第24話 新たな仕事依頼①

 

 俺とウォルクがダイニングの席につくと、ユーリが皿に載せた総菜パンをテーブルの上に置いた。

 ちゃんと見栄えがよくなるよう、食用兼装飾のハーブも添えられている。

 そして足早に調理台の方へ向かう。

 そんな彼女の後姿を見てから、ウォルクは向かいの席に座った俺に向かってニヤッと笑う。


「すっかりお前の嫁さんじゃねぇか」

「ぬかせ。彼女が自立できるまで面倒見ているんだよ」

「面倒を見てもらっているのはお前の方だろ?」

「う……」


 そこは否定できない。

 今だってこうして食卓の準備をしてもらっている。食事は当番制だがそれ以外の家事は殆ど彼女がやってくれて、俺が世話になっていると言った方が正しい。

 ウォルクはニヤニヤと笑って言った。


「このまま結婚しちまえばいいじゃねぇか。お前もそろそろ家庭を持った方がいいぞ」

「大きなお世話だ。俺はあの娘の保護者みたいなものだ」

「お前の方が世話されているのに?」

「いや、それはそうなんだが……勇者のパーティーから追い出された彼女を保護した事は確かだからな」


 俺はスープを温めているユーリの後姿を見ながら、ややしどろもどろに言った。

 その時、それまで茶化した口調だったウォルクは不意に真剣な顔になり声を潜めて言った。


「今、夕闇の鴉がユーリ=クロードベルのことを探している」

「夕闇の鴉……ああ、そういえばニックがそんな事言っていたな」

「ニック=ブルースターの事、知っているのか?」

「ベルギオンの闘技大会で会ったんだ。尤も、向こうは俺のことは知らないと思うけど」


 あの時の俺はクマの着ぐるみを着ていたからな。

 ニックは俺の正体は知らずにいる。

 ベルギオンで見かけた夕闇の鴉のメンバー……悪い奴らじゃない感じはしたな。

 その時ウォルクは何だか疑うようなジト目で俺を見て質問をしてきた。


「ベルギオンと言えば、勇者の攻撃を打ち返したとんでもないクマが出没したという噂なんだが」

「へ……へぇ、そーなのか?」

「しかも凄い美女を連れていたらしいな。あそこのオーナーが自分の所の専属戦士になって欲しいらしくてな、クマの行方を捜しているらしい」

「ほ―――、そうなのか。クマと美女なんて珍しいコンビだな」

「ロイ、お前心当たりはないか?」

「ゼンゼンナイデス」

「自分が不都合な時、お前はすぐ棒読みカタコトになるな」


 ウォルクはやれやれと言わんばかりに肩をすくめる。

 あーあ、こいつには見透かされちまっているな。

 ま……勇者の攻撃をまともに返せる冒険者なんか限られているからな。


「それよりも、夕闇の鴉のことだろ?」

「ああ、彼らはユーリのことを今探しているよ。俺たちは守秘義務があるから、彼らにここを教えることはないが」

「ユーリが夕闇の鴉に入ることを望むのであれば、俺に引き留める権利はない……けれど彼女は前の仲間達にいいように使われていた経験もあって、どうも乗り気じゃないんだよな」

「夕闇の奴らは、気さくでいい奴らが多い。彼女を蔑ろにするような奴はいないさ。ただ、俺としては彼女があのパーティーに入るのは望ましくないと思っている」

「何故だ?」

「勇者のパーティーと完全に対立する可能性があるからだ。どうやら勇者達も彼女の行方を捜しているらしい」

「は……もうユーリがいない生活に音を上げたのかよ」

 

 俺はその場にはいない勇者一行たちを鼻で笑った。

 手放した仲間が実は思った以上に重要な人材だったことが後になって分かって、呼び戻そうとしてんだろうな……まぁ、虫のいい話だ。


「ユーリが夕闇の鴉に入ると、ただでさえ仲が悪い勇者のパーティーとの対立が激化する。そうなると勇者の後援者や夕闇の鴉の後援者たちの対立も表面化するだろう。冒険者ギルドとしては、そういう対立は避けてもらいたい。人間同士で争えば、魔族に付け込まれることになりかねないからな」


 魔族。

 東海にあるネルドシス大陸に住む種族の姿形は人間に近いが頭に角が生えていたり、牙が生えていたり、皮膚に鱗があるなど、個性豊かな姿をしている者が多い。

 人間より魔力を多く持ち、しかも力も強い。

 特に強大な魔力を保有する魔族は、人間よりもはるかに長い時を生きる。ただ、そこまで長生きする魔族はごく一握りだという。

 地上にいる種族の中では恐らく最強の生物なのではないかと思う。


 ただ人間のような知恵を持つ者が極端に少ない。

 もちろん人間と同等の知恵を持つ魔族もいて、そういった者達が貴族、王族となり領地を治めている。


 ネルドシス大陸全土を治めるのが魔王だ。


 五百年前、領土拡大のために人間が住む大陸を攻めたが、勇者が魔王を倒したことで魔王軍はあえなく解体。

 それからは次期魔王の座を争い、魔族の間では骨肉の争いが何百年も続いた。

 その間に全く魔族が攻めて来なかったわけではないが、個人的な争いが殆どで、大きな戦に繋がるほどの争いはなかった。

 そして五百年後である今、新たな魔王が君臨し、再び人間が住む大地に魔族たちが攻めてくるようになった。 

 東寄りの小さな島国や無人島は既に魔族に占拠されている。

 魔王の君臨と同時に生まれたのが勇者だ。

 勇者たちは今、五百年前と同じく、魔王を倒すべく旅を続けている。

 しかし人間側も進化をしたのか、最近は魔族とは引けを取らぬ能力を持つ者が生まれるようになり、勇者のパーティーと遜色のない実力を持つ冒険者たちも現れはじめた。

 夕闇の鴉に所属する冒険者たちはその筆頭だ。


「俺はユーリを勇者のパーティーに返すつもりはない」

「もちろん。俺だって彼女を無下に扱うような連中の元に戻って欲しいとは思わない。そこでお前の出番だ」

「俺?」

「彼女を正式なパートナーにしろ。できれば結婚という形が一番望ましい」

「!?」

「冒険者の規則として、既婚者を強引に家族から引き離しパーティーに入れることは禁止されているからな。お前らが家族になればいいんだ」



 けけけけけけ結婚だと!?

 俺とユーリが!?


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