオブジェになっちまうだろうな。
ここで出会ったのも何かの縁だ。大きさも重さも俺には丁度いい。
「じゃあ、俺はこの剣を貰うよ」
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